企業文化とは?醸成と変革の方法や成功した企業の事例を紹介
目次
経営学者ピーター・ドラッカー氏は「文化は戦略に勝る」と、企業文化の重要性に言及しました。企業文化の意味と必要性、企業風土や社風との違い、メリット・デメリット、醸成と変革の方法、企業文化により業績向上やブランディングに成功した企業の事例を紹介します。
企業文化とはなにか、企業風土や社風との違いとは?
はじめに、企業文化とはなにか、似た概念である企業風土や社風とどのような違いがあるのかをみていきましょう。
企業文化とは?
企業文化とは、その企業に固有の価値観や行動規範などの総称です。核となるのは、経営者のビジョンや理念、企業活動の目的、方針、価値観、信念、行動原理などです。これらは、企業理念や行動指針として明文化され、教育・研修や社員同士のコミュニケーションを通して社員に共有されます。
企業風土とは?
企業風土は、企業の社員間に共通する考え方、風習、暗黙のルール、行動のあり方などを指します。企業内で長年にわたって培われた歴史、役職に基づく権威関係、業界特有の慣習などが企業風土を形成する要素です。たとえば、定時退社が当然である、ミーティングのアジェンダや資料は前日の午前までに共有する、などが企業風土に含まれます。
社風とは?
社風は、その企業が独自に持つ雰囲気のことです。「のびのびとした」、「温かな」など、形容詞で表現できるのが特徴です。
企業文化、企業風土、社風の違い
企業文化は、企業全体の価値観や行動規範を表すものとして意識的に作り出される表現・行動です。それに対して、企業風土は組織の伝統や人間関係などから時間をかけて形成される習慣、社風は社員に共通の性格や価値観から自然に生まれる雰囲気だと捉えると分かりやすいでしょう。
企業文化のメリットとは? 必要性を解説
企業文化の必要性を表す格言に、経営学者ピーター・ドラッカー氏が提唱した「Culture eats strategy for breakfast(文化は戦略に勝る)」があります。これは、優れた戦略を立てたとしても、それを実行する文化、つまり人の行動がともなわなければ目標達成に至らないこと示しています。
ここから企業文化の必要性とメリットをみていきましょう。
意思決定の指針になる
企業文化は、全社に共通の価値観や行動規範です。課題に対する判断に迷う場合にも、企業文化に立ち返れば、どのように考え行動するかの解が導かれ、判断ミスを防ぐことができます。企業文化は意思決定の基準を明確にする指針となるのです。
社員のモチベーションと定着率の向上
企業文化には経営ビジョンや理念が含まれ、社員は企業の活動の目的や方向性に共感することにより、自らのモチベーションを高めることができます。また、自分自身と企業の目標が一致していると、社員は長期的に企業活動に関ろうとして定着し、離職率が低くなる傾向にあります。
自分が企業の一員であることに誇りを持ち、自社に所属することで自己実現や自己表現が可能になるため、企業への忠誠心が向上します。また、企業文化が社員の働き方に影響を与え、ワークライフバランスの改善やストレス軽減にもつながります。
生産性の向上
企業文化は、全社員に共通する値観や行動規範であるため、企業内でのコミュニケーションや協調性が向上し、組織の統一感が強化されます。統一感が増すと部署間の対立や軋轢が減り、情報や人を共有して効率的な組織へと発展します。スムーズにプロジェクトの進行や課題解決ができ、生産性が向上して大きな成果へとつながります。
ブランド力の向上
企業文化が深く浸透した企業は、社会から信頼され、評価されます。企業文化が優れていると、社員が自発的に企業文化を守ろうとする効果もあり、地域社会と社員との結びつきも強くなります。企業が社会的責任を果たし、社員の幸福や地域社会の発展に寄与することで、企業の価値と競争優位を高め、ブランド力が向上します。
企業文化を醸成する方法とは
企業文化を醸成する方法は多岐にわたりますが、一般的には以下のようなものあります。
ビジョン・ミッション・バリューの明確化
企業文化の醸成には、ビジョン(企業の将来のあるべき姿)、ミッション(企業活動を通じて果たすべき使命)、バリュー(ビジョンとミッションを実現するための価値観)を明確にして共有することが重要です。社員全員にとって理解しやすい形、例えば明文化やイラスト化などを通して可視化することが、企業文化を明確にする第一歩です。ビジョン・ミッション・バリューの明確化により、社員は企業が何を目指しているのかを理解し、具体的に行動することができます。
社員の教育・トレーニング
企業文化は一度浸透したらそれで完成ではありません。採用や入社時だけでなく、継続的に社員にビジョン・ミッション・バリューを理解するための教育・トレーニングを行うことが、企業文化の醸成につながります。
また、エンゲージメント調査の実施も有効です。エンゲージメント調査を実施して、ビジョン・ミッション・バリューの理解度と浸透度を測り、状況に応じて再教育やトレーニングを企画したり、社員の意見や考え方を把握して企業文化の改善につなげたりすることが必要です。
コミュニケーションにより社員の関与を高める
社員が関心を持ち、自ら共有に参加することが、企業文化の醸成に欠かせません。企業文化に対してどうように貢献するのか、社員自信が考え意識する機会を設けることが重要です。例えば、ビジョン・ミッション・バリューをテーマにしたワークショップの開催があげられます。こうした機会設け、社員同士の定期的なコミュニケーションを通じて理解を深めると、企業文化の醸成につながります。
企業文化が醸成しない理由と対処法
企業文化のメリットや必要性を鑑みて醸成させようとしても、うまくいかないことがあります。企業文化が醸成しない理由とその対処法をみていきましょう。
組織構造や制度との不一致を解消する
企業文化が根付かない理由の1つに、企業文化と組織構造の不一致があります。例えば、ビジョン・ミッション・バリューを実現するための行動指針として「最速で対応する」と掲げ、企業文化として醸成させようとしようとしても、組織の構造や業務プロセスがともなっていなければ実現することができません。また行動した社員を評価する制度がなければ、この行動を継続させることはできません。組織構造や業務プロセス、制度を先に改革する必要があります。
押し付けられ感をなくし、社員の関与を促す
企業文化は、経営者のビジョンや理念を共有するものであり、トップダウンで形成する必要があります。したがって、言い出したリーダーが企業理念や行動規範を体現していなければ、社員に企業文化を醸成させることは不可能です。経営者は行動を通じて社員に示さねばなりません。
また、社員にとっては、自分が関知していないところで形成されたビジョン・ミッション・バリューを自分事として捉えるのは難しいものです。企業文化に共感している社員だけでなく、否定的な社員をあえて企業文化醸成の実行担当者に任命するなどして、多様な社員の関与を高め、共通認識を広く醸成させる方法を探ると効果的です。
コミュニケーション不足を解消し、抵抗感を緩和する
ある日突然に企業文化を変えるから行動も変えろと言われても、多くの社員は受け入れることができません。変化に対する不安やこれまでの考え方や行動との不整合に、抵抗を感じるからです。社員がビジョンや行動指針に適応するには、時間と労力が必要です。企業文化を醸成するには、コミュニケーションを活発にし、必要性を説いて抵抗感を薄めていく必要があります。
企業文化のデメリットとは? 注意点を解説
企業文化には多くのメリットがある反面、デメリットも存在します。企業文化がデメリットになりえるのはどのような場合かをみていきましょう。
多様性や柔軟性の喪失
企業文化が深く浸透している企業では、企業文化が社員の考え方を規定し、意見や発想が限定されて、柔軟性が失われる可能性があります。また、企業文化が過剰に強調されると、社員はそれに反するアイデアを言い出しにくくなり、多様な意見や考え方が排除されて偏りが生じ、閉鎖的な企業体質になることがあります。
外部環境との乖離
企業文化が強い場合、ビジョン・ミッション・バリューや組織構造の変更に社員が抵抗し、改革に時間を要することがあります。社会の価値観の変化に対して企業文化の改革が遅れると、外部環境と企業内部との間に乖離が生じて社会から受け入れられなくなり、企業のブランド力や競争優位が失われる恐れがあります。
不健全な企業文化
不健全な企業文化が根付いてしまった場合は、社員のモチベーションやコミュニケーションの質、協調性を低下させ、社会からの信用を失うリスクがあります。
組織開発のコンサルティングを手がけるピープルフォーカス・コンサルティングの創業者 黒田由貴子氏は、凝り固まった不健全な企業文化が根付いた場合、優秀な社員が多数いるにも関わらず、何をやってもうまくいかないという事態に陥るとし、繰り返しシステム障害を起こしたみずほフィナンシャルグループの事例をあげています。金融庁は「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない」と、その企業文化を批判しました。
経路依存性
経路依存性(path dependence)とは、過去に採用された意思決定や制度が足かせとなり、現在や将来の方向性が縛られる現象です。例えば、ある組織で以前に採用した製品戦略が成功した場合、製品を取り巻く環境が変化しても同じ戦略を維持し、ほかの戦略を採用しにくくなる、などがあげられます。
経路依存性は、経営方針や人事制度においても見られ、次第に企業文化の一部になって、企業の成長を阻害する要因になり得ます。企業文化は、過去の成功や経験だけでなく、将来のビジョンや価値観、行動指針などを反映したものであるべきです。企業は、経路依存性を認識し、柔軟性や創造性を尊重する企業文化の形成を目指す必要があります。
根付いた企業文化を変革するには?
前出の黒田由貴子氏は、企業文化が不健全な組織では、問題に対処しようとしても現場に浸透しない、流行りの戦略を取り入れても空回りする、などの状況が続くことにも言及しています。
不健全な企業文化から脱却し、外部環境の変化に対応するには、企業文化を変革する必要があります。いくつかの方法をみていきましょう。
リーダーシップの変革
企業文化は、経営陣や上司のリーダーシップに大きく影響を受けます。まず経営陣や上司が自らを振り返り、改革に意欲を持って行動を変えることが必要です。
コミュニケーションの改善
企業文化の改革には、全従業員の関与が必要です。情報の正確性や透明性を確保し、経営陣や上司が社員と密にコミュニケーションを取ることが重要です。また、社員からの提案を積極的に受け入れ、反映することも大切です。
成果の可視化
企業文化の改革は、目に見える形で成果が出るまでに時間を要します。そのため、改革途上でも成果を可視化して、社員のモチベーションを維持し、成果を実感してもらうことが重要です。ブランド調査など、社会からの評価をフィードバックするのも有効です。
企業文化の成功事例を紹介
ここでは、企業文化を重視し、大きな成果をあげている企業の事例をいくつかあげます。
インターネット関連のサービスと製品を提供するGoogleは、創業当初から企業文化を重視しています。
信念は
Don't be evil(悪いことをするな)
さまざまなバックグラウンドやスキルを持つ、多様性に富んだ人材を採用して柔軟な働き方を支援。社員の幸福度向上にも力を入れています。
Zappos
Zapposは、ECサイトで靴を販売する会社です。創業者のトニー・シェイは、社員の幸福度を向上させることが顧客満足度を高めるという信念を持ち、企業文化を醸成しています。社員は顧客ニーズに応えるため最善を尽くしており、顧客へのいわゆる“神対応”でもたびたび話題になります。また、お互いへの評価をフィードバックする場を設けるなど、積極的にチームビルディングを行い、社員の成長を支援しています。
Patagonia
アウトドアウェアを手がけるPatagoniaは、環境保護に力を入れていることで知られています。
掲げる信念は
最高の製品を作り、不必要な損害を与えず、ビジネスを通じて環境問題の解決策を醸成する
信念に即した企業文化が醸成され、社員はリサイクルや再利用に取り組んでいます。また社員の環境保護活動への参加を奨励するプログラムもあり、社員の幸福度と顧客満足度の向上、環境保護などで成果を上げています。
Netflix
Netflixは、独自の企業文化として
“自己責任、オープンで率直なコミュニケーション、成果主義、フラットな組織、柔軟な働き方”
を重視しており、その文化が同社の成功の一因となっているとされています。
自社にとって最適な企業文化をつくり、維持するには
最後に、自社の成功の一因となる最適な企業文化をつくり、維持する方法をみていきましょう。
現状の把握
まずは、自社の現状把握が重要です。ビジョン・ミッション・バリュー、企業風土や社員のモチベーションなどを調査して、現状の問題点を把握します。
理念の策定
次に、自社にとっての理念を見直します。Netflixの例でいうと、「自己責任を重んじる」「オープンなコミュニケーションを実現する」「成果主義を尊重する」など、自社が重要視する理念を策定しなおすのです。
目標の設定
企業文化の醸成により達成すべき目標を設定します。ここでは「社員のモチベーションを高める」「組織の柔軟性を高める」など、自社のあるべき姿を目標とします。
社員の参加
企業文化を醸成するためには、社員の参加が欠かせません。社員の意見を取り入れ、社員が共感できる企業理念や行動規範をつくり上げることが大切です。社員が企業文化に共感し、自ら進んで企業文化の醸成に取り組み、それを維持しようとするような環境と雰囲気をつくります。
可視化
企業文化を、文章やイラストで可視化し社員に浸透させることが重要です。また、可視化したものを社内サイトの掲示板やポスター、社員マニュアルなど社員の目につきやすい場所に掲載し、いつでも確認できるようにします。社内研修や報酬制度などにも反映し、わかりやすく示すことが必要です。
持続的な改善
企業文化は、定期的に見直して改善を続けることが大切です。社員や社外からのフィードバックを取り入れ、改善を続けることで、よりよい企業文化をつくり上げていくことができます。
まとめ
企業文化は、長い時間をかけて醸成するものであり、その蓄積が企業の業績やブランド力を維持する原動力になります。一方で、不健全な文化が根付いてしまった場合は、社会からの評価や競争力を失うだけでなく、その回復と改革は一朝一夕には進まず、長期的な業績不振に陥る恐れもあります。
100年以上続く長寿企業の多くは、少なくとも3度の事業承継を経ていますが、創業理念や企業文化が脈々と受け継がれているという特徴があります。
産業タイムズ社の代表取締役会長で長年にわたり半導体記者を務めた泉谷渉氏は、素材産業界における100 年企業の強さの要因として、企業文化の継続性が高く、長期的な視点をもって事業と雇用を守り、組織力を発揮して危機を乗り越えてきたことをあげています。
企業文化は、経営者が変わっても継承され、世代を超えて企業の持続可能性を高めます。
計画的・継続的な取り組みにより、時間をかけて自社に最適な企業文化を醸成していきましょう。
著者
一般社団法人100年企業戦略研究所
この国に1社でも多くの100年企業を創出することを目指して。
『100年企業戦略研究所』は、長寿企業に学ぶ経営哲学・リーダー論・財務戦略に加え、東京を中心とした都市力に関する調査・研究など、100年企業を実現するための企業経営のあり方についての情報を発信しています。