企業不動産戦略と財務戦略
~企業は不動産とどのように向き合うべきか⑤

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目次

企業が不動産を保有することの意義のひとつとして、金融機関から借り入れを行う際の担保として設定できるという側面もありました。そうすると「金融機関の貸出行動は、または審査は、どのように行われているのか」ということを、正しく理解しておくことが重要です。

リーマンショックは「金融機関が、不動産業および不動産を担保とした融資をどのように意思決定しているのか」ということを理解するのに、とてもいい実験だったともいえます。

2006年~2007年上期までは、不動産業の資金繰りは非常に順調な状態でした。しかし、2007年下期に入って急激に悪化し、2008年にはマイナスに転じました。金融機関の貸出態度も2007年までは大幅な回復基調にありましたが、不動産業の資金繰り状況から四半期遅れで、2008年から急激に悪化しました。その時に金融機関で何が起きていたのかを振り返ってみます。

バーゼル規制

当時、私が注目したのは、金融機関の行動を規定する規制、BIS(国際決済銀行)が定める「バーゼル規制」といわれているものです。これによって金融機関の貸出態度が大きく変化しました。

バーゼル規制によって、金融機関には自己資本比率の管理が求められます。資本金や法定準備金などのTier1、有価証券の含み益や劣後ローンなどのTier2という形で、金融機関が持つ財務力や資産のリスク量に応じて自己資本を計上しています。リーマンショックで株価が大きく下落すると、有価証券の含み損が発生して自己資本の減少という形で金融機関に影響が出てきます。保有できるリスク量は金融機関の資本に応じて決まるので、貸出審査を厳しくしなければなりません。

金融危機の影響で、金融機関の自己資本減少とリスク資本増加が発生し、自己資本比率が大きく下がりました。リスク量を計算する時は、自己資本を分子に、信用リスク、市場リスク、オペリスクを分母に置いて、これを8%以上で維持する必要があります。とくに海外で事業を展開する金融機関は、このルールが厳格に適用されます。

株価が大きく下がるような時期には、株式を多く保有している日本の金融機関は自己資本が棄損して8%の維持が難しくなります。分子の自己資本だけでなく、分母にもショックが加わります。分母の調整をしながら8%を維持するには、リスクウエイトが高い建設・不動産からお金を引き上げることになるのです。

バーゼル規制は、金融市場の状況に応じて見直しが行われ、現在はバーゼルⅢへの移行が進んでいますが、当時はバーゼルⅠからバーゼルⅡに移行するところでした。バーゼルⅠでは、自己資本比率を定義し、共通の指標を設定することからスタートし、自己資本比率を用いて最低所要自己資本を設定して、銀行にその遵守を求めました。

バーゼルⅡになると、リスク計測の精緻化や正確化が求められるようになりました。リスク計測手法の多様化、リスク計測対象の広範化、自己管理型自己資本戦略の重視が行われるようになったのです。

私がメガバンクといわれる日本の大手銀行で、住宅ローン、アパートローン、不動産担保ローンのAIによる自動査定システムを初めて構築したのは2002年でした。その背景にはバーゼルⅡへの移行をにらんで、自己管理型の自己資本戦略の重視を図るために、リスク評価モデルを開発しようという流れがありました。ふたつのメガバンクで、そのようなプロジェクトに参加したため、ノンリコースローンのリスク量をどのようにコントロールしていくのかは、金融機関の成長戦略に深く関わっているとの問題意識を持ったのです。

ノンリコースローンのリスク量の評価は、リスクを計測するルールをデフォルト確率の推計によって求めていました。不動産の開発型案件では、デフォルト確率を計算するのが難しいため、リスクウエイトを高くしなければなりませんでした。経済が混沌として将来の不安が大きくなると、リスクウエイトが高いデベロッパーから資金を引き上げるのは、金融機関にとっては自然な行動だったわけです。

バーゼル規制が不動産市場に与えた影響

この当時、金融機関は、取引先企業の多くと株の持ち合いをしていました。欧米に比べて自己資本に占める株式のウェイトが非常に高い財務体質でした。その結果、株式市場の混乱が金融システムの不安定化につながって、時差を持って混乱が起きることが容易に想像できたはずでした。実際に自己資本比率を維持向上するために、リスク資本の圧縮という行動に出て、貸出資金の残高が急激に減少したのです。

同時に債券市場もクラッシュしたので、社債などで資金調達を行っていた企業でも、資金調達が困難になっていました。金融機関に対して「融資枠のコミットメントラインを設定してほしい」との要請が寄せられました。過去にいくら営業を掛けても、おカネを借りてくれなかった優良企業から融資の要請がくると、金融機関は信用格付けの高い企業への貸し付けを優先してしまう傾向がありました。そういうことも相まって、不動産業から資金を引き上げる動きが加速したのです。

金融機関と不動産鑑定士・投資家の不動産価格の見方の違い

開発型の不動産ノンリコースローンの個別審査では、定性的な評価が強い傾向にありました。そのため、市況の悪化で、審査が硬化しました。もし定量的な評価をシステマティックに行っていれば、影響を限定的に抑えられたかもしれません。人間の判断による定性的な評価が大きいと、人間は「未知」または「前例がない」という状態に対して強くリスクを取りがちになります。金融機関が事業性評価とモニタリング評価を行う過程で、トラックレコード(過去の運用成績)の少ない開発型案件に対する審査は厳しくならざるを得ませんでした。

モニタリング評価では、DSCR(元利金返済カバー率)が1を上回っているかどうかが重要になります。DSCRとは、ローンの返済額と不動産から上がる収益の比率を意味します。毎月入ってくる収入が上回っていれば返済が滞ることはありませんが、収入が減ってDSCRが1を下回ると返済できなくなります。金融機関はリスク量としてDSCRテストの結果を見て、潜在的なリスクをマイナス評価したために、非常に強いストレスがマーケットにかかったのです。

保有する情報量やリスクの見方も、金融機関とデベロッパーや不動産会社とで違っていました。不動産をデューデリジェンス(評価)するなかで、両者の間で共通言語が不足し、いわゆる情報格差が生じていたわけです。

不動産のデューデリジェンスでは、物理的調査、法的調査、経済的調査がありますが、物理的調査はエンジニアリングレポートで担保されます。経済的調査は不動産鑑定評価を通じて行いますが、リーマンショックの前から不動産業ではリスクに対応する体制が整っていました。モニタリング評価によってクライアントからのプレッシャーがかからないようにするためです。

しかし、金融機関との共通言語の統一が遅れていたために、リスク量や情報量に関わるインフォメーションギャップによって、金融機関が頑なな行動に出るのは仕方がない面がありました。当時、金融当局の間では共通言語化を図ろうという取り組みが進んでいましたが、十分な浸透が図られる前に、金融危機が起こってしまったのです。

不動産価値が異なる要因として、不動産鑑定評価における収支項目や経費項目の不一致といった実務的な問題も存在していました。不動産の収益をどのように記録していくのか、費用をどのように分類して計上していくのかという問題です。関係主体において不動産価値そのものの見方が異なるために、事業の入口、期中、出口の各段階での評価が違っていました。つまり出口の部分に強いストレスがかかって、不動産の資金を引き上げて資金の借り換えできない事態が生じたのです。

市場に強いショックが起きた時に、金融機関にショックが波及し、不動産市場に影響を及ぼすという循環が起こります。今回のコロナショックを考える場合も、ショックの出方がどのような形で不動産市場に伝播してくるかを考えていく必要があります。

企業不動産戦略において、不動産担保や資金調達の問題は、極めて重要な外部性です。経営者は、不動産およびそれを取り巻く財務戦略を正しく設定していかなければ、企業そのものを大きなリスクにさらしてしまう可能性があることを理解しておかなければなりません。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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