不動産市場のマクロ分析
6-3.人口動態の変化と不動産価格に関する実証分析

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目次

「人口減少と高齢化が進むと、不動産市場がどうなるのか」について最初にマクロの視点で分析したのは、米国ハーバード大学のグレゴリー・マンキュー教授らが1980年代に発表した論文『Baby Boom, Baby Burst and Housing Market』でした。

米国では1980年代に戦後のベビーブーム・ベビーバースト(爆発)が終わり、出生率が大きく低下した時期に、彼らは住宅市場への影響を検証しました。同じような研究は大阪大学の大竹文雄教授らも行い、最近では私と東京大学の渡辺努教授で論文を発表しています。

彼らは、1歳刻みで年齢ごとの住宅需要を計算することを試みました。「1歳児」「10歳の子供」「20歳の若者」「40歳の子育て世代」では、それぞれ住宅需要の大きさが異なります。年齢ごとの需要を集計して国全体の住宅需要を推計し、それが住宅価格とどのような関係にあるかを実証的に明らかにしたのです。

彼らは研究において、住宅需要は50歳ぐらいがピークで、下がり始めることを発見しました。少子化が進み、生産年齢人口が減って、高齢者が増えていく過程で、国全体の住宅需要が減って「アセットメルトダウン(資産崩壊)」が起こり、住宅価格が半分ほどに暴落すると予測したのです。

しかし、実際にはそのようなことは起こりませんでした。その後、米国では移民政策などを強化し、信用力の低い移民でも住宅が買えるように「サブプライム住宅ローン」を商品化し、住宅需要を支えました。それは、2008年のリーマンショックのような金融危機に繋がっていく「引き金」となりました。

老齢人口依存比率が住宅価格に与える影響

「住宅価格の暴落が起こる」というマンキュー教授らの予測に対する反論も出てきています。1991年にカナダをケースとして行われた同様の検証では、同じ結果が得られませんでした。大阪大学の大竹教授や私たちも日本のデータを使い、マンキュー教授らの論文の検証を行いましたが、同じ結果が得られなかったと報告しています。2005年にも、一般均衡モデル(General Equilibrium Model)の研究で「マンキュー教授らが予測したことは起こらない」と報告されています。

なぜ、同じ結果が得られなかったのでしょうか。この背景には、将来に対する期待が「完全予見」に基づく合理的な期待であるかどうかが影響していると考えられます。人口の予測は、経済変数または社会変数の中でも正確に行われているといわれます。その予測が正確であり、将来の住宅需要が減ってしまうと予測されれば、その国の市場では住宅供給がストップします。将来的な需要が見込めないのに住宅を作ると、リスクを抱えることになるからです。その結果、供給が調整されて住宅ストックも小さくなっていれば、将来の需要が減っても住宅価格の暴落は起こらないことになります。

その後、日本銀行副総裁(2008年3月~2013年3月)を務めた西村淸彦東京大学名誉教授らの研究が報告されました。ここでは生産年齢人口(20~64歳)に対して、若年者であるチャイルドエイジ(0~19歳と、高齢者であるオールドエイジ(65歳以上)を定義し、生産年齢人口に対する若年者と高齢者の比率を「ディペンデンシーレシオ(従属人口比率)」、高齢者だけの比率を「オールドエイジ・ディペンデンシーレシオ(老齢人口依存比率)」として算出されています。この研究は、老齢人口依存比率が住宅価格と明確な関係があることを明らかにしました。

人口動態の変化から地価を予測

東京・大阪の地価の変動を見ると、東京の地価が大きく上昇していたときには、老齢人口依存比率がとても低い状態になります。大阪も同様です。アメリカでも、カリフォルニア州の老齢人口依存比率が低いときには地価が高くなり、この比率が上昇すると地価が下落します。この関係はニューヨークでも見ることができます。

なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。住宅価格の変動を「経済要因」「老齢人口依存比率」「総人口」の3つの要素で説明する取り組みが行われました。

統計手法を使って計算すると、日米双方で「1人当たりのGDP(国内総生産)が大きくなると、住宅価格は高くなる。しかし、老齢人口依存比率が大きくなると、住宅価格は下落する。総人口が増えると、地価が上昇する」という結果が得られました。これは別の研究とも整合的な結果でした。

日本国内で、デモグラフィック(人口動態変数)の影響を1976~2010年の期間で見ると、地価が上昇している東京は人口がとても若く、秋田・福島・茨城などは経済要因と人口要因の影響で地価が大きく押し下げられています。日本全体では0.8%ぐらいの地価上昇ですが、経済要因による影響はプラス0.2%程度で、日本では人口要因によって地価が大きく変動してきたことが分かります。

この変化を1976年からバブルが崩壊した1990年の間で見ると、経済要因よりも人口要因の影響が強く働いて地価を大きく動かしていたことが分かりました。ただ、東京の場合は、地価が高くなりすぎると人が離れるように動いたため、人口要因の影響はマイナスで効いています。しかし、1991~2010年に地価が上昇したのは、人口要因の影響が強いという結果になりました。

こうした研究結果に基づいて、将来を予測するとどうなるでしょうか。日本の総人口は1億2,400万人ですが、2040年には1億600万~700万人と予測されています。老齢人口依存比率は2030年を過ぎると、日本全体で大きく上昇していきます。総人口が減り、老齢人口依存比率が上昇することで、日本の地価は大きく押し下げられる可能性があります。

将来の人口予測も、低位推計・中位推計など幅があるので、それぞれで影響度合いを計算することができます。さらに、日本以上に急速な人口減少が予測されている中国や韓国では、日本以上に強い影響で地価が押し下げられていく可能性があります。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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