ものづくり分野はDXでイノベーションを起こす
〜デジタル化において大切にすべき5つの行動指針〜

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目次

コロナ禍を契機に、リモートワークやキャッシュレス決済などのデジタル技術が私たちの生活に急速に浸透しました。しかし同時に、企業間のデジタルリテラシーの差も浮き彫りになっています。デジタル技術を活用した経営・オペレーションの変革が急務となる中、そのデジタル化推進の道筋となる「5つの指針」を提唱する、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の伊藤智氏に、製造業におけるDX導入論について話を聞きました。

社会の課題解決に欠かせないDXへの取り組み

新型コロナウイルスの感染拡大は非対面・非接触型の生活様式の需要を生み、世の中のデジタル化を底上げしました。図らずもそれがDX(デジタルトランスフォーメーション)の起爆剤になると期待されましたが、実際にはそれほどの加速ぶりは見られていません。一方で物流の停滞・混乱によるサプライチェーンの断絶が大きな問題となりました。ロシアによるウクライナ軍事侵攻にともなう資源供給の縮小も、その深刻さに影響を与えています。

そうした状況下でDX推進の重要性は今、再認識されています。特に製造業では、必要な材料や資源を調達して操業を継続するために、生産プロセスをデータ化し、情報として把握することは必須です。

加えて脱炭素化社会に向けた世界的な動きも無視できません。これもDX推進の重要性が再認識されるようになった一つの要因でしょう。日本でも、大企業を中心にCO2排出削減の取り組みが本格化しており、各企業がDXを駆使して排出量を測定し、脱炭素を目指す必要に迫られています。

CO2排出の測定は今のところ努力目標であり、企業に義務づけられてはいません。しかし環境への配慮は企業価値の向上に直結する課題です。金融機関もこの指標に注目しており、投資や融資の問題にも影響を与える傾向が高まっています。政府が2022年11月29日に開いた脱炭素社会の実現に向けた会議において、CO2の排出量に応じた費用負担を求める「カーボンプライシング」の導入に向けた新たな制度案も了承されています。これが施行されれば、CO2の排出が経営を圧迫することも考えられます。これを真摯に捉え、今のうちからこの課題に取り組めば、環境に配慮している会社として社会からも認知されるようになります。ひいては消費者からの支持を得られるなどのメリットもあります。

ものづくり分野でのDX推進の根源的背景には、サプライチェーンとの関わりもあります。最終製品に至るまでの全プロセスの中で、途中1社でもCO2排出の測定ができていなければ、サプライチェーン全体での合計値を算出することができません。「うちは測定していない」では、サプライチェーンの一員としての役割を果たせず、取引の中止を言い渡されるおそれもあります。各企業のデータを集約するにもDXの実現が必要です。

このようにサプライチェーンの形成がもはや大前提ともいえる現代において、DX推進は自社の経営方針という範疇を超え、企業の社会的役割に関わる課題となっています。しかし「必要性は理解しているが何からやればいいのかわからない」「取り組んでみたが単なるデジタル化で終わっている」という企業が少なくないのが現状です。

適切な段階を踏んでデジタル成熟度の向上を目指す

DXは、企業理念や企業風土にも関わる、長い時間をかけて取り組むべき「組織変革」です。単なるデジタル化ではありません。しかし、そこが難しさにつながっているのも事実です。相当な知識や準備を要するため、実施にあたっては、順を追って必要なプロセスを踏むことが不可欠です。

そこでNEDOでは多数の企業、研究機関、論文の調査分析を行い、製造業におけるDXのプロセスを5つのフェーズに落とし込んだ「ものづくり分野におけるDX―デジタル成熟度の向上において大切にすべき5つの行動指針―」(2022年6月)を公表しました。

  1. 自己変革能力の向上(Capability)
    IoTやセンサーを活用し生産ラインの情報を測定しデータ化する、あるいは紙で管理していた情報をデータベース化するなど、いわゆる「見える化」を行う。組織が変革を進める意識と能力を持つ第一歩。
  2. スマート生産の実現(Smart manufacturing)
    1で整備したデータをもとに、生産効率を上げる、CO2の排出を減らすといった具体目標を達成するために、生産の方法を見直すフェーズ。パラメータによるシミュレーションができる体制を築ければ、改善の効果をモニタリングしつつPDCAサイクルを回し、生産のスマート化に継続的に取り組むことができる。
  3. デジタルエコシステムの活用(Ecosystem)
    組織・企業がそれぞれ機能して、上流下流にいる他社と相互連携するネットワークを構成し、より価値の高い製品やサービスの提供を実現する。生産側、ユーザー側の両方の状況を情報として吸い上げ、そのデータをシステムとして循環させる仕組みを構築し、さらなる価値向上を目指す。
  4. 循環型生産の実現(Circular economy)
    資源の有効活用で製品循環の輪を小さくし、製品ライフサイクル全体での環境負荷やコストの低減を目指す。
  5. 持続可能な生産の実現(Sustainability)
    環境への負荷、ステークホルダー(従業員、消費者、コミュニティなど)の福祉と安全を最重視しつつ、経済的に健全な生産プロセスの構築を目指す。

1〜2はDXの準備段階、3が本来のDXといえます。4および5はGX(グリーントランスフォーメーション)と呼ばれる領域であり、まずは3を目指すのが先決です。2までは自社内の話ですが、3以降は他企業や社会と密接に関わっています。重要なのは階段を一歩ずつ登ることであり、段飛ばしはできません。1や2を省略して3に取り組むこともできませんし、3をやらずにその先へ進むことも不可能です。

DXの最大の目的はユーザー価値の向上

この5つのステップの過程で、頓挫をまぬがれるために心がけていただきたいことがいくつかあります。

一つは、経営陣と従業員が、共通の認識を持って組織改革に向き合うことです。そもそも経営者に明確なビジョンがないとか、現場でやるべきことを経営者が十分に理解できていないといった「ズレ」があると、つまずきの原因となります。

もう一つは、最終的なゴールを設定しつつも、そこに至るまでの間にマイルストーンを設けることです。ゴールがあまりにも遠いと見失いがちですし、また途中に小さな目標を設定することで、随時方針の見直しもしながら着実に歩みやすくなるからです。

さらに、いきなりベストを目指すことにこだわらないことも重要です。CO2の測定でいえば、生産ラインの随所にセンサーを取り付けてタイムラグなしに状態を把握できるのが理想ですが、それには多額の投資が必要になります。もし別の方法で、精度は少し粗くても低コストで実装できるとしたら、それでも取り組みとしては大いに有用だと思います。

そして、DXは必ずしも高額なDX支援サービスやパッケージシステムを契約しなければ達成できないものではありません。そうはいっても、独力での実践は難しく、専門家の協力を仰ぐことは必要です。例えば公的な研究機関である産業技術総合研究所や公設試験研究機関は、企業からの相談に応じますし、事例やノウハウの提供も行っています。また同じ業種、業界であれば似たような課題を抱えていることが多いので、業界団体や組合などで事例を共有するのも有効です。

5つのフェーズの階段は険しく思えるかもしれませんが、「持続可能性」が世界共通の価値観となった現代において、デジタル成熟度を上げることは企業の価値向上のために不可欠です。DXとは業務改善や組織改革など社内の課題解決のように見えて、その原点は、顧客満足や社会貢献にあります。社内も社外もひっくるめての改革であり、その先にユーザー価値の最大化があることを忘れないようにしたいものです。

お話を聞いた方

伊藤 智 氏(いとう さとし)

国立研究開発法人
新エネルギー・産業技術総合開発機構
技術戦略研究センター デジタルイノベーションユニット ユニット長

1987年筑波大学大学院物理学研究科博士課程修了。1987年から(株)日立製作所中央研究所にて材料シミュレーション、金融工学、並列計算機の利用技術等に関する研究に従事。2002年6月から産業技術総合研究所にてグリッドコンピューティング、グリーンIT、クラウド等の産業分野への応用研究に従事。2017年4月から新エネルギー・産業技術総合開発機構にて技術戦略の策定に従事。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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