三方よしとは?近江商人の経営哲学とビジネスの事例を紹介

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記事公開日:2021/07/21    最終更新日:2024/04/01

100年以上続く長寿企業には、近江商人にルーツがあり、その経営哲学「三方よし」を大切にしている事例があります。企業存続と社会・地域への貢献との関係、現在ビジネスのESG・SDGsにも通じる「三方よし」とは?近江商人の「三方よし」の普遍性を解説します。

三方よしとは?

「三方よし」という考え方をご存じでしょうか。三方よしは、大阪商人、伊勢商人と並び称される日本三大商人の一角・近江商人の経営哲学を表した言葉です。三方とは、売り手・買い手・世間を指し、「売り手よし、買い手よし、世間よし」を満たす商売こそ、理想であるという意味が込められています。

「三方よし」を経営哲学とする近江商人とは?

近江とは、琵琶湖(淡水の海=湖、淡海(あわうみ))がある現在の滋賀県の旧国名です。京都や大阪に近いことから交通の要衝として古くから栄えました。一般的に近江商人と呼ぶ場合は、拠点が近江にあるだけでなく、他国(近江国以外の日本各地)へ行商した商人をさします。江戸時代から明治時代にかけて全国へ出向き活躍しました。

なぜ近江商人が「三方よし」の代名詞なのか

日本には、「三方よし」に代表される商業道徳が古くから根付いていたと考える向きもありますが、日本の商い全体が他国に先行して三方よしを実践していたわけではありません。渋沢栄一は、1867年に徳川慶喜の弟・昭武に随行してパリ万博に参加した際、イギリス人から「日本の商人は自分の利益ばかり追求するので、まともな商売ができない」と苦言を呈されてショックを受け、『論語と算盤』を提唱するに至ったといわれています。

一方で近江商人は、江戸時代から全国各地で行商したり定住したりするなかで、「よそもの」が遠地で受け入れられるには、その地域での信用や貢献が必要であることを学び、実践していきました。ただ儲けて出身地へ戻るのではなく、信用や人間関係を構築し、その地での商いを永続させていく。こうした考えには商売と哲学の融合を説いた石田梅岩の石門心学も影響しているといわれます。哲学に重きをおいて各地に貢献した近江商人の事例が多数残っており、三方よしの代名詞となったのです。

なお、近江商人誕生の地、滋賀県は100年企業の輩出率で上位に位置しています。

滋賀県は100年企業輩出率が高い

「三方よし」や近江商人にルーツがある有名企業

「三方よし」や近江商人にルーツのある企業が、日本の各地で長寿企業となり、いまも優れた経営を続けています。いくつかの事例を見ていきましょう。

伊藤忠商事

国内を代表する総合商社の1つ、伊藤忠商事の創業者で近江商人だった伊藤忠兵衛氏も、「三方よし」の理念を大切にしていました。同氏は「商売道は、売り買いのいずれにも益があり、さらに世の不足をうずめ、御仏の心に叶うものであってこそ尊い」という趣旨の言葉を遺しています。伊藤忠商事は、2020年4月から「三方よし」を経営理念に掲げ、創業の精神を受け継いでいくことを改めて表明しました。

西川株式会社

寝具の老舗ブランドである西川株式会社は、初代仁右衛門(にえもん)氏が近江地方で始めた布織物や蚊帳の行商が祖業です。

社是は

「誠実」「親切」「共栄」。

「共栄」の実現は人間性の尊重を基本とした人間関係の中で、「誠実」「親切」を通してのみ実現できるとしています。

「三方よし」の精神を引き継ぐ老舗、西川株式会社のコラム

15代目当主、西川八一行氏登壇イベントのレポート

たねやグループ

たねやグループは、滋賀県近江八幡市に本社がある菓子の老舗です。相手が喜ぶことをすれば数字はあとからついてくるという意味の「先義後利」に象徴される商いの哲学を掲げ、市場が縮小傾向にある和菓子産業にあって、「現代の近江商人」として成長を続けています。

経営理念(パーパス)は

「地元への貢献」

地域や社会に貢献し、環境を保護し、持続可能な発展のあり方を考える経営を実施しています。

たねやグループが登場するおすすめコラム・書籍を紹介

「三方よし」はビジネスのCSR、CSV、SDGs、ESGにも通じる

近年は、企業活動に伴う環境破壊が地球全体に与える深刻なダメージについて、活発な議論が交わされるようになりました。いわゆる勝ち組・負け組と表現されるような、経済格差も問題視されています。こうした行き過ぎた資本主義の弊害を各国が政治問題として取り上げるのはもちろん、国境を越えた話し合いの場でも重要トピックとして議題に挙がり、具体的な改善目標が掲げられるようになっています。

「三方よし」には、現在の企業活動に欠かせないCSR、CSV、SDGs、ESGに通じる精神があります。ここ数年は、より包括的な概念であるSDGs・ESGを掲げる企業が多くなっていますが、まず、それぞれの言葉の意味を整理し、違いや関連性をみてみましょう。

CSR(Corporate Social Responsibility)とは

「企業の社会的責任」を意味する言葉です。企業が社会の中で業務を営む以上、顧客や従業員、株主や投資家といったステークホルダーはもちろん、法律や道徳、そして環境配慮など幅広い対象に対し、適切な意思決定を行う責任があることを意味しています。

CSV(Creating Shared Value)とは

「共有価値の創造」を意味する言葉です。自社の強みを用い、社会的課題の解決を目指す考え方を指しています。社会貢献と自社の収益を結び付けた事業や起業も、この言葉の中に含まれます。アメリカの経営学者、マイケル・ポーター氏によって提唱されました。

SDGs(Sustainable Development Goals)とは

2015年に国連総会で採択された、「持続可能な開発目標」の略称です。2030年までに達成すべき17の目標が設定され、持続可能な開発に関する包括的なアジェンダとして世界中で採用されています。
SDGsは、政府、国際機関、民間企業、市民社会などが協力して、貧困や格差、気候変動などの世界的な課題に取り組み、持続可能な開発を促進することを目指しています。

ESG(Environmental, Social, and Governance)とは

企業や投資家が取り組むべき重要な要素、「環境、社会、ガバナンス(企業統治)」の頭文字をとったものです。「環境」は、温室効果ガスの排出削減や再生可能エネルギーの利用など、企業活動において持続可能性を考慮すること、「社会」は、働き方や多様性、人権に配慮したサプライチェーンの確立など、人権や労働問題への取り組み、「ガバナンス(企業統治)」は、企業の行動規範やステークホルダーの権利保護など、企業の透明性やコンプライアンスを重視した責任ある経営を指します。

CSR、CSV、SDGs、ESGの違い

CSRは「ビジネスの基盤を方向付ける考え方」で、その活動は企業の事業や強みを生かしたものだけでなく、慈善事業・ボランティアも含まれます。CSVは「社会問題解決と自社の利益追求の両立を目指す考え方」であるといえます。SDGsは持続的な世界・社会を実現するため「世界の共通目標」「行動指針」であり、CSR・CSVのベースにもなります。ESGは特に投資において「環境・社会・企業統治」を配慮するという「ものの見方」「指標」だといます。

ビジネスにおける「三方よし」の普遍性

企業活動においては、売り手の利益だけを追求するのではなく、商品やサービスを通じて買い手が満足し、地域社会の発展と福利増進に貢献することで、信用と人間関係が構築され、好循環が生まれます。これは現在のビジネスにも通じることです。行き過ぎた資本主義が見直されるなかで、SDGsやESGが企業・ビジネスにも組み入られ、すべてのステークホルダーが幸せになれることを目指す企業活動が世界標準となりました。

日本に古くから存在する「三方よし」の経営哲学は、社会問題解決の指針ともなり得る普遍性を湛えています。改めて注目されている「三方よし」について、企業の経営者は、ぜひ理解を深めていきたいところです。

「三方よし」による社会・地域への貢献活動と企業存続との関係

戦後に高度経済成長期を迎えた日本では「三方よし」の経営哲学よりも、企業の利潤追求が優先されるようになりました。結果として日本は経済大国の仲間入りを果たしたものの、その過程で公害病や過労死などの社会問題が表面化しました。また近年は温暖化の原因となる企業活動が世界的に問題視されているほか、国内は少子高齢化社会に突入し、深刻な労働力不足に直面し始めています。

こうした社会の中では、自社の利益だけを追求する企業に、厳しい視線が向けられるようになります。いくら商品やサービスの売上が好調な大企業でも、社会や地域への貢献意識の欠如が露見すれば、信頼を失い利用者離れが起きるかも知れません。

特に中小企業では、特定の商品の価値を訴求する「差別化戦略」や、顧客や地域と密着した「集中戦略」に競争優位を見出している場合が多いため、信頼の失墜は即、企業の存続に関わることもあるでしょう。経営者は「ウチは小さいから、社会貢献まで手が回らない」という考えを捨て、「三方よし」の実現を目指さなくてはなりません。一見回り道のように感じられる努力が、今後の社会で企業が存続していくための、重要な要因となることは明らかです。

100年企業による社会や地域貢献活動の事例

次に、企業の社会や地域貢献活動の事例を見ていきましょう。紹介するのはいずれも、100年以上の歴史を持つ大企業ばかりです。その活動の中に、長寿企業の秘訣が隠されているかも知れません。

資生堂 ~サステナビリティ促進を目指す

1872年に創業し、信頼の化粧品メーカーとして定評のある資生堂は、スキンケアブランド「エリクシール」のつめかえ用パッケージ紹介活動を通じ、プラスチックごみの削減を目指す「グローバルサステナビリティキャンペーン」を、2021年4月にスタートさせています。

高い認知率と好感度を誇る「ドラえもん」をキャンペーンキャラクターに迎え、TVCMも放映。今後は日本のみならず、アジアの国・地域全体にキャンペーンを拡大していく予定だそうです。

「エリクシール」の化粧水・乳液つめかえ用パッケージは、約10年前から発売されており、同社のサステナビリティ活動の柱となっています。資生堂は環境負荷低減に向けた取り組みを加速し、2023年には年間約400トンのプラスチック使用量削減を目指すほか、2025年までに、プラスチック製容器包装について100%のサステナブルを目指し、環境への影響を最小限に抑えるとしています。

ミツカン ~長い歴史の中で培った「水」についての啓発活動

1804年創業と、国内の酒造業の中でも長い歴史を持っているのが、ミツカン。同社は良質な醸造酢を作るために私設水道を敷設し、廻船で尾張半田から江戸、大阪まで食酢を運ぶなど、水と深く関わってきた歴史があります。そして1999年、東京都中央区に「水の文化センター」を設立。「水」をテーマとした社会貢献活動を開始するに至りました。

同センターでは水に関する企画展や専門家と連携したイベントなどの開催や機関誌・書籍の発行を行い、「人間の生活には欠かせない、水の大切さ」を啓発しています。

任天堂 ~多様な人材の働きやすさを整備する

任天堂も1889年創業と長い歴史を持つ企業であり、同社が築いたネットワークは世界中に広がっています。このため同社は2018年9月に、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」を参考に「任天堂人権方針」を制定しました。一部を抜粋すると、「人種や宗教、出身や社会的身分、性別や年齢、性的指向や障害の有無などによる差別、または差別につながる言動をしない」などの行動規範が掲げられています。

また2019年9月には、すべての事業所を対象に「日々の出退勤時間を各自でコントロールできる制度」や「勤務間インターバル制度」を導入。さらに女性の活躍推進や高齢者の安定雇用にも、積極的に取り組んでいます。こうした任天堂の姿勢からは「人材を大切にすることで、社会に貢献する」というメッセージが伝わってきます。

まとめ ~企業の存続には「三方よし」の視点が不可欠

パナソニックの創業者である松下幸之助氏は、『企業は人、土地、資源といった社会からの借りもの・預かりものでできており、また、企業の役割は、社会の足らざるところを補い、これを潤沢に作りだすことで、世の貧困を失わせるものでなければならない』とし、「企業は社会の公器」であると表現しました。

また、京セラを世界的企業に成長させJALの経営再建も手がけた稲森和夫氏は、実践を通して得た経営哲学をフィロソフィとして掲げ、そのベースとなる考え方のひとつに「利他の心を判断基準にする」ことをあげています。

日本の長寿企業やファミリービジネス研究の第一人者である後藤俊夫氏によると、こうした思想のルーツをたどると、渋沢栄一、そして石田梅岩にさかのぼり、「三方よし」や「企業は社会の公器」とする経営思想が企業の長寿要因になっているといいます。

日本における長寿企業研究の第一人者、後藤俊夫氏のコラム

100年以上の歴史を持つ長寿の大企業の事例を見ていると、社会や地域への貢献活動には様々なかたちがあることが分かります。

中小企業が同規模の試みを実践するのは、なかなか難しいかも知れません。しかし自社の規模や事業体系、独自性などを鑑みて応用するための、ヒントが隠されているのではないでしょうか。

これからの社会で事業を継続していくためには、自社と顧客だけでなく、社会や地域への貢献が欠かせません。企業の事例も参考に、改めて自社の存在意義に思いを巡らし、「三方よし」の経営を追求していきましょう。

著者

株式会社ボルテックス 100年企業戦略研究所

1社でも多くの100年企業を創出するために。
ボルテックスのシンクタンク『100年企業戦略研究所』は、長寿企業の事業継続性に関する調査・分析をはじめ、「東京」の強みやその将来性について独自の研究を続けています。

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