ポートフォリオ基礎/不動産投資
3-1. ポートフォリオ

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ポートフォリオは直訳すると「紙ばさみ」「書類入れ」ですが、投資の世界では「組み合わせ」「分散」という意味で使われます。投資は伝統的に、株・債券・不動産の3つを対象とした「三分法」といわれる分散投資がセオリーとなってきました。現在でも、資産を預かって運用する人は必ず、株・債券・不動産に分散投資しています。

なぜ、分散しなければいけないのか。分散すると、どんなメリットがあるのか。ポートフォリオの基礎について解説します。

投資とは「のちの利得を得るために現時点で行う資源の契約」と定義されます。今、手元にある資金を使わない契約をして、のちの利得を得るために運用することです。そこには投資期間という「時間」の要素が入り、その期間に支払うお金、受け取るお金の流れを「キャッシュフロー流列」といいます。それを望ましい形で作り上げていくのが「投資の科学」なのです。

「投資の科学」では、科学的な道具として「科学の文法」と言われる統計学が使われます。しかし、何を分析して、問題をどう取り扱うのかは、科学だけでは分かりません。その時に必要になるのが、私が「アート」と呼んでいる専門知識です。

リスク管理とポートフォリオ

投資では、必ずリスクを取らなければなりません。ポートフォリオを考える時には、そのリスクが何であるかを理解する必要があります。リスク管理や危機管理の最たるものは国防でしょう。米国の元国防長官のドナルド・ラムズフェルドが、次のように語っています。

There are known knowns. These are things we know that we know. There are known unknowns. That is to say, there are things that we know we don't know. But there are also unknown unknowns. There are things we don't know we don't know.
(既知の既知があります。私たちが知っていることを知っていることです。既知の未知があります。 私たちが知らないことと知っていることです。 しかし、未知の未知もあります。 私たちが知らないということも知っていないことです)

ここで出てくるキーワードは、「Known Knowns(既知の既知)」「Known Unknowns(未知の既知)」「Unknown Unknowns(未知の未知)」の3つです。

私たちは知らないモノや遭遇したことがないモノをリスクと感じますが、私たち自身の経験不足や知識不足からリスクと認知してしまうことも多くあります。その経験不足や知識不足を補うのが「専門家」ですが、専門家ですら認知できない「Unknown Unknowns」があります。

投資の科学では、統計学を使うことで「リスク」と「リターン」を計測します。ここでいう「リターン」は過去のリターンではなく、将来得ることが期待できる「エクスペクテッド・リターン」を指します。リスクも、過去のリスクに加えて、将来どのようなリスクに直面するかが重要になります。

未来は誰にも分かりませんが、過去の投資の成績記録(トラックレコード)は分かっていて、この成績がこれからも続くだろうと考えたなら「エクスペクテッド・リターン」を計算できます。同様に、リスクも、過去と同じようなリスクに直面するだろうと考えて、過去のトラックレコードから計算した「ヒストリカル・ボラティリティ」を将来のリスク(揺らぎ)と考えます。

これを、ラムズフェルドが言った「Known Knowns」「Known Unknowns」「Unknown Unknowns」に当てはめて考えてみましょう。

「Known Knowns」は、足元で何が起きているのかを知ることです。投資商品の性質などの基本的な知識を自ら学習したり、専門家に頼ったりすることで、リスクを無くすことができます。

「Known Unknowns」は、未知の世界である未来を予測することです。近年では、ビックデータや機械学習などのテクノロジーを使って、より精度の高い予測が可能になっています。リスクも、専門知識(アート)や統計の技術などを使うことで、その量を削減できるようになってきました。

それでも残る未知の世界が「Unknown Unknowns」です。2008年のリーマンショックを、誰が予想できたか、新型コロナウイルス感染症の発生を誰が予測できたか、ロシアの侵攻による戦争がこれほど長引くと誰が予測できたか。さまざまなリスクが「ショック」として出現したときに、どれほどの耐性を保持できるか。このようなリスクをコントロールする方法の1つが「ポートフォリオ」なのです。

KnownからUnknownを計算する

不動産の価格が、どのように予測されているのかを考えてみましょう。

まず、投資したい評価対象の不動産と比較可能な、物件3つの過去の情報を取得します。例えば、1番目の物件の取引価格は35万5,000ドルで、1年間の収入は5万8,000ドルでした。不動産には運営費用が掛かるので、収入がすべて手元に残るわけではありません。運営費用は48%だったので、投資家の手元に残るNOI(ネット・オペレーティング・インカム)は3万160ドルとなり、投資利回り(CAPレート)は8.4%と計算できます。2番目・3番目の物件でもNOIからCAPレートを計算します。

では、評価対象である物件をいくらで買ったらよいのでしょうか?過去のトラックレコードから、1年間の収入は6万ドルで、運営経費は39%であると分かれば、手元に残るNOI(純収益)は3万6,600ドルと計算できます。

ここでのUnknownは、評価対象物件の価格です。比較対象物件1・2・3のCAPレートから割引率が予想できます。割引率はNOIを価格で割った値なので、割引率が分かればNOIから投資対象の鑑定価格が出ます。このようにKnownからUnknownを作り出すことができます。

さらにNOIの伸び率が分かれば、それから未来のUnknownであるNOIを計算して、現在価値に転換することも可能です。大切なのは、投資において何がKnownで、何がUnknownであるかを、正しく理解することです。

内部収益率(IRR)とは何か

次に紹介する内部収益率(IRR)は、投資期間を通じて実際に手元にどれくらいのリターンがあったのかを示す指標です。例えば、2万円で買った物件を3年間運用し、1年ごとに1万円の収益があったとすると、内部収益率は0.24。つまり24%のリターン(利回り)があったと計算できます。

最初に100万円で購入した不動産が、10年後に80万円に下がったとしても、その期中には入ってくるリターンがあり、内部収益率で見れば10%や15%プラスになったりします。こうした知識がないと、価格が下がっただけで「マイナスになった」と考えて投資を止めてしまえば、得られたはずの利益を失うことになります。

5年間あるオフィスビルを運用するケースを考えてみましょう。毎年入ってくるキャッシュフローと、それを現在価値に換算する係数が分かれば、税引き前と税引き後のリターンを試算することができます。こうした計算は投資家自ら行わなくてもよいですが、必ず専門家に依頼して計算してもらう必要はあるでしょう。

IRRの活用法

IRRは便利なツールで、いろいろな使い方ができます。例えば1年目に10万ドルを投資して物件を買った場合、最初の年はキャッシュフローが入ってこないのでマイナスになります。しかし、翌年は9,000ドルの収益が入り、2年目は8,730ドル、3年目8,468ドル、4年目8,214ドル、5年目7,986ドルと下がって、6年目に売却。経年変化によって売却価格は7万7,286ドルでしか売れなかったケースを考えてみましょう。

物件の価格では約2万2,000ドルのマイナスになりましたが、期中にキャッシュフローが入ってきたので、5年を通じた内部収益率は4.3%になります。物件の価格は下がっても、投資としてはプラスという結果になります。このような投資判断を「IRR法」といいます。

よく不動産価格の下降局面で「投資すべきかどうか」を聞かれることがあります。6年後の価格を予測することは難しいですが、キャッシュフローは契約にもとづいて入ってくるのでかなりの確度で予測できます。上記のケースでは、1年ごとに収益が下落すると予想していますが、この下落率が小さければ、期中の収益は多くなって、リターンが増えることは容易に理解できるでしょう。不動産価格が下落しても長く投資することで、リスクを回避することは可能なのです。

投資家の中には、必ず5%以上のリターンを達成しなければならないプロの投資家もいます。将来の価格は、神の見えざる手によって導かれて決定されるので誰にも分かりません。では、どうすれば5%のリターンを達成できるのか。上記のケースでは、最初に10万ドルで物件を買ってしまったので、リターンは4.3%にしかなりませんでした。しかし、最初の価格は投資家自身が買う・買わないの意思で決まるわけですから、10万ドルではなく、9万7,350ドル以下で購入を決めれば、IRRは5%になります。

期待収益率を計算する

私は、悲観的に物事を見るタイプなので、上記のようにIRRが4.3%となるシナリオを予測しました。しかし、契約は毎年見直されるわけではないので、キャッシュフローが2年目以降も変わらないとして計算する方が一般的です。この現実的なシナリオで、IRRは7.3%になります。

楽観的なシナリオは、「これからますます家賃が上がっていく」という見方で投資する場合です。NOIが毎年3%ぐらいで上がっていくとすると、IRRは10.2%と計算できます。しかし、これらの3つのシナリオのどれが正しいかは分かりません。

あるオフィスのケースで、投資判定してみましょう。悲観的なシナリオでIRRが6.2%、現実的で19.6%、楽観的で28.6%と計算できた場合に、どれくらいの「エクスペクテッド・リターン」が予想できるでしょうか。

ここでは「期待値」の考え方にもとづいて、この3つのシナリオが起こる確率を予想します。悲観的が起こる確率は25%、現実的は50%と予測すると、楽観的は25%になります。これにIRRを掛け合わせると、シナリオごとのリターンが計算でき、全部足せば「エクスペディッド・リターン(期待収益率)」になります。上記のケースで、期待収益率は18.5%と予想できます。

この期待収益率の予想が、実際にはどれぐらい上振れしたり下振れしたりして乖離するのかは「分散」または「標準偏差」という統計量で計算できます。この標準偏差は8.0%と計算され、これが一般的なリスクとなります。

オフィス以外にも、アパート・ホテルについても、同じように期待収益率とリスクを計算してみます。これをグラフに示すと、ホテルはリターンも高いが、リスクも高くなります。オフィスはその中間で、アパートはリスクも低いがリターンも低いことが分かります。

リスクとリターンの最適な組み合わせ

物件の種類ごとにリスクとリターンが計算できると、これらの物件を組み合わせることができます。では、どのように資産をミックスすればよいのでしょうか。常識的に考えると、危険な資産と危険な資産を組み合わせると、ものすごく危険な資産になると思うかもしれませんが、実はリスクを軽減できる場合も多くあります。これが「リスク分散」という考え方です。

リスクとリターンの最適な組み合わせを表すことを「有効フロンティア」といいます。これによって最大の期待収益率と、その時のリスクを計算できます。2つの資産の相関係数の元となる「共分散」を計算できれば、ポートフォリオを作成できます。

不動産投資の目的は、将来のキャッシュフローを得ることです。不動産のリスクは不動産の生み出す将来のキャッシュフローのブレをどれだけ抑えられるかにかかっています。そのためには、不動産市場に精通した専門知識が必要になります。

不動産投資とは、リスク量に見合ったリターンを追求し、不動産リスクを保有することです。負担すべきリスクは、不動産投資の理念や社会的介在価値も含まれます。例えば、環境に配慮しているか。社会的通念として認められるかなどがあるでしょう。それらを含めて投資の意思決定を行うには、科学だけでなく、アートが必要になります。

不動産投資の3つのクエスチョン

不動産投資を考える場合、3つのクエスチョンに答えなければなりません。

最初のクエスチョンは、“What to buy and hold?”
株や債券、不動産を比較する中で、不動産を選ぶ根拠は何か。オフィス・住宅・商業施設・ホテル・倉庫などの中で、何に投資するのか。

2番目は、“Where to buy and hold?”
国内の都心に投資するのか、郊外か地方都市か、さらには海外に投資するのか。

3番目は、“How to buy and hold?”
不動産そのものを買うのか。REITのように株式市場で売買されているものを買うのか。Fund of Fundsというものを買うのか。

不動産投資は、リスクとリターンのバランスの中で決定していくことになります。

保有資産として、株式・債券・不動産・現金のどれを選ぶのか。これらの資産にはLiquidity(流動性)に大きな違いがあります。株式は、毎日毎日大きく変動しますが、債券のリターンは満期まで固定化されます。不動産は長期的なリターンが期待でき、短期的な投資には不向きです。今買って、すぐ売るには手数料も掛かりますし、すぐに売れるものでもありません。

有効フロンティアとは何か

ポートフォリオの決め方を考えてみましょう。手元に100万円の資金があって、AとBとの2つの資産に投資する場合、どちらにいくら投資するのがよいのでしょうか。

AとBを組み合わせた場合の収益率と期待値は、計算式を使って出すことが可能です。さらに2つの収益率の分散、共分散も計算できます。資産AとBの投資比率を0%から100%の間で変化させた場合のリスクとリターンの合計を計算してグラフで表すと、合計値がどのように変化するのかが分かります。

高いリターンを得ようとすれば、必ずリスクは高くなります。低いリスクに抑えたい場合は低いリターンで我慢しなければなりません。その時に自分自身が取ることができるリスクのもとで最大のリターンを得られるのは「有効フロンティア」の組み合わせのグラフであり、この組み合わせの中で投資するのがポートフォリオになります。

有効フロンティアは、2つの不動産だけでなく、株・債券・REITなど、さまざまな資産を組み合わせても計算できます。ですが、不動産に投資する場合としない場合で、有効フロンティアはどう変わるのでしょうか。不動産を加えることで、有効フロンティアのグラフは外側に広がっていくことが分かります。同じリスクの元でも、より高い期待収益率を得られることを示しています。

これが分散効果です。不動産に投資することで、同じリスクの元でも、より高いリターンを得られることが多角的な分析で分かります。不動産は、株や債券とは違ったリスク構造を持っているため相関が低く、共分散が小さいことが知られています。これがリスク分散(ポートフォリオ)なのです。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

経営戦略から不動産マーケット展望まで 各分野の第一人者を招いたセミナーを開催中!

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