不動産市場のマクロ分析
6-2.ファンダメンタル・モデル
目次
1980年代半ば以降の日本、2000年代後半のリーマンショック以降のアメリカは、不動産バブルの生成と崩壊によって、長期的な経済停滞に直面しました。
不動産バブル崩壊による不況は、一般的な不況と比べて期間が長く、落ち込み幅も非常に大きいことが、さまざまな研究で明らかになっています。そのメカニズムはまだ十分に解明されていませんが、不動産市場においてバブルが発生し、期待が非常に大きくなり、過剰な資本が生成されます。それが余剰資本となって、生産水準や成長率が長期に渡って、トレンドから下方に乖離すると考えられます。
日本の場合、世界で最も早く、高齢化が進むとともに人口が減少します。経済全体が縮小する中で、経済の長期停滞と不動産価格の大幅な変動が同時に発生する連関を経験してきました。これがどのようなストーリーによってもたらされているのかについて、さまざまな研究が行われています。
最も基本的な研究に、ファンダメンタルズ(基礎的要件)である割引現在価値モデルがあります。
割引現在価値は、不動産の価格が、その土地が生み出す将来にわたる収益の割引現在価値に等しいと考えます。現在の地価水準は、地価が生み出す収益、広い意味でのレント(家賃)に、将来の期待とその次の期にもたらされる地価の水準を加えて割り戻した値になります。
割引現在価値モデルによる理論地価の算出
名目GDPの推移と、住宅地価(名目)の推移を重ね合わせてみると、1960年代の高度成長から列島改造ブームの頃は、GDPの成長以上に地価が上昇したことが確認できます。さらに1985年~91年のバブル期も、経済成長の伸び以上に、地価だけが大きく上昇していたことが分かります。
1991年に地価が暴落し始めると、GDPそのものは横ばい、一時はマイナス成長も見られました。このようなGDPと地価の関係をファンダメンタルズで説明するのに、割引現在価値モデルが用いられます。
現在価値に割り戻すには、金利を設定する必要があります。1950、60、70年代の金利は、政策的に誘導された規制金利(法律に基づいて規制している金利)であり、市場の需給や経済の動向が金利に反映されていないと考えられます。実効金利(借り手が実際に負担する金利)は期待成長率(予想実質経済成長率)から推計できますが、規制金利よりも高かったと思われます。
割引現在価値の構成要素である金利ギャップは、金利から期待成長率を引いた値です。金利自由化後の名目長期金利ギャップとGDPギャップ(一国全体における供給と需要の差)の相関関係は、1次の線形近似式で表すことができます。
金利ギャップは循環的に変動し、これを基にした割引現在価値も大きく変動します。近視眼的な成長期待に基づく金利ギャップの変動が、実は地価の変動の源泉になっており、より長期的には金利ギャップは一定になると考えられます。
レントと金利に基づく割引率で説明される地価に、人口のようなファンダメンタルズの要素を加えると、地価の変化は生産年齢人口に対して正の相関にあることが分かります。生産年齢人口の比率が高いところでは、地価が大きく上昇します。一方で、従属人口(生産年齢人口にぶら下がる子供の数、または高齢者の数)の比率の高いところでは、地価が下がっていく傾向があります。
割引現在価値と地価との関係を、住宅地・商業地・工業地に分け、六大都市(東京、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸)といわれる大都市部と地方圏でグラフに表すと、実際の地価と割引現在価値には一定の関係があります。生産年齢人口の比率や高齢者の比率など、いわゆる人口要因が、地価の変動に影響を与えている可能性が容易に予想されます。
割引現在価値と生産年齢人口の関係
割引現在価値で算定された理論値と地価に、どのような関係があるのか。それについて、計量経済学的なアプローチで「共和分検定」という方法によって計算できます。「長期的に地価は、大きなトレンドと割引現在価値と人口(とりわけ生産年齢人口)で説明できる」という仮説を検定します。
その推計結果を見ると、大都市部でも地方部でも、この割引現在価値と生産年齢人口の比率が長期的に説明できます。一時的に乖離しても、長期的には住宅地・商業地・工業地でも関係式に戻ってくる傾向がありました。
割引現在価値と実質地価との間には、共和分(時系列変数の集まりが持つ統計学的性質)の関係があります。これは、過去にわたって地価は理論値から大きく乖離せずに推移してきたことを示しており、たとえ乖離したとしても理論値に戻るように動いてきました。
この関係に生産年齢人口比率を加えた場合でも、共和分関係がありました。つまり、ファンダメンタルズ以外に、人口動態も地価に影響を与えていた可能性が、こうした分析から分ったのです。
金利ギャップの変動によって、割引現在価値が大きく変動していることも分かってきました。近視眼的な成長期待と長期金利のズレが、地価変動の源泉になっており、人口変動も長い期間に地価変動に影響を与えていたのです。これが長期の不動産市場のダイナミクスとなります。
地価の短期変動の要因分析
次に、地価の短期変動を、要因分解して見てみましょう。短期の実質地価変動、つまり実質地価の前年比に対する誤差修正モデルを推計します。1期前の価格の変化をエラーコレクション項(誤差修正項)といいますが、その乖離によって今期の地価を推計できます。共和分関係から得られた均衡関係と、実際の地価の間に生じるギャップを埋めていく、つまり誤差を修正するプロセスを織り込んでいくのです。
大都市圏における誤差修正モデルの推計結果を見ると、エラーコレクション項が計算され、割引現在価値はほぼ1に近くなります。つまり、生産年齢人口が高くなると地価も高くなることが分かります。さらに、貸出残高も地価の変動に大きな影響を与えています。
地方圏の推計結果では、大都市圏の地価の変動が、地方圏に影響を与えていました。大都市の地価が大きく上がった後に、それに引きずられるように時間差で地方の地価が上がるという波及要素があったのです。
実際の短期変動の要因を分解すると、1970~80年代は貸出要因が大きく寄与して地価を上昇させていたことが分かります。つまり、1980年代のバブル期は、貸出要因が牽引した金融の緩和が影響して、地価を大きく押し上げたのです。
しかし、1991年以降は、貸出要因によって地価がマイナス方向に引き下げられます。加えて、1995年以降になると人口要因が入ってきて、地価下落に影響するようになりました。
アベノミクス以降の住宅価格を見ると、ファンダルメンタル要因は十分に改善されていましたが、地方圏の地価が下がったのは人口要因が影響していたのです。
地方圏における大都市圏の地価波及要因を見ると、1970~80年代は、大都市圏の地価が大きく上昇すると、その恩恵を受けるように地価が上昇しました。地価が下落し始めると、波及要因もマイナスに効いて、ファンダメンタルズの動き以上に地価が崩れていた可能性があります。しかし、2000代後半になると、大都市圏からの地価波及要因は薄れ、2013年以降、東京の地価が上昇しても周辺部に波及していかなくなっています。
こうした傾向は、商業地でも同様で人口要因は大きく影響し、工業地でも人口要因が都市部で大きく地価を押し下げるように効いています。バブル期までは、日本は非常にビジネスがやりやすい環境にあり、ファンダメンタルズも良好で、人口要因も、貸出要因もプラスで働いていた時代だったのです。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏