事業承継の「最初の一歩」とは

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多くの中小企業にとって、難しい課題として挙げられる事業承継。はたして、どのようにロードマップを描けばいいのだろうか。大企業から中小企業まで幅広く経営コンサルティングを手がける小宮コンサルタンツ代表取締役CEOの小宮一慶氏にお話しいただく連載の第9回です。

社長とナンバー2はまるで違う

いま活動している多くの企業にとって、大きな課題の一つとして挙げられているのが、事業承継を成功させられるか否か、ということです。とくに中小企業のなかには、いかに後継者に事業を渡すかで悩んでいるところも少なくないでしょう。当社は事業承継についてのコンサルティングも手掛けていますから、その経験をふまえて、今回はその大前提やロードマップの立て方などを考えてみたいと思います。

当社では1年間のプログラムで「後継者ゼミナール」を開催しており、まもなく20年が経ちます。毎年いろいろな受講生と接して実感したのは、じつに単純な話ですが、事業承継が上手くいくか否かは後継者のやる気に大きく左右されるということです。

次の世代にバトンを渡すことができるということは、程度の差はあれども、その会社がある程度しっかりと成り立っているからです。ですから、後継者が意欲をもって取り組み、あとで述べる大前提さえクリアしていれば、多くのことは解決します。もし後継者候補の能力が不足していたとしても、経験を積めば次第に成長していきます。また、能力は他者が補佐することもできます。他方で、意欲がなかったり、会社を背負う自覚がなかったりすればどうしようもありません。

「後継者ゼミナール」の受講生の多くは、すでに常務や取締役の肩書をもっています。しかし私がよく彼らに言うのは、社長とナンバー2やナンバー3はまったく違うということです。現に受講生の多くは、卒業したあとにお会いすると「社長になってから、小宮さんが話していたことが本当に分かるようになりました」と口にします。トップとして経営することは、事業承継する前に頭で理解しているだけでは分からないことです。出来る限りの準備を重ねたら、あとは実際に経営者の立場としてさまざまな経験を積むほかないのです。

負債を抱えている会社は経営改善から

先に「大前提」と述べましたが、それでは、その「大前提」とは何でしょうか。つまり、実際に事業承継するにあたって、承継や難しいのはどのような会社か分かりますか。答えは簡単で、多くの負債を抱えている会社です。中小企業ではよく、事業承継と相続が履き違えられがちです。すなわち、「経営」と「所有」が一緒くたにされているわけで、なぜそうした発想が出てくるかといえば、一番は借金の問題に起因します。

中小企業ではその構造上、有利子負債ゼロの会社のほうが少なく、中小企業の場合、借入金の多くは経営者個人が連帯保証人になって億単位で借金をしているケースもあります。そのような状況では、親族ではないナンバー2やナンバー3に会社を継がせようと考えても、彼らがリスクだと感じるのは当然でしょう。そうなれば、会社を背負う覚悟を固めてくれるのは、親族くらいしかありません。結果、会社の借金も含めて子どもに受け継がれるわけで、だからこそ事業承継と相続が一緒にみえるのです。

このように、有利子負債を多く抱えている企業は、親族以外に事業を承継できる可能性が限りなく低いのが現実です。逆に言えば、借金さえなければ、事業継承の選択肢は広がり、M&Aでどこかに買ってもらえることがあるかもしれません。しかし借金があれば、よほどの技術力などがなければ買い手はなかなか現れません。さらには、借金がなくとも、株式の問題があります。上場企業でもないのに、株式が分散すれば、その分、経営の自由度が下がります。私は経営コンサルタントとして、株式が分散したせいでとても苦労した会社をいくつか見てきました。できれば一人の子供にだけ株式を相続させるのがベストです。そうした点でも、親族、それも子供への事業承継が増えるわけです。

M&Aなどに際して、会社の値段がどう決まるかというと、さまざまな手法があります。たとえば企業が将来生み出すキャッシュフローを推測し、その現在価値を計算し、そこからネット有利子負債(有利子負債から現預金を引いたもの)を引くやり方があります。あるいは、過去数期の営業利益に減価償却費を足し戻し(EBITDA)、その数字をベースにしながら、そこからネット有利子負債を引くという手法もあります。少し難しかったかもしれませんが、いずれにしても有利子負債が多ければ多いほど、会社の値段は下がることになります。値段が下がるだけならまだしも、M&Aでは買い手のつかないこともままあります。

さらに借金を抱えたまま経営者が死亡した場合、子どもがいれば相続放棄しないかぎりは実質的に借金を抱えないといけません。ですから財務内容の悪い会社は、事業承継する前に財務内容の改善、そしてそもそもの経営を改善することが望ましいのです。

他方、財務状況がさほど悪くない会社で後継者選びが難航するケースを、私はあまりみたことがありません。親族でなくても事業承継はできますし、売却する場合も優良企業ですから、比較的買い手を探しやすいということがあります。その意味では、優良な中堅中小企業と、負債に苦しんでいる会社とでは、事業承継の問題は分けて考えなければいけないでしょう。

なぜ「マネジメントチーム」が必要なのか

それでは、財務内容が良い、あるいは悪いに関わらず、実際に事業承継を進めるうえで、どのような準備が必要でしょうか。たとえば規模が小さい会社であっても、やがて事業を承継する・しないにかかわらずお薦めしたいのが、しっかりしたマネジメントチームを構築することです。とくに現在の経営者が創業者の場合、何ごとも自分で判断して物事を決めてしまいがちですが、それでは、部下の経営を考える力は育ちませんし、ガバナンスの観点からもそれはよくないことです。

仕事においては、松下幸之助さんの「衆知を集める」という言葉のとおり、知恵を結集するチームを形成することがとても重要です。その過程で、経営判断ができる後継者候補を育てていけばよいのです。その意味では、マネジメントチームをつくり、常日頃から衆知を集める経営を心がけて、それを通じて人を育てていくことが、結果として事業承継の準備になります。マネジメントチームのメンバーには、事業の執行だけでなく、もっと大きな視点で経営そのものを考えさせるのです。

ピーター・ドラッカーがじつに興味深い考察を残しています。ある程度は大きくなった企業が、それ以上成長できないケースには三つの理由があると彼はいいます。一つはキャッシュフローよりも利益を優先しているから。とくに小規模な会社を経営している経営者はよく分かると思いますが、利益よりもキャッシュフローがどれだけあるかが、会社にとっては死活問題です。ある程度の規模になったり、小さくても上場したりすれば、銀行との関係や投資家対策で利益を優先しがちです。でも、企業が本当に強いか否かの源泉は、あくまでもキャッシュフローに帰結します。

二つ目の理由が、先にお話ししたマネジメントチームの欠如です。規模が大きくない会社は往々にしてワンマン経営に陥りがちです。しかし、自分以外に経営の意志決定を担える人を育てておかなければ、会社が成長したとき、各部署に経営が分かる人間を配置することができません。繰り返すようですが、この点が事業承継とも密接に関わる話で、マネジメントチームが育っていて、財務内容がさほど悪くなければ、いざ事業を承継しようと考えたとき、その中から適任者を選べばいいわけです。マネジメントチームがしっかりしていれば、業績も向上するはずで、財務内容も結果的に良くなります。また、自身の子供を後継者と決めている場合でも、その子を含めたマネジメントチームを作っておけば、事業承継も、そのチームが新社長を支えることになります。

経営者はまず自分自身を見つめ直すべき

ドラッカーが言うある程度大きくなった企業がそれ以上に大きくならない三つ目の理由も事業承継を考えるうえで示唆に富んでいます。ドラッカーは経営者が自分の位置づけを見失うケースが多いと指摘しています。とくに創業者であれば自らの手で会社を育ててきたわけですが、いつしか65歳や70歳を迎えたとき、自分は次に何をすべきか、すべきでないかを考えないといけないのですが、知識や経験を活かしていくつになっても経営の第一線にいようと考える人が出てくるでしょう。でも本当なら引退し、次の人にバトンを渡すのがベストということも往々にしてあるものです。でもそれに踏み切れない。あるいは引導を渡す人がいないケースもあるでしょう。その結果、社内の新陳代謝が遅れて成長がストップするのです。

とくにオーナー経営者に対して、潮時だと肩を叩く人はそういるものではありません。でも一人の人間が長きにわたり権力を手にしていれば、どうしても組織は停滞するし、ガバナンスもききにくくなります。経営者自身も年を老いて判断力が衰えているかもしれない。いわゆる「老害」について、私は意志決定を誤るうえに、それを認めない人だと定義していますが、そうした人物が事業承継を検討しないのは会社にとって不幸と言わざるを得ません。

その意味では、事業承継において大切なことは、現経営者が松下幸之助さんも折に触れて語っていた「素直な心」をもって自分自身と会社を見つめ直すことです。「これから先も自分は経営判断を間違わない」と信じ切っている経営者ほど、大きく道を踏み外します。事業承継のロードマップをつくるのであっても、経営者自身が素直で謙虚であることが大前提です。そのうえで財務内容の見直し、マネジメントチームのあり方について検証すべきなのです。承継しても3年間ほどは新社長と伴走するのがうまくいくと感じています。

私の知り合いにも何人か急逝した経営者がいましたが、そのとき、遺された会社には意志決定をできる人が一人もいないようでは困ります。その意味では、繰り返すようですが、健全な財務内容やマネジメントチームが大切になるわけで、経営者は自分の会社が社会に必要だと本当に信じているならば、そうした緊急の事態も想定しておかなくてはなりません。その姿勢を持ち、マネジメントチームの形成、経営・財務内容の改善などのロードマップを適切に作成すれば、事業承継も自ずとうまくいくはずです。

著者

小宮 一慶 氏こみや かずよし

株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役CEO

大企業から中小企業まで、企業規模や業種を問わず幅広く経営コンサルティング活動を行なう一方、講演や新聞・雑誌の執筆、テレビ出演も行なう。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座』(日本経済新聞出版社)、社長の心得 (ディスカヴァー携書)『経営が必ずうまくいく考え方』(PHPビジネス新書)など著書多数。

[編集] 一般社団法人 100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]株式会社PHP研究所 メディアプロモーション部

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