成長なき時代の企業経営~知的感度を高め既成概念をハックせよ【山口周氏セミナーレポート】

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登壇者 山口 周 氏

山口 周 氏

独立研究者・著作者・パブリックスピーカー/株式会社ライプニッツ 代表

1970年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストンコンサルティンググループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発などに従事。中川政七商店社外取締役。株式会社モバイルファクトリー社外取締役。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)など。

先進7カ国のGDP成長率は50年以上下がり続けています。現代における社会の変化や発展は、単純に経済成長の数字では表すことはできず、私たちは適切な物差しを見失っています。社会の構造や人々の価値観が大きく変化し、築き上げた経験やデータが用をなさなくなった今、経営者は何を拠りどころに意思決定し、事業を継続していけばいいでしょうか。独立研究者として独自の視点にもとづく提言を続ける山口周氏に、世界で何が起きているか、新時代を生き抜く上で欠かせない視点は何かを語っていただきました。

本レポートでは、2023年2月27日に開催されたオンラインセミナーの内容を一部抜粋してご紹介します。



文明化のフェーズを終え「高原社会」に突入した日本

この20年ほどの間にテクノロジーがめざましく発展し、多くの人は自分の仕事の生産性も大きく上がったと感じているでしょう。それなのに経済成長していないのはなぜでしょうか。

シリコンバレーのようなものが日本からも出てくれば、日本も再び経済成長できると考える人もいますが、テクノロジーやイノベーションが経済成長を促進するという考えは一つの宗教にすぎません。では何が必要なのか。高度成長期の日本の強みを振り返ることが、一つのヒントになります。

かつての日本には、たくさんの解決すべき課題がありました。昭和の「三種の神器」がその象徴でしょう。当時の冷蔵庫・洗濯機・テレビは相対的に高価なものでしたが、およそ10年の間にほぼすべての家庭にそれらが揃いました。食品を保存できないなどといったことに人々が不便を感じていたからです。つまり切実な問題があったからで、その解決のために身銭を切ったのです。

ところが、同様に切実であるにもかかわらず、貧困や公害といった社会問題は、今も取り残されたままになっています。これらの解決に大金を出す人は、ごく一部にとどまるからです。人が身銭を切ってまで解決しようとするのは、個人的な、ささやかだが切実な問題であり、そこが満たされると経済は成長しなくなる。非常にわかりやすい理屈です。

経済成長率が高いということは、まだ「個人的な切実な問題」が満たされていない状態であり、日本はすでにそのフェーズを終了した先にいるわけです。そして今の日本が置かれている新たなフェーズを、私は「高原社会」と呼んでいます。

有史以来、富はモノに付随して生み出されてきましたが、高原社会の到来で、モノがいらないという価値観が世界に広がり始めました。それにもかかわらず日本企業では、モノを作り続ける、顧客の欲しいモノをリサーチするということが続けられてきました。その結果、たとえば携帯電話市場に顧客の声を聞かないアップルが新規参入し、市場の6割をかっさらっていったのは、皆さんご承知のとおりです。

顧客のご用聞きをすることが顧客志向といえたのは、世の中に問題がたくさんあったからです。より豊かな生活とはなにか、「ありたい姿」を描き自ら問題をつくり出すことが、現代の顧客志向だといえます。

企業活動そのものが一種の社会運動になる時代

イケアは、自社の家具を障害者にも使いやすくする後付けアイテムを販売することで、売り上げを4割、利益を3割伸ばしました。しかし当事者の声をもとに行動を起こしたわけではありません。「お気に入りの家具を使いたくても使えない人がいる社会はおかしい」という問題をつくり出し、いわば独善的に、おせっかいに、誰もがお気に入りの家具に囲まれて暮らせる社会を実現したのです。当事者の問題というより、イケア自身の課題だったといえます。

ところで障害者は人口の1割程度であるにもかかわらず、なぜそこまで経済的なインパクトがあったのでしょうか。イケアは世界18カ国で事業展開していますが、実は後付けアイテムは3Dプリンターのデータで提供される仕組みだったのです。そのため、イケアが進出していない国でも需要が生まれ、並行輸入のような形で、イケアのマーケットは世界127カ国に広がりました。

この事例は、普遍性が低くてもそれが世界に共通の問題であれば、マーケットサイズが大きく広がることを証明しており、グローバル視点の必然性を意味するものでもあります。同時に、「独善的に」というのが現代の一つのテーマだろうとも思います。

一方でグローバル化の落とし穴として、「役に立つモノはそれぞれの領域で一つ、一番役に立つモノがあればよい」という市場原理があります。ローカルで断絶していれば、各国にシェアを取る企業が存在できるはずが、イケアのケースでもわかるように、グローバル化した世界では、一つの優れたプロダクツが世界でシェアを独占してしまいます。

このように現代においては「役に立つ」のポジション獲得は非常に熾烈ですが、モノの「意味」には多様化、分散化の余地があります。レコード人気の再燃や、使いこなすのが難しいライカのカメラが売れるのは、「便利・簡単」とは別の軸として「意味」に価値が見出されているからです。

かつてビジネスにおける成功の要件は「正解を出す」「顧客に応える」「役に立つ」の3本柱でしたが、今求められるのは「問題をつくる」「社会に応える」「意味がある」ことのほうなのです。そのために不可欠なのが、リベラルアーツです。欧米では2010年代にリベラルアーツの復権が非常に強く唱えられるようになり、広く受け入れられた経緯がありますが、日本では残念ながらまだ大きなムーブメントにはなっていません。

不確実性の高い現代、経営者の拠りどころになるのは

こうした議論を踏まえ堀内勉100年企業戦略研究所所長からご質問いただいたのが、「長寿企業の要件」です。ひと言でいえば「いらない会社はつぶれる」ということに尽きます。もう少しかみ砕くと、一つのことをやり続けて時代をまたいで必要とされるのはレアケースで、多くの長寿企業はそれぞれの時代において必要とされる価値を見抜き、時代に適応してきたのだと思います。その「見抜く」ところにリベラルアーツが関わってきます。

経営者の意思決定は一般に経験・論理・事例に立脚しますが、世の中の価値が変化すると、それらが無効化してしまいます。そのときに拠りどころになるのはリベラルアーツしかありません。次の時代に価値を持つものは何か。経験が役に立たない状況では、自分の内側に潜っていって考えるしかなく、経営者にその力がなければ、企業が長く生き残ることは困難でしょう。

日本ではどういうわけか、米国は教養よりも実践的な実学が主流だと誤解されがちです。ハーバード大学も、ビジネススクールは大学院であり、学部はリベラルアーツ学部のみです。社会のリーダーになる人にとって、いかにリベラルアーツの習得が不可欠なものだと認識されているか、ご理解いただけるでしょう。

一方、日本では、難しい問題に早く正確に答える能力が優秀とされてきたため、その能力が高い一部の人は優秀だと勘違いし、残りの大半の人が自己肯定感を失うことになりがちです。文明化の過程ではよかったかもしれませんが、現代ではマイナスであり、日本の教育システムはその考え方からの脱却を迫られています。

もう一つ、視聴者からの質問として投げかけられたのが、「ニューノーマルの時代の“幸福”とはどういうものか」です。この質問に対しては考えるヒントとしてお答えしますが、幸福度の高さは、一つには自殺率の低さに現れます。裕福度とは相関がありません。徳島県の海部町は自殺率が低いことで知られていますが、この町では自己判断が非常に大事にされており、たとえば募金を求めても、多くの人は「何に使われるお金ですか」と確認した上で募金するかどうかを決めるといいます。

人は人、自分は自分の精神で、誰もがわがままに自分のままでいられることは、幸福の一つの条件だと思いますし、一人ひとりが幸せに暮らせる社会を考える上でも重要な視点だと思います。

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