データドリブンな企業への変容 ~経営者はAIとどう向き合うべきか①-2
目次
本連載では、「企業はDXをどのように進めていけばいいのか?」という大きな問いの下で、AIには何ができるのか、どのように企業の中で装着させていったらいいのか、その先にはどのような企業の姿が待っているのかを示していきたいと考えています。
前回はこちら
・経営者はAIとどう向き合うべきか①-1
人工知能AIとは?
DXを推進していこうとすると、AIなどの新しい最先端テクノロジーを正しく理解しないといけません。オンライン書店で「AI」や「人工知能」という言葉で検索すると、本の題名には「ディープラーニング」「パターン認識」「マシンラーニング(機械学習)」「シンギュラリティ」「VR(仮想現実)」「データサイエンティスト」という様々なキーワードが出てきます。
そうすると、担当になった清水部長は、どの本から読めばいいのでしょうか。どのような勉強をすればよいのか、そこから困ってしまうでしょう。聞いたこともない言葉が出てくるわけですから、それだけで難しいものと考えてしまい、悩んでしまうかもしれません。大学にも最近までAIという分野はなく、工学部、理学部、医学部、経済学部などのそれぞれの分野で、機械学習という解析手法が活用されていただけだったと思います。海外では、統計学部やコンピューターサイエンスの学部があり、そこでは古くから総合的な教育が行われてきました。そのような中で、わが国でも近年になって「データサイエンス学部」がいくつかの大学で設置されるようにはなってきました。
機械学習と呼ばれるAIの開発において心臓部となる各種手法も、時代によって変化し発達してきています。そのような技術的な問題も、AIでビジネスを実践していくうえでは、最低限の知識を習得しておかなければなりません。
また、企業を含む広い意味におけるAIテクノロジー導入を行っていくことの社会的な目的は、社会としての生産性を高め、新しい付加価値を創造し、社会全体の厚生水準や幸福度を高めていくことです。前述の、人間と機械との分業による「データドリブンな企業」を作り上げていくことになります。そして、それを実現するためには、企業の中に存在するデータを、その発生プロセスや格納されている場所とともに理解していないといけません。そのようなデータが、必要な機械学習の技術と融合して新しいツール開発へとつながっていきますが、「どのようなツールを開発しないといけないのか、開発できるのか」「優先すべきところはどこか」という判断は、人間が行わなければなりません。
データを使ったモデリングには、モデルを作りながら「検証的」にAIにデータを学習させてエンジンをつくっていく方法と、「探索的」に最もよいエンジンをつくろうとすべてAIに任せていく方法があります。もともと統計学の中で使われていた、「検証的アプローチ」と「探索的アプローチ」です。「検証的」なアプローチのほうが資源も節約でき、費用も少なくなることが一般的です。また、あらゆる業務をAIで置き換えることができるわけではなく、すべての業務ができて人間を超える万能なAIはまだ開発されていません。人間がやるすべてのことを行えるわけではなく「ある業務の一部機能をAIやデータの力を使って効率化していく」「人間との分業を通じて新しい付加価値を創造する」というのが現状です。
データドリブンな組織づくりでは「人間とは何であるか、何ができるのか、何が得意で苦手なのか、機械の方が安くて得意なところは何であるか」を深く理解する必要があります。清水部長は理系出身かもしれませんが、会社の業務をすべて知っていることはないでしょう。どの業務をAIで置き換えることができるのか。AIで新しいサービスをつくることができるのか。「理系出身というだけでは、AIの導入や、人間と機械との分業というデータドリブンな組織づくりを推進できない」ということを理解しておかなければなりません。
何を学習しないといけないのか?
AIの力を正しく理解して「何ができて何ができないのか」「何が得意で不得手なのか」を知る必要があります。AIが得意な「生産性の改善」とは何であるかも正しく理解しなければなりません。何より重要なのは、自分の会社の状況を正しく理解することでしょう。「AIの力を使うことができるデータが整っているか」「データがどこでどのように生成され、どこに格納され、機械学習と呼ばれる各種エンジンで分析ができて、ツール開発ができるようになっているのか」「そのデータはそもそもそのように活用してよいのか」などの判断ができないといけません。
AI導入の成功例と失敗例も知る必要があります。コンサルティング会社から提案を受けて莫大な投資を行い、結局失敗した事例も少なくありません。AIエンジンを売り込みに来るシステム会社もあるでしょうが、けして安い買い物ではありません。買ったからといってすぐに利用できるものでもありません。
AI導入が成功するか失敗するかは、正しく企業の業務フローを理解して、会社の中で良質なデータ資源を作り込むことができているのかどうかにかかっています。そのときに経済学、とくにミクロ経済学の知見が必要になります。統計学も、記述統計と推測統計の両方が重要です。プログラミングの能力も大切ですが、ここはエンジニアにやってもらえばよい領域です。
そうした知見以上に重要なのは「清水部長がクリエイティブな発想ができるか」「自分の会社のことを正しく理解して将来のビジョンをつくれるか」ということです。それができる人間でなければ、人間と機械との分業も設計できなければ、AIのビジネスへの装着もできないのです。しかし、一人ですべてやる必要はありません。AI導入の成功事例として、Googleのケースを見てみましょう。
Googleは、2002年からミクロ経済学者として有名な米カリフォルニア大学バークレー校のハル・ヴァリアン氏を顧問として招き、彼は2010年にはチーフエコノミストとして正式に入社しました。ミクロ経済学には、モデリングの技術があります。複雑な社会の構造や事象をある一定水準で単純にモデル化し、再現する力があります。ビジネスを深く理解するうえで、経済学は重要な道具になります。
ほぼ同じ時期に、米シアトルにあるワシントン大学でコンピューターサイエンスの教授だったアロン・ハルベイ氏を、チーフデータサイエンティストとして招きました。GoogleをはじめとするGAFAと呼ばれる企業には、エコノミストが必ずいて、コンピューターサイエンスのエキスパートと必ずといっていいほど協業しています。ハル・ヴァリアン氏は、私のブリティッシュコロンビア大学での恩師であるアーウィン・ディワート氏と同じ研究室出身であることから、またアロン・ハルベイ氏とは数年間同じ企業の研究所で働いた経験から、直接多くの学びをいただきました。
アロン氏は、あるインタビューで次のように語っています。「私はAIやデータマネジメントの研究、つまりデータを集積して活用することに情熱を注いでいます。人の生活や社会全般が進歩する研究です。企業は、人々の人生に関わる興味深いデータを豊富に所有しています」「データサイエンティストの仕事とは、企業の持つデータから価値を創出することです。それには、データの扱い方や統計学、機械学習の知識が必要であり、簡単な仕事ではありませんが複数の異なるテクニックが集約された非常にエキサイティングな職業です。データを取り出し、価値に変えること。データの特性を見出し、例外を除去し、データが意味するものを説明できるようにすること。新しい世界を発見するような仕事なのです。」
企業にとって必要な人材像が浮き彫りになっているのではないでしょうか。また、同氏は次のように続けました。「テクノロジーの発達により、深刻さを増している社会的課題があることは事実です。人々は新しい仕事や新しいライフスタイルを探しており、今までのあり方を変えたいと思っています。企業が持っているデータには、人々がどのような行動を取っているかが表れています。このデータを精査することで、人生のためになる、よりよい判断ができるようなお手伝いができるようになると思っています。」
つまり、企業はまず社会をしっかり見て、正しく理解しなければなりません。そのときに経済学、統計学、機械学習の知識をきちんと理解することで、社会で起こっていること、企業で起こっていることの課題を解決するための設計ができるようになります。
著者
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。