生産性向上のお手本となった100年続く老舗旅館
〜おかみが主導した粘り強いコミュニケーションと業務改善〜

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目次

観光庁の「生産性向上モデル事業」に選ばれたことでも注目された京都の綿善旅館。IT活用や人事制度改革によって働きやすい職場づくりに努めてきたおかみの小野雅世さんに、スタッフたちを味方につけながら経営刷新を成功へ導いた秘訣を伺いました。

改革を成功させるため信頼の獲得に努めた3年間

京都・錦市場に近い綿善旅館は、江戸時代末期の天保元(1830)年に創業された老舗旅館として知られます。

もともと薬商人だった初代綿屋善兵衛が、主に北陸から商売に訪れる商人たちのため、店舗の一角を宿に提供したのが始まりでしたが、いつしか旅館業へ転換しました。近年の利用者は、修学旅行生や国内外から京都を訪れる観光客が大半で、コロナ禍以前は全27 室(※)に年間約3万人の宿泊客を受け入れていました。

2021年暮れ、父である先代から事業を承継した小野雅世さんは、おおよそ7代目にあたるといいます。

「京都の老舗旅館というと、敷居が高いものと思われてしまうことが多いのですが、もともとは江戸時代の『出張族』にご愛顧いただいていた、こぢんまりとした旅館でした。お客様の中には『親戚の家に来たみたい』と、くつろいでくださる方も多く、今でも大衆旅館の雰囲気を大事にしています。一方、運営する側としては時代の流れに追いつく努力をしておらず、私が銀行を辞めて戻ってきたときは旧態依然の環境にショックを受けました」

大学卒業後、メガバンクに総合職として勤務した雅世さんは、3年半ほど法人顧客の融資業務を担当していました。父のすすめもあって家業に戻ったのは、2011年の春です。

アルバイトとして必要な業務をひととおり経験するうち、前時代的な慣習が染みついた家業の実態がわかってきたといいます。情実に左右されがちな人事評価、恒常的な超過勤務など、労働環境がきちんと整備されたメガバンクとは比べようもない状況に、雅世さんは抜本的な経営刷新の必要を痛感しました。

しかし、性急な改革は現場の混乱と反発を招きかねないという判断から、当面はスタッフとのコミュニケーションに努めることにしました。スタッフたちの表情や態度をさりげなく観察し、タイミングを見計らって話しかけて、仕事に対する不満や日ごろ感じている改善点などを少しずつ聞き取りました。

※全27室中、24室が通常の和室。残り3室は小さめの和室。

スタッフがハッピーでなければ、お客様を満足させられない

やがて、現場の要望を代弁して先代や支配人に掛け合うなど、雅世さんはスタッフと経営陣をつなぐ存在として、信頼を獲得していきます。そうして数年にわたってコミュニケーションに努めたのち、2018年ごろより実質的に経営をゆだねられはじめた雅世さんは、かねてから思い描いていた改革に取り組み始めました。

ちょうどそのころ、日本旅館協会が募集していた生産性向上モデル事業に応募したことも改革の推進力になりました。結果として、日本生産性本部からコンサルティングを受けることになり、いわば外部の加勢も得て、業務改善を進めることになったのです。

「働いていると、スタッフはさまざまなことに気づくものです。『もっとこうすればいいのに』『この作業にはあまり意味がないな』という気づきです。でも、そこで『どうせ変わらない』と思い込んでいたら、口に出してくれることもないでしょう。私は、そういう風潮を変えたいと思いました。スタッフがハッピーでなければ、お客様にご満足いただけるはずがありません。ですから、提案が決して無駄ではないと実感してもらう必要があります。提案すれば聞いてもらえる。言葉にすれば変わる。そう感じてもらうために、改革の主体はあくまでスタッフでなければいけないと考えていました」

このときに実施した改革は、主に情報共有とIT活用、人事制度改革でした。いずれも、課題を認識していたスタッフをリーダーとする数人のプロジェクトチームが中心となって取り組みました。

たとえば、宿泊客のチェックアウトの際、従来はフロントと各フロアの客室係が内線電話で連絡していましたが、タブレット端末を各フロアに設置してLINEで連絡するしくみにあらためました。これにより、業務が集中する時間帯の混雑が緩和されたといいます。

また、新たに5段階の人事考課制度を導入するとともに、業務スキルを図式化して共有することで、恣意的な人事評価を排除。その結果、より正確な評価結果をスタッフにフィードバックできるようになり、現場のモチベーションを向上させました。

観光業界の深刻な人手不足を解決する秘策とは

一連の取り組みには、生産性向上モデル事業として挑戦したことにより期限が設定され、プロセスと結果の報告が求められました。そうした緊張感もあってスタッフの当事者意識が高まり、一つひとつの小さな改革に成果があらわれはじめると、社内の雰囲気も変わっていったといいます。

これ以降も、綿善ではスタッフによる改善活動が続けられています。各プロジェクトの進捗状況や結果報告などは、全スタッフが閲覧できるフォルダにまとめて共有されるようになりました。

また、雅世さんはそうした活動と並行して、身近なニーズをくんだ新たな取り組みにも挑戦しています。

コロナ禍により宿泊需要がほぼ失われた時期には、雅世さんが中心となって実施した「旅館で寺子屋」や「宿弁」が注目され、話題となりました。「旅館で寺子屋」は休校中の小中学生を預かるサービスで、「宿弁」は廉価に板前の料理が楽しめるサービスとして非常に喜ばれました。

「今も旅館業は危機的な状況にありますが、インバウンド需要や『Go To トラベル』に期待するだけでよいはずがありません。困っている人の声を聞き、自分たちの持つ資源でできることを考えれば、まだ伸びしろはおおいにあると思っています」

2021年にスタートした「おやどす京都プロジェクト」も、そうしたアイデアの一つです。綿善をはじめとする5軒の旅館が協力し、地域の活性化に向けたイベントなどを実施してきました。現時点では収益面で課題が残るものの、行政や地元企業との協力体制は着実に整いつつあります。

一方、旅館業の将来にとって深刻な課題となっているのが、人材不足です。人口が減少していくなかで、その担い手をいかに確保するか、雅世さんは危機感を募らせています。

「旅館業も含めて、観光業界はどうしても週末や祝祭日が忙しくなります。そのため、職場としては敬遠されてしまいがちです。日本では学校休日の自由化など、子育て世代の方々がご家族と休日を一緒に過ごせるような救済策が必要ではないでしょうか。次の世代が働きたいと思ってくれる環境を整えることが、私の使命だと思っています」

お話を聞いた方

小野 雅世 氏

株式会社綿善 代表取締役

立命館大学卒業。メガバンクに入行し、法人営業部で勤務。2011年、家業の綿善旅館に入社。2015年には若おかみに、2021年におかみと代表取締役に就任。2019年より京都府就職特命大使も務める。綿善は1830年創業。従業員20名。年商3億円(コロナ前)。2015年、観光庁の「生産性向上モデル事業」に選出。世界最大の旅行サイト「トリップアドバイザー」によるCertificate of Excellenceを4年連続受賞。京都府商工会議所「老舗賞」受賞。
▶綿善旅館のウェブサイトはこちら  https://www.watazen.com/

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
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