ドラッカーと一倉定の教えの共通点~小宮一慶氏が心に刻む普遍の命題とは

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目次

大企業が「内向き志向」に陥りがちないま、中小企業は先人が残した普遍的な教えから学びつつ、「外向き志向」の経営を展開しなくてはいけない――。大企業から中小企業まで幅広く経営コンサルティングを手がける小宮コンサルタンツ代表取締役CEOの小宮一慶氏にお話しいただく連載の最終回です。

「伝説の経営コンサルタント」一倉定の哲学

毎月、とくに中小企業経営者向けを想定した経営論について、私なりの考えをお話してきたこの連載も丸一年を迎え、今回で最終回となります。最後はせっかくですので、私が敬愛する「伝説の経営コンサルタント」として知られる一倉定先生とピーター・ドラッカー先生の教えについて、あらためて紹介して締めくくりたいと思います。

私は一度だけですが、一倉先生のセミナーに参加したことがあります。一倉先生が晩年のときの話で、70歳を超えていたでしょう。当時は年に6回、テーマを変えながら東京でセミナーを開催されていて、私がお邪魔した際も700人くらい参加していました。最盛期は1,000人を超えていたそうですから、いかに一倉先生の教えが多くの経営者に求められていたかが窺えます。

では、一倉先生の教えとは何か。その基本は「お客さま第一」です。それに関して大企業には「怒り」にも似た視線を向けておられました。一倉先生は、「大企業から来た人は宇宙人」という言葉を残していますが、どうしてそれほど強い物言いをしたかと言えば、大企業はある意味では物凄い内部志向に陥りがちで、一倉先生は断じてそれを良しとしなかったからです。

私たちがコンサルティングしている会社の経営者のなかにも、一倉先生から直接の指導を受けた方が多くいらっしゃいます。そのうちの一人がお話をされていましたが、一倉先生は「会社に来てください」と頼むと足を運んでくれるらしく、昼前に現れてまずは近くのお店で蕎麦を食べたそうです。そのあと、社長にその会社のお客さまのところに連れていくように言うのですが、その社長が訪問先のお客さまとよそよそしかったり、日ごろから足を運んでいなかったりした様子であれば、怒ってそのまま帰ることもあったと言います。それくらい、日ごろからお客さまを大切にすべきと考えていたのです。

「民主経営は会社を滅ぼす」

もう一つ、一倉先生の哲学の特徴を挙げるならば、「人の心」の何たるかを非常によく分かっている方で、現に「経営は心理学」とも表現されています。「お客さま第一」などとともに「重点主義」を提唱していたのは、経営者は心情的にいろいろなことに手を拡げたくなりがちですが、人間はそこまで手広くやれない生き物だからです。一倉先生は、とりあえずは三つ程度の重点項目に絞り、あとは徹底して環境整備に注力すべきだと教えていました。

こうした「一倉イズム」は、いずれも普遍的な教えであり、令和のいまでも決して色褪せません。また、私が一倉先生の本を周囲によく薦めるのは、非常に分かりやすいからです。「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、全部社長のせいだと思え」「評論家社長が会社を潰す」など、言葉の使い方がじつに刺激的で上手い。だからこそ、中小企業の「やんちゃ」な経営者でも、自分の後ろめたい部分に一倉先生の言葉が刺さり、その教えが心のなかにスッと入るのでしょう。

その教えは、一般的な社長観とは異なるときもあって、たとえば多様な意見を集めたうえで経営判断すべきとよく言われますが、一倉先生は「民主経営は会社を滅ぼす」と語っておられます。もちろん、衆知を集めることは重要ですが、他方で、多数決で決める経営はあり得ないわけで、衆知を集めたうえで最後には経営者が自らの責任のもとで決断しなければいけません。一倉先生は、その際の判断基準をしっかりともつべきと繰り返していました。

「社長は会社に行く日数を制限しろ」という教えも、じつにユニークです。理由は大きく二つあって、一つは社長がいるとどうしても皆が意見を求めるので、内部の人間が育たないから。もう一つは、会社に行かない日には積極的にお客さまのところを回り、勉強しなさいというわけです。私の親しいお客さまのなかには、この教えを忠実に守り、あらかじめ年間で出社する日数を決めたうえで、「正」の字を書いてしっかりとカウントしていた方もいます。「穴熊社長は会社を潰す」もこれに関連して、居心地の良い社内にずっといる社長を戒めたものです。

マーケティングとイノベーション

もう一人のドラッカー先生については、じつは一倉先生の教えと共通する部分が多く、彼の場合はよりアカデミックかつ理詰めで書いています。主著『マネジメント』の冒頭には、経営とは「特有の目的や使命を果たすために存在する」――と紹介されています。これはつまり、企業の一義的価値は企業外部にしかないと言っているわけで、内向き志向を排して「お客さま第一」を提唱した一倉先生の考えと見事に重なります。ドラッカー先生は、さらに、経営とは、「働く人を活かす」ことでもあると述べています。

私の解釈では、そもそもお客さま第一を貫いていれば、おのずと自社特有の使命を果たすことにつながるし、そうして喜んでもらえたり褒められたりすれば、従業員が働く喜びを感じるようになります。その結果、生産性も上がるわけで、企業にとってはまさしく好循環が生まれて経営が上向くでしょう。

ドラッカー先生はもともとオーストリアに生まれたユダヤ人でしたが、第二次世界大戦がはじまってナチス・ドイツが攻めてきたので、最終的にはアメリカに逃れました。さまざまな苦労を重ねてきたので人の気持ちというものが分かったのでしょうし、非常に頭が良い方で複雑なことも構造的に解析できたのでしょう。そんな彼は、企業が本質的に利益を生み出すものはマーケティングとイノベーションの二つしかないと考えていました。

マーケティングとは、本連載でもたびたび紹介したQPS(Quality、Price、Service)でお客さまが何を求めているのかを見出し、自社の強みを考慮したうえで、それを商品やサービスに落とし込んで提供するプロセス全体です。イノベーションとは、世の中に対して新しい価値を生み出すことであり、QPSをドラスティックに変えることなども当てはまるでしょう。このように考えると、ドラッカー先生も徹底した外部志向の持ち主であったことが分かるでしょう。

二人が共通して問い続けた命題

一倉先生とドラッカー先生の共通点について紹介してきましたが、もし彼らが現在の日本企業を見たならば、やはり「お客さま第一」「外部志向」の重要性を強調するでしょう。ドラッカー先生はよく「誰が顧客なのか」と問いかけましたが、その顧客に対し自分たちの強みをどう生かせるのかという考えが、二人が共通して問い続けた命題だったでしょう。

また、たとえば一倉先生であれば「和気藹々(わきあいあい)の組織は会社を滅ぼす」という言葉が有名で、切磋琢磨こそが正しい社風だと考えていました。これは、いまの日本社会に必要な教えではないでしょうか。仲が良いのはもちろん良いのですが、得てして内部志向に陥りがちです。ドラッカー先生的に言えば、会社の目的や存在意義を明確にして、一所懸命にそこに向かって突き進めば、時には意見が対立するのは当たり前ということです。

しかし、いまの日本は皆さんもご承知のとおり、ハラスメントがすぐに問題になる。もちろん部下の精神を圧迫させるようなパワハラは否定されるべきですが、意見あるいは価値観を戦わせることさえも自重してしまえば、企業の発展はありませんし、「お客さま第一」から遠ざかるばかりです。外部志向で付加価値を生み出すうえでは、何が本当に必要なことなのか、しっかりと見極めることが必要です。そのために、企業の存在意義である「目的」、つまり、商品やサービス、価格で特有の使命を果たすことと、働く人を活かし幸せにするということを根本としながらも、その方法論では対立することもありうるということです。

一方、内向き志向に関連して、経営の大原則として、人に仕事をつけてはいません。仕事に人をつけなければいけないのです。ある人が暇にしているから、何がしか仕事を与えたとして、それが本当にお客さまのためなのか。むしろ、お客さまには迷惑な場合も少なくないでしょう。なぜその人が暇なのかと言えば、お客さまに価値を与えられる仕事ができていないことが多いからです。

日本社会を見渡しても、事なかれ主義の内向き志向の蔓延はかねてより指摘されていましたが、大企業だけでなく、中小企業でもその傾向が強まっていると思います。その意味でも、経営者さえその気になれば、中小企業は小回りが利き、変わりやすいので、お客さまにしっかりと寄り添い、新しい価値を与え、活躍できる時代のはずです。そのような企業が一社でも増えることを心より願っていますし、そのときに一倉先生やドラッカー先生のような普遍的な教えに立ち返ることは意義深いはずです。もちろん、私もコンサルタントとして、原理原則をアドバイスすることでそうした会社を手助けし続けていきたいと思います。

小宮一慶氏の連載一覧

著者

小宮 一慶 氏こみや かずよし

株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役CEO

大企業から中小企業まで、企業規模や業種を問わず幅広く経営コンサルティング活動を行なう一方、講演や新聞・雑誌の執筆、テレビ出演も行なう。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座』(日本経済新聞出版社)、社長の心得 (ディスカヴァー携書)『経営が必ずうまくいく考え方』(PHPビジネス新書)など著書多数。

[編集] 一般社団法人 100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]株式会社PHP研究所 メディアプロモーション部

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