中小企業のベストな着地点を見極めよ
~本当に望ましい企業の将来を描く、シン・事業承継論~

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今後、日本の企業の3分の1が後継者難によって廃業すると予想されています。この「大廃業時代」に事業承継はどうあるべきなのか、コンサルタントとして900社を超える事業承継を支援し、自身も事業譲渡の経験をもつ奥村聡氏に伺いました。

「なりゆき任せ」の経営者が少なくない

さまざまな形でお手伝いしている私の実感では、今や事業承継に悩む経営者の8割程度がM&Aや廃業を視野に入れているように思えます。

特に、コロナ禍以降、息子や娘、娘婿といった親族や従業員も含めた社内での承継を希望する経営者は激減しました。かつては親世代が承継を熱望したものですが、昨今では若い世代に重荷を背負わせたくないという思いが強いのか、逆に親世代が承継をためらう傾向があります。

とはいえ、後継者難を認識していながら、M&Aや廃業をすんなりと受け入れる経営者ばかりとはいえません。父や祖父から受け継いだ家業に対する愛着と、従業員を見捨てるような後ろめたさもあって、多くの場合、心情として割り切ることができないのです。

私としては、経営者としてではなく、社長個人の人生にとって望ましい「着地点」を見つけてほしいと願っています。ところが、ほとんどなりゆき任せとしか思えないような経営者が少なくないのです。そのうち進退極まって、倒産を回避できるかどうかという瀬戸際に追い込まれた経営者を私は何人も見てきました。

倒産が最悪の着地点であることに異論の余地はないと思いますが、一方で、望ましい着地点はそれぞれに異なります。一例として、A社長のケースを紹介しましょう。

価値観や人生観をはっきりと自覚して決断する

会社は創業120年ほどの紙器メーカーで、私が相談を受けたとき、その6代目に当たるA社長はまだ還暦目前の若さでした。業界ではよく知られた老舗で、筋のよい顧客が多かったものの、業種柄、利益幅が薄く、売上も減少するばかりでした。好立地に所有していた不動産のおかげで安定した家賃収入がありましたが、昨今は本業の赤字を家賃収入で補填するという厳しい状況に追い込まれていました。

A社長には他社に勤務するご子息がいましたが、本人に事業を継ぐ意思はなく、A社長も承継を強要することは避けたいと考えていました。従業員の中にも目ぼしい候補はおらず、やがて経営不振と事業承継を思い悩んだせいか、A社長は精神的な不調を訴えるようになりました。相談を受けた私の最初の役割は、面談を重ねる中で、A社長が自身の価値観や人生観をはっきりと自覚するための補助線を引くことでした。

結果として、A社長が決断したのは事業の継続を断念する道でした。それが最も合理的な選択であることはA社長も理解していたのですが、自分の代で撤退することに強い抵抗を感じて、足を踏み出せずにいたのです。しかし、その感情を突き詰めて考えるうち、A社長が感じていた先人に対する負い目とは、顧客に対する申し訳なさとほぼ同義であることに気づきました。つまり、事業の継続を断念しても、顧客に迷惑さえかけなければ、A社長は父や祖父に対する自責の気持ちから解放されるわけです。

こうして心の底に隠れていた本音が明らかになったことで、A社長は前向きな気持ちで本業をM&A(事業譲渡)によって同業の会社へ譲渡しました。優良顧客と勤勉な従業員を高く評価する会社が見つかったのです。そして、譲渡にかかわる税金などを考慮して、不動産は売却せず、家業を不動産管理会社として再出発させることにしました。事業を分割して一部を譲渡することで、顧客や従業員に対する影響を最小限にとどめたうえ、自身も生活の基盤を失わずに済んだというわけです。

会社に予想以上の高値がついて、驚くような額の売却益を手にして経営者が引退するような派手な成功例もあります。しかし、A社長のように自身の価値観を軸として、現実的な解決策を選択することにより、廃業や倒産を回避したケースも、望ましい着地点といえるのではないでしょうか。

取引先から損害賠償を求められることも……

経営者が着地点を考えるとき、最も大切なことは価値観や人生観をはっきりと自覚することです。人生において、譲れないことは何なのか。何を守れば、後悔せずに済むのか。そう自分に問いかけることで、自身の判断基準となる軸が明らかになります。すると、決断をさまたげてきた不純物が取り除かれて、視界が晴れ、自身にとって望ましい着地点が見えてきます。

また、自身が寄って立つ軸がしっかりしていれば、具体的な将来像を思い描くこともできます。何歳まで社長として働き、そのときがくるまでに何を準備すべきなのかが明確になるのです。期限を定めない予定が実現しにくいことは、経営者の多くが実感しているでしょう。

しかしながら、現実には、基本姿勢をはっきりと自覚しないまま事業承継の時期に差しかかって、着地に失敗してしまうケースも見られます。

ある経営者は、廃業しか選択肢が残されていないと思い込み、突然、1カ月後の廃業を公言して、周囲を混乱させてしまいました。反発した従業員の大半は、翌日から出社を拒否しました。取引先からは、新たな仕入先が見つかるまで必要だからと、半年分に相当する大量の受注が舞い込みましたが、従業員が職場に戻ることはなく、結局、取引先から損害賠償を求められてしまいました。

具体的な着地点を思い描くことができなかったために、大切な資産を失ってしまう経営者も少なくありません。ある経営者は、会社が大幅な債務超過、かつ、毎年赤字を垂れ流していたのに、事業継続にしがみ付いてしまいました。社長はあるとき、奥さんが「何かあったときのために」とひそかに貯えていた4,000万円まで会社に投入し、銀行への借金返済に充ててしまいました。そもそも焼け石に水だったので、多少の延命になっただけです。同時に、貴重な現金を手放してしまったことになります。

もちろん、返済を否定はしませんが、資金の使い道は状況に応じて優先順位が変わります。私としてはこのお金を、会社に終止符を打った後の夫婦の生活再建のための軍資金としてほしかったところです。自宅を残すことだってできたでしょう。着地点を明確にできていたら、より効果的な使い道ができたはずです。

どのような着地点を目指すにせよ、選択肢は多いほうがよく、その意味で廃業という道を排除することは得策とはいえません。回避すべきは、倒産です。その最悪の事態をまぬかれることができるのであれば、廃業も事業承継における積極的な解決策の一つと考えるべきではないでしょうか。

「大廃業時代」ともいわれる時代を迎えて、今後はますます100年企業への道のりが険しくなるかもしれません。しかしながら、倒産や廃業の危機を乗り越えなかった100年企業はないはずです。事業承継に当たっては、固定観念にとらわれず、さまざまな可能性を検討してください。

お話を聞いた方

奥村 聡 氏(おくむら さとし)

事業承継デザイナー

1999年関西学院大学社会学部卒業。大手百貨店勤務を経て、2003年司法書士事務所を開設。09年同事務所を譲渡し、コンサルタントに転身。900社以上の事業承継を支援したことから「社長のおくりびと」といわれる。著書に『社長、会社を継がせますか? 廃業しますか?』(翔泳社)『0円で会社を買って、死ぬまで年収1000万円』(光文社新書)などがある。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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