コロナ後の世界と都市問題①
コロナ後の世界をどう見るか? 2030年、2040年の未来予測~都市と不動産を中心に~③
目次
本連載では、コロナ後の世界を見通した3冊の本(『2040年の未来予測』(成毛眞著)、『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』(ピーター・ディアマンディス、スティーブン・コトラー著)、『パンデミック後の世界 10の教訓』(ファリード・ザカリア著))を取り上げて、特に、都市と不動産の問題に焦点を当てて、解説していきます。
今回は、アメリカのジャーナリストのファリード・ザカリアによる『パンデミック後の世界 10の教訓』の内容を見ながら、前回までの議論を受ける形で、都市の問題について考えてみたいと思います。
前回までの連載はこちら
・第1回「2040年の日本社会の姿とは?」
・第2回「日本の地政学リスクと不動産市場の将来」
本書の著者のファリード・ザカリアは、インド・ムンバイ出身のアメリカのジャーナリストで国際問題評論家です。『フォーリン・アフェアーズ』編集長、『ニューズウィーク』国際版編集長を経て、現在はCNNの報道番組「ファリード・ザカリアGPS」のホストや、ワシントン・ポスト紙のコラムニストなどを務めています。
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが、今回の新型コロナウイルスのようなパンデミック(感染爆発)を、2015年のTEDトークで警告していたのは有名な話ですが、ザガリアも2017年6月の自らのCNN番組で、世界的感染爆発はアメリカが直面する最大の脅威だとし、備えの遅れに対し警告を発していました。
本書の中でザガリアが示す10の教訓とは、以下のような項目です。
①「シートベルトを締めよ」:現代社会は開放性、急速な変化、安定性のトリレンマを抱える不安定なシステムである。
②「重要なのは政府の「量」ではない、「質」だ」:アメリカは余りにも政府の役割を軽視しており、質の高い政府を作ることが急務である。
③「市場原理だけではやっていけない」:アメリカは市場中心型の経済に偏りすぎて、本質的価値を見失っている。
④「人々は専門家の声を聞け、専門家は人々の声を聞け」:アメリカは権力を持った専門家と、それへの嫌悪感が対立している。
⑤「ライフ・イズ・デジタル」:今回のパンデミックは生活のデジタル化を加速する。
⑥「アリストテレスの慧眼――人は社会的な動物である」:パンデミックの一因は都市化だが、それでも都市化は進行する。
⑦「不平等は広がる」:パンデミックは万人に平等なものではなかった。
⑧「グローバリゼーションは死んでいない」:今回のパンデミックでもグローバリゼーションの流れは止まらない。
⑨「二極化する世界」:アメリカと中国が世界を二分することになる。
⑩「徹底した現実主義者は、ときに理想主義者である」:リベラルな国際秩序は人々に実利をもたらす 。
ザガリアは、特に6番目の教訓の「アリストテレスの慧眼――人は社会的な動物である」の中で、これからの都市の行方について、以下のような、かなり幅広い議論を展開しています。
14世紀にイタリアのフィレンツェで腺ペストが感染爆発した際には、都市生活者の半分以上が命を落とし、多くの人々が地方に避難したそうです。しかし、それでフィレンツェが廃れたかと言えば全くの逆で、ペストの流行が治まると一気に都市生活は回復し、フィレンツェはその後のルネサンスの繁栄に湧くことになります。
また、1793年、当時のアメリカの首都だったフィラデルフィアでは、黄熱病が感染爆発し、人口5万人のうち1割に当たる5,000人が命を落としたそうです。しかし、この流行が終息した後のフィラデルフィアは、未曽有の繁栄を謳歌することになります。
近代化と都市化は切り離せない関係にありますが、21世紀に入ってからの人口移動で、世界的に見て最も顕著なのが、都市への人口流入です。人類が1万年前に定住生活を始めた時から、世界人口の圧倒的多数は農地に住んでいましたが、今は全く違った様相を呈しています。1950年時点の都市人口は、世界人口の3割にも及びませんでしたが、2020年では5割を超えています。
1800年時点の人口100万人以上の都市は、世界でロンドンと北京だけでしたが、1900年にはこれが15都市になりました。更に、これが2000年には371都市になり、国連の推計では、2030年には700都市を超えるとされています。また、この頃には、メガシティと呼ばれる人口1,000万人以上の巨大都市の数も40以上になると推計されています。
要するに、「都市は衰退する」とした過去の予言はことごとく外れ、都市はいつの時代にもほぼ継続的に成長し続けているのです。これは、モータリゼーションが進んだ1970年代のアメリカでも同様です。自動車は人々が職場から離れて住むことを可能にし、一時的に都市から人々が離れた時期もあります。それでも都市が消滅することはなく、その後、金融、コンサルティング、医業などのサービスセクターを惹きつけて成長していきました。
ザカリアに言わせれば、アメリカで、「一九七〇年代の都市が空洞化したのは、『ホワイト・フライト(白人の脱出)』、すなわち富裕層が都市を捨てたせいだった。その点で現在の都市は、むしろ富裕層が多く住みたがるせいで、高級住宅地化(ジェントリフィケーション)が進むという問題が起きている。現代において都市を離れる人々の大半は、小さな町に移るわけではない。彼らは大都市圏内で住み替えをするか、別の大都市に移るだけ」なのです。
なぜ都市が人々を惹きつけて止まないのかと言うと、「金融やテクノロジーのような産業の場合、活動のそばにいること、人脈交流があること、ベテランから日々学べること、そしてお互いに情報交換することが絶大なメリットとなる」からです。
ハーバード大学の経済学者エドワード・グレイザーは、「人口100万人以上の大都市圏に住むアメリカ人は、小さな都市圏に住むアメリカ人よりも五割も生産性が高い」と言っています。実際、世界で最も大きな300の大都市圏が、全世界のGDPの半分、GDP成長率の三分の二を生み出しているのです。
都市は汚染されていて病気になりやすいというイメージは、昔の「工業都市」から来ているもので、近代の都市は、より健康的な暮らしを提供する力を持っています。この点について、ザカリアは、「都市は、人間が近代的暮らしを構成するための理想的な手段なのだ──集まる、働く、遊ぶ、そのすべてが一つの場所で叶う。健全な社会を支える経済的資本と社会的資本も構築されやすい。また、最も適応力のある地理的単位として、世界のトレンドや住民によって生じるプレッシャーに対応し続けていくことができる・・・現実問題として、都市は昔から、より魅力的で、より心躍るライフスタイルを約束し、実際にそれを実現してきた。少なくとも過去一世紀は、そこに住む人々に著しく高いQOLを与えてきたのだ。」と言っています。
更に、人間の健康問題だけでなく、都市は地球にとっても持続可能な生活が実現しやすい、つまり地球環境にとってもより良い場所なのです。それは、「第一に、都市生活者は、必要とするスペースがかなり小さい。人類の過半数が都市に住んでいるというのに、都市が地球上に占める面積は三%未満だ。都市生活者は子どもの数が少なく、食べ物からエネルギーに至るまで、消費の量は事実上あらゆるものにおいて少ない。実際のところ、工業や化石燃料への依存のせいで、田舎のほうが都市より汚染が深刻な場合もある」からです。そして、意外なことに、「平均的な都市生活者は、郊外や田舎の住民よりも、多くリサイクル活動を行う。そして水と電気の使用量は少ない。ヨーロッパとアジアの主要都市は、効率性と持続可能性の面で世界の先頭に立っている」のです。
新型コロナウイルスがこうした状況を一変させるかと言えば、ザカリアは、それもNOだと言います。確かに、感染症は都市から始まりますが、それはすぐに地方に広がりますし、欧米の多くの農村地帯では、人口当たりで見た新型コロナウイルスによる死亡率は、大都市より地方の方が高いのだそうです。つまり、「世界では、いくつもの巨大都市が今回のウイルスに驚くほど見事に対応している。香港、シンガポール、台北はいずれも人口過密都市で、公共交通機関網も密に張り巡らされているが、新型コロナウイルスによる死亡率は驚きの低さ」なのです。
連載4回に続きます。
[参考文献]
成毛眞『2040年の未来予測』,日経BP,2021年
ピーター・ディアマンディス,スティーブン・コトラー『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』,土方奈美(訳),山本康正(解説),NewsPicksパブリッシング,2020年
ファリード・ザカリア『パンデミック後の世界 10の教訓』,上原裕美子(訳),日本経済新聞出版,2021年
著者
堀内 勉
一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長
多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。
現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。
主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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