企業不動産戦略
13-4. 地方都市における企業不動産戦略の実践
目次
地方は厳しい状況にあるなか、中小企業はどのような企業不動産戦略を立てるべきでしょうか。これまでの実践例から学んでみたいと思います。全国宅地建物取引業協会連合会の不動産総合研究所(全宅連総研)では、不動産業者が中心になって地域を再生した事例を集めています。
最初の事例は、京都市下京区の八清(西村直己社長)が行ってきた京町屋の改修事業です。空き家になった京町屋を仕入れ、改修し、販売する事業を展開しています。規模の大きな町屋は、シェアハウスや宿泊施設へ変更し、不動産証券化や信託の手法なども活用してファイナンスの課題を解決することで、購入者の幅を広げることに成功しています。
京町屋には商品価値がないと思われていましたが、文化や歴史を付加価値として取り込むことで経済価値を高めたことに大きな意味があります。先人の工夫や考え方、技術が活きています。現行の建築基準法では、京町屋は再建築が不可となることが多く、接道条件に問題があって住宅ローンをつけることも難しい状況です。そこで行政や学者を巻き込んで、景観の保護や地域資産の維持のための新しいルールを作ることで京町屋の保存と保全に尽力しています。
コミュニティを活性化して街の賑わいを
丸順不動産(大阪市阿倍野区、小山隆輝社長)でも、非常にユニークな取り組みをしています。大阪市は、京都のように景観や街並みなどで注目されている地域ではありませんが、ここには古い長屋が作られていました。昭和初期の区画整理事業で奥行きが18メートル、間口が4メートルで区割りされていましたが、現在では価値が失われたと考えられ、老朽化で維持管理コストも増えて空き家が広がっていました。
丸順不動産では、空き家のオーナーと、スモールビジネスに取り組む起業家たちをマッチングしています。宅建士の小山さんが、建築士や都市計画コンサルタント、デザイナー、広報などとチームを作って、ユーザーのニーズに対応した開発を行い、地域に魅力的な人やビジネスを呼び込むことで地域の価値を高めています。長屋には「人を引き付ける人」「情報発信力のある人」「質の高い仕事・商売する人」などの条件に当てはまる「よい人」に、定期借家制度を使ってオーナーとテナントがフィフティ-フィフティの関係で入ってもらう。長屋の再生を通じて、地域に魅力的な人を呼び込み、地元の商店を守り、地域のよき商いを応援する“Buy Local”という活動にも取り組んでいます。
リビタ(東京都目黒区、長谷川和憲代表取締役)と、ひつじ不動産(東京都渋谷区、北川大祐代表取締役)の事例はシェアハウスです。リビタは、東京都渋谷区にシェアハウスの第1号を2005年に作り、これまでに22物件993室を供給しています。リビタが建物オーナーとサブリース契約を結び、入居者には定期借家で転貸しています。ひつじ不動産は、シェアハウスの紹介サイトを運営しているメディアです。
シェアハウスは、海外では広く普及していましたが、それを日本的にアレンジした「シェア住宅」は、仕組みとして無駄がなく、ものづくりが得意な日本人の手でさまざまな技術開発が行われてきました。シェア住宅は、極めて普通の住宅であり、コミュニティや共用部を付加価値化し、住み心地をよくするために商品改善が進んできています。
日本の不動産管理会社は、建物や設備などのハード的な管理が中心で、コミュニティをどのようにマネジメントしていくのかというソフト的な管理は、比較的苦手でした。最近では、空き家対策の有効な手段として単身高齢者のシェア住宅として活用するケースや、ホテルの再生に利用するなどの事例も出てきています。
官民が連携して空き家対策を推進
山形県の宅建協会では、地方で増えている空き家の再生事業に取り組んでいます。空き家の再生は経済性が乏しいうえにリスクがともないます。そのため民間事業者は手を出しにくいのですが、行政が中心となって空き家再生を進めようとしても、不動産や建築などの専門知識が必要なので上手く進みません。
2012年に「酒田市空き家等の適正管理に関する条例」が制定された後、行政側から山形県の宅建協会に協力の依頼があり、翌2013年に「酒田市空き家等ネットワーク協議会」を立ち上げました。協議会では年2回の無料相談会を実施し、多くの人を集客しています。無料相談会の告知は、固定資産税の納税通知書に同封し、今は酒田市に住んでいない空き家の持ち主にも告知が届くようにしています。
山形県では、地方完結で空き家対策の成果が出てきています。相談会では、宅建士だけでなく建築士などの専門家も加えてワンストップ体制を敷き、相談物件では、まず協議会が調査して会員に繋ぐ努力をしてきました。空き家は、物件によってビジネスになるかならないのかの差が大きく、担当になった物件によって不動産事業者のモチベーションも違ってきます。
取扱い物件をローテーションで回していくと、当たり外れが出てしまうので、誰もやり手がいない物件は協議会の役員の方が自ら扱っていると聞きました。また、農地や山林の扱いを外したことも、取り扱いがスムーズになった要因だということです。
さまざまな機能を連携して街全体をホテルに
象徴的な事例を2つ紹介しましょう。まず、石川県金沢市の再生事例です。どの地方都市にも仏壇屋さんがあると思いますが、仏壇はスペースを取るので大きなビルに入っています。もともとは仏壇センターが入っていた築50年の空きビルを「Hatchi(ハッチ)」というスタイリッシュなホテルにコンバージョンしました。
ホテルの1階は、今や地元の人気飲食店になっています。カフェのほかに地元の特産品などを買えるスペースもあります。北陸の職人の技を取り入れて、木目を活かした家具を揃えたり、自然な光を取り入れたりして、地域の集い場を作ることで人の流れも変えてしまっています。
もう1つは、東京・本郷の東京大学から上野のほうへ歩いていく途中にある「萩荘」という物件です。仏壇センターをホテルへのコンバージョンした事例は、1つの建物を魅力的なホテルに再生し、地域の中核拠点に転換することで「にぎわい」を作りだしましたが、「萩荘」は築58年の空きアパートで取り壊しが決まっていました。この地域に東京藝術大学があるので、その学生に「もう取り壊す前だから、好きに使っていいよ」と貸し出しました。
学生たちには、空きアパートをリノベーションしながら使っていくと魅力的な空間へと徐々に変わったのです。そうすると、建物オーナーは取り壊すのを止め、「HAGISO」という複合施設へ転換しました。複合の意味は、1階にはカフェやギャラリー、オフィスに使える素敵な空間となり、夜もおしゃれな空間として「にぎわい」を持つようになりました。
2階の部屋は旅館にしました。HAGISOには客室が数室しかないので、周辺にある空き家などとも連携し、風呂もないので近くの銭湯と連携しました。食堂も1階のカフェだけで足りなければ、地域の食堂と連携し、お土産屋さんは地域の商店街と連携する。HAGISOがハブになり、受付機能となるフロントを作り、街にあるさまざまな機能を連携させることで「まちぐるみ旅館」にしたのです。さらにレンタサイクルが必要であれば街の自転車屋さん、文化体験をしたければ街のお稽古教室とも連携できます。
これは「アルベルゴ・ディフーゾ」という、イタリアで街ごとのスピタリティを高めてホテルや観光地域を作り上げてきた取り組みを日本に適用した事例といえます。今では、三重県をはじめ、さまざまな地域で少しずつ普及してきています。どの都市にも銭湯などの入浴施設はありますし、レストランは参入障壁が低いのでどこにもあります。「知」によって、そうした機能をうまく連携していけば、街ごとのホテルを作ることができるのです。
100年後に生き残る都市、企業、家計をデザインする
地方を作り変えていく「地方創生」も、地域の中小企業による「企業不動産戦略」も、「地域の資源」と「知」を共有することで作り上げることができます。ただし、そこには科学が必要であり、どこの都市でも成功事例を実現できるわけではありません。この先、日本の都市はどんどん減少していきます。地方都市の人口が少なくなり、その地域に観光資源がなくても、地域が連携して魅力的な空間を作ることで生き残ることはできます。
これから日本は、100年後に総人口が3,000万人になってしまうと予測されています。江戸時代と同じくらいの人口になっていきますが、3,000万人だった江戸時代も一定の繁栄がありましたので、それで十分ではないか、という人もいます。しかし、同じ3,000万人でも構成が大きく異なります。江戸時代は、平均寿命が50年ぐらいといわれ、50歳をトップとして子供や若い世代が中心の社会で、皆が働いていました。しかし、未来の日本の3,000万人は、高齢者が中心であり、江戸時代とはまったく異なります。
そのような未来の日本で、どのように国土を管理していくのでしょうか。どの都市で、私たちは働いていくのかも考えていかなければなりません。100年後に生き残る街や企業は、どういうところなのでしょうか。今、科学的にある程度は分かっていることや、法則として見出されている予測を前提として、100年後に生き残る街や企業、そして100年後でも生き生きと働ける家計・個人をデザインしていくことが求められていると思います。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏