リーマンショックから学ぶ企業不動産戦略~企業は不動産とどのように向き合うべきか④

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不動産市場を分析する時、平時の不動産市場と、強いショックが加わって不動産市場がクラッシュするケースの両方を考えることが重要です。企業が不動産と向き合うときには、リーマンショックのような100年に一度発生するといわれる経済危機において、不動産と企業との関係を取り巻きどのような問題が発生したのか、その背後にどのような経営者の意思決定があったのかを理解しておかなければなりません。

リーマンショックとは何だったのか?

2008年9月15日に米大手金融機関リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したことに端を発して「リーマンショック」または「GFC(Global Financial Crisis)」と言われる世界的な金融危機が起こりました。その兆候は、実は1年ぐらい前から出ていたのです。

例えば、フィナンシャル・タイムズの2008年3月23日の記事に「当時のFRB(米連邦準備理事会)議長であったベン・バーナンキ氏を中心に、この1週間に様々な議論があった」と伝えています。“Mortgage rescue talks under”と見出しにありますが、住宅ローン専門のノンバンクであるモーゲージバンクのキナ臭い状況が表面化して、様々な金融政策が講じられたのです。

「サブプライムショック」や「リーマンショック」と呼ばれる金融危機がどのように起きたのかを解明することは、不動産市場を理解するうえで非常に重要です。私自身がこの問題に注目したのは、この記事が掲載される1年前の2007年4月でした。日本の不動産業界の集まりで、当時の不動産市場がバブルかどうかを議論する機会があり、私は「バブル的な要素が非常に強くなってきている」との見解を示しました。一方で、著名な不動産ファイナンスの専門家が「バブルではない」と意見を述べたので、強い違和感を覚えたことを記憶しています。

2007年4月2日には「New Century Financial」という米国モーゲージバンクが「チャプター11」と呼ばれる米国の破産法に基づく手続きを開始したことに、私は当時着目していました。日本でも1990年のバブル経済が崩壊したあと、住専(住宅金融専門会社)というモーゲージバンクの破綻が大きな社会問題になりました。2007年に米国で起きていた住宅価格高騰後のモーゲージバンクの破綻も、マーケットが崩れ始める強い兆候ではないかと考えたわけです。

2007年6月15日には米国格付け会社ムーディーズが、サブプライムのRMBS(Residential Mortgage-Backed Securities:住宅ローン担保証券)という住宅ローン債権を裏付けとした金融商品を31本格下げしました。さらに7月10日には399本のRMBSを格下げし、同じく米国の格付け会社S&P(スタンダード&プアーズ)も612本のRMBSを格下げしたのです。それによって何が起きたでしょうか。

格下げから約1カ月後の8月9日に、ECB(European Central Bank:欧州中央銀行)が950億ユーロの資金供給に踏み切ったのです。FRBも240億ドルの資金供給を行い、翌日の8月10には日本銀行も1兆円の資金供給を実行しました。日米欧の中央銀行が資金供給しなければならない状況を見て、マーケットが危うくなっていることを感じました。リーマンショックは、その1年後に起きたのです。

経営者の皆さんは、2007年の夏に、どのような経営判断をされていたでしょうか。どうして、格付け機関の格下げが中央銀行の資金供給を要請するまでになってしまったのでしょうか。

米国のMMF(マネー・マネージメント・ファンド:公社債投資信託)は制度上、格付けが最も高い証券化商品に資産の大部分を投資しなければならないことになっています。当時のMMFは、米国のABCP(資産担保コマーシャルペーパー、資産担保証券の一種)を大量に買っていたのですが、そこに格下げが直撃したわけです。ABCP市場は1カ月物の商品が多いので、巨額の資金を投資していたMMFがお金を引き上げなくてはならなくなり、ABCP市場が機能停止状態に陥ったのです。

欧州の大手銀行BNPパリバが運用する「ABSユーリボー」など2つのファンドでは、解約停止が始まりました。欧州ではドルの需要が爆発して、欧州系銀行がABCPの流動性を補完しなければならなくなったのです。

2008年4月7日に、国際金融市場は大混乱に陥ります。IMF(国際通貨基金)は、フィナンシャル・タイムズで2年間に発生する損失を開示しました。その1年前の2007年4月に、日本の大手不動産会社の経営者の方々に対して、私は「バブル的要素が強くなった」と伝えていたわけですが、彼らは「そうではない」と認めませんでした。それから1年を経てマーケットの混迷ぶりが明らかになっても、彼らは「これはウォールストリートの問題であって、不動産市場の問題ではない」と言ったことを覚えています。私が「ウォールストリートだけの問題とは違うんだ」と言っても理解されませんでした。

急増した黒字倒産

リーマンショック後の経済的停滞については、まだ記憶が新しいところです。その時に苦しい思いをされた経営者の方は、少なくなかったのではないでしょうか。リーマンショック後に、国土交通省都市地域整備局(現・都市局)が立ち上げた「都市開発事業におけるノンリコースローン等の活用方策に関する研究会」の座長を、私が務めました。2008年に入って、不動産・建設関連企業の黒字倒産が急増していたためです。リーマンショック後に研究会を立ち上げたときに、企業倒産を徹底的に調べました。大型倒産上位20社のうち、10社を不動産・建設関連企業が占めていました。これらの企業は帳簿上、多くの利益が出ていたにもかかわらず、運転資金が調達できずに倒産に追い込まれたのです。

アーバンコーポレイションは広島市の大手デベロッパーでしたが、2008年8月に倒産しました。直近の決算では過去最高益を計上していましたが、借り換えつまりリファイナンスできずに倒産に追い込まれたのです。金融の知識不足による財務戦略の失敗と言えるでしょう。研究会では「金融危機のような大きなショックが起こると、金融機関はファイナンスの蛇口を締めるような行動に出る制度的な問題があるのではないか」という仮説を立てて、金融制度をしっかり調査することを提言した報告書をまとめました。

J-REITでも、ニューシティ・レジデンス投資法人が2008年10月に民事再生法を申請しましたが、同様にリファイナンスできずに黒字倒産に追い込まれたケースでした。J-REITにショックが加わると、なぜか株式市場以上に大きなショックを受けて暴落が起きます。リーマンショックの時だけでなく、最近のコロナショックでも株式市場以上に大きなショックを受けて暴落するという経験を2度も味わったのです。

変貌した不動産投資市場

信用の収縮によって、どうして金融機関はリファイナンスに応じてくれなくなってしまうのでしょうか。

2007年6月以前は、外資系の金融機関や邦銀を中心に積極的な不動産融資が行われていました。J-REITの旺盛な物件購入意欲を背景に不動産の開発事業が活況を呈していたのがこの時期です。大手デベロッパーは都心5区や三大都市圏で、新興デベロッパーは三大都市圏から地方中核都市圏で、地域の中核都市は地元のデベロッパーと棲み分けながら開発が進められ、それを多くの金融機関が支えていました。外資系を中心にノンリコースローンが大量に供給され、CMBS(商業不動産担保証券)が大量に発行されました。そのCMBSに投資する動きも活発化していました。

リーマンショックが起きると、まず新興デベロッパーが多く倒産しました。外資系金融機関が一斉に退場し、不動産の開発資金を引き上げたからです。国内金融機関も、融資対象の地域や案件を限定し始めました。その結果、マーケットが一気に収縮して多くの企業が倒産に追い込まれるという現象が生じたのです。

不動産市場と金融市場は密接な関係があります。そして、企業の経営とも連動しています。経営者は、企業が不動産を持つ以上、一定のリスクを抱えていると考えなければなりません。そのリスクのマネジメントをどのように行うべきか、自社だけでできるのか、専門家とどのように連携していくのかなど、常に決断が求められていると考えるべきでしょう。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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