不動産投資の魅力
1-3. 不動産投資の最前線
目次
不動産投資の最前線にいる方々が、どのように行動しているかについて考えていきます。
不動産投資の最前線には、投資をすることに責任を負っている人たちがいます。シンガポール政府投資公社(GIC)は、海外の不動産に投資している専門家集団ですが、最近では、プリンスホテルを多数購入したことで、日本でも一躍注目されました。実はGICは、2003年に三井不動産が開発した汐留シティセンター(東京・汐留)に始まり、日本での不動産投資を着実に広げてきているのです。
GICがどのような投資戦略を持っているのか。2015年時点の不動産投資の状況を見ると、資産ポートフォリオの半分超をアジアが占めており、残りをアメリカとヨーロッパで投資しています。
GICでは、環境変化に応じて戦略を常に変えており、2016~17年の統計によると、40カ国で、350以上の不動産に投資しており、資産全体に占める割合(allocation)をどんどん増やしてきました。以前は不動産の割合が5~6%でしたが、9~13%へと高めています。機関投資家が投資リスクを最小化するのに不動産の投資割合は11%ぐらいが最適であると分かってきたので、彼らも投資割合を増やしているのでしょう。
GICの投資戦略の中で重要なのは、「ボトムアップ式バリュー投資アプローチ(Bottom-up value-investing approach)」と言われるものです。もう1つのキーワードが「長期的な展望(Long term horizon)」です。
先に「長期的な展望」について説明すると、不動産の特性や不動産投資のうまみを考えると、繰り返し投資するなら株式のほうが有利です。なぜなら、不動産投資は取引のコストが高く、流動性が低いからです。逆に、そのことが不動産投資のリターンにも繋がっています。では、長期的とはどれぐらいの期間でしょうか。少なくとも3年以上は必要です。3年・5年・10年という期間で投資することで、不動産投資のうまみを感じることができます。先月と比べて、価格が上がった下がった、前年に比べてリターンが減った、株式や債券に負けている。そのような尺度で投資するのでは、不動産投資のうまみを享受することはできません。
さらに、重要なのが「ボトムアップ式バリュー投資アプローチ」です。かつては「ポートフォリオ理論に基づいて、数学的な考え方で、日本にはこれぐらい投資したほうがよい」とか「東京にはいくら、ニューヨークにいくら配分するのがよい」とか、そのような手法で投資が行われてきました。これは上を見て投資の配分を考えていくトップダウン式です。
しかし、2008~09年のリーマンショックの経験から、さまざまなことが分かりました。同じニューヨーク・マンハッタンのコンドミニアム(集合住宅)に投資していたとしても、通りが1本違えば、利回りを維持したところもあれば、暴落したところもある。ロンドン中心部のシティにあるオフィスであれば何でもよいかというと、そうではなかったのです。
つまり、不動産においては、慎重に一つひとつをボトムアップ式に積み上げて選別していくことの重要性を学びました。ですから、リーマンショック後は、GICでは、ボトムアップ式で専門家の目で物件ごとに選別して、投資を行ってきました。「日本全体では不動産の空間市場として縮小するかもしれないが、東京のこの場所のこの物件であれば、価値が上がり続ける」そのような不動産を探すことが重要になっているのです。
GICでは、過去に全体の投資額を減らしたこともありますが、一定程度は増やし続けてきました。2004年からの投資戦略全体を見ると、米国を増やして、アジアと欧州への投資を減らしてきています。しかし、日本にも、プリンスホテルへ投資したように、多くの投資マネーが流れてきています。常にマーケットを見ながら、ボトムアップ方式でよい物件があれば、買い続けていくという方向に戦略を変えてきたのです。
不動産への投資を増やしているのは、GICのような投資家だけではありません。中東のカタールでは、石油による豊富な資金を背景に投資を増やしてきています。カタール投資庁(QIA)は、欧州のオランダ・アムステルダム、英国・ロンドン、フランス・パリのほかに、豪州・シドニーへ投資しており、投資のベンチマーク(比較対象)はオイルマネーで、原油価格が1バレルいくらかが重要になります。
カタールの現在の投資対象は、オフィスが52%、ホテル23%です。一方で、リテール(商業施設)10%、アパートメント(住宅)はわずか5%です。なぜ、オフィスが多くて、住宅が少ないのか。その理由が、彼らの感覚と日本人の感覚が違っているからか、対象としている投資市場が違うからか、そのようなことも理解する必要があります。
カタールが、不動産を取得する時に重要になってくるのがオイルマネーです。企業や個人にとっても、どのような資金を裏付け資産として投資をしていくのかが重要になりますが、カタールでも原油価格が下落傾向にあるときに、不動産への投資を増やしています。
カタールの投資ファンドが存在感を増してきたのは、2012年のロンドンオリンピック開催前後からでした。2010年にロンドンの高級デパート「ハロッズ」へ投資し、オリンピック選手村跡の住宅群、高さ310mの超高層ビル「シェアーズ」、200mの「HSBCタワー」へと拡大し、2014年にはロンドンのプライムエリアで最もラグジュアリーなホテルの1つである「サボイホテル」を購入しました。
カタールも、一つひとつ物件を選別して「ここなら下がらないであろう」「どんなショックが発生しても負けないだろう」というところを探して投資を展開しており、選別を重視している姿勢が現われています。
「不動産投資を科学する」うえで、大事にしなければならないことがあります。
世界の最前線で投資している組織や人たちにはさまざまな知識が蓄積されており、英国には最も尊敬され優秀な人材が集まる経験豊富な機関投資家であるハーミーズ(Hermes Investment Management Limited)があります。元々はブリティッシュテレコムの年金を運営していた組織でした。そこで2014-15年頃にファンドマネージャーとして活躍したのが、私の友人でもあるルパート・クラーク(Rupert J. Clarke)氏です。彼はのちにヒースロー空港の社長も務めました。
彼が「ファンドマネージャーに求める条件」を、私に語ったことがあります。今から20年近く前に「次世代のファンドマネージャー像(The Post-Modern Investment Manager)」を描いていました。
条件の1つめは、洗練された金融の知識(Financial Sophistication)が必要であること。このことを彼は繰り返し語っていました。金融の知識については「ファイナンスとは何か」「ポートフォリオとは何か」を考えるときに、詳しく言及したいと思います。
条件の2つめは、ダイナミック・リサーチ・アンド・ストラテジー(Dynamic Research and Strategy)です。不動産市場をリサーチして、それをストラテジーにどう展開していくのかを意味します。リサーチでは、需要と供給は何で決まるのか、家賃はどう変化するか、将来のリスクはどうなるのかを分析します。それを正しく知るためには、不動産市場固有のマーケット構造を理解する必要があります。
条件の3つめに、パフォーマンス・カルチャー(Performance Culture)があります。株式市場であれば、日経225のようなインデックスが整備され、それを見て市場全体が上がっている、下がっているかが分かります。もし投資資金をファンドマネージャーに預けて、いくらリターンを返してきたのかは、報告書を見れば、例えば「リターンは5%」というように簡単に結果が分かります。
もし、マーケットが非常によい状態で、誰が投資をしても5%のリターンを実現できていれば、そのファンドマネージャーは平均的な能力(パフォーマンス)しか持っていなかったことになります。しかし、平均が5%で、6~7%のリターンを上げていれば、より高いパフォーマンスを発揮したことになります。市場全体の平均的なリターンのことを、絶対収益(Absolute Return)といいます。
長い期間にはサイクルがあり、不動産の価格が下がり始めることもあります。かといって、消極的(ネガティブ)な時期には投資を止めるのかといえば、そうではありません。不動産を持ち続けることでの分散効果があります。マイナスのリターンになったとしても、市場全体が平均でマイナス2%であるのに対して、マイナス1%に抑えることができれば、ファンドマネージャーに能力があると言うことができます。
このように、パフォーマンスを測定し評価する文化や仕組みを持っているかどうか。クラーク氏は「パフォーマンス・カルチャーを持っていないところには投資をしない」と言っていました。そのためには、不動産インデックスが重要になります。
条件の4つめは、エクセレンス/スペシャリゼーション(Excellence/Specialisation,優秀さ/専門分野)です。ファンドマネージャーとして、とのような特性を持っているのか、どんな強みを持っているのかをアピールできることです。不動産市場にはさまざまな新しい動きが出てきており、「ニューヨーク・マンハッタンやロンドン・シティでも、ここは負けない」といったように、どこに投資すればよいのかがビックデータを解析することで分かってきました。
投資市場も、世の中や社会全体の動きの中に飲み込まれていきます。ESG投資のように、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つが投資基準となってきましたし、地政学的な変化によっても大きなエネルギーが働けば、それに抗うことはできません。もう1つ、大きな動きとしてテクノロジーの変化があります。AIやビッグデータが世界を変えていくなかで、不動産投資市場だけが変わらないわけはありません。この先、どういう世界が待っているのかを考えていく必要があります。
サイエンス(科学)とは、長い歴史のなかで発達してきた人間の英知の結集です。サイエンスが発達することで、今までリスクと思っていたものが、リスクでなくなることもある。リスクを小さくできるかもしれない。「不動産投資を科学する」ことで、これまでとは異なる世界が広がるのです。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏