ケースバイケースの事業承継はこう乗り越える
~税理士が教える相続・事業承継対策のポイント【事業承継編】~

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そろそろ事業を後継者に譲りたい。そう考え、行動に移す中小企業の経営者が増えています。しかし、経営権の移譲・集中と円満相続を両立させることは容易ではありません。税金も考慮しながら、できるだけスムーズに事業承継を進めるためには何が必要なのでしょうか。相続対策、事業承継対策、組織再編成コンサルティングなどに対して適切な手法を提案しているタクトコンサルティングの代表取締役社長・公認会計士・税理士の山田毅志氏に、事業承継対策について伺いました。

大幅に要件が緩和された事業承継税制(特例措置)

近年、事業承継対策のご相談が増加しています。高度経済成長期以降、日本の経済や産業をリードしてきた創業者や二代目がそろそろ引退を迎える年齢にさしかかっているためです。コロナ禍で、自分の人生が終盤に入っていることを自覚し、早急に対策を立案しなければと思い立つ経営者も増えてきました。

現在、最も一般的な事業承継対策は、数年かけて各種の株価対策をした上で先代世代の自社株式を後継者に集中して生前贈与する方法です。一定の要件に該当すれば、事業承継税制(特例措置)を適用できます。最終的には、そのほかの相続人への相続財産も考慮した形でオーナーの遺言を作成する方法がよいと思います。

前回の「相続編」でも少し触れましたが、事業承継税制(特例措置)とは後継者が非上場会社の株式等を先代経営者等から贈与・相続により取得した際に、一定の要件を満たすと贈与税・相続税の納税が猶予または免除される期間限定(10年間)の制度です。中小企業の事業承継をより一層後押しするために政府が2009年に導入しました。

もっとも、当初設けられた要件があまりにも厳しすぎたため、制度の利用件数は9年間に2,000件程度にとどまっていましたが、2018年に改正され、要件は大幅に緩和されました。2020年までの2年間で利用件数は1万件に達しています。

しかし、思ったほど利用が伸びていないというのが正直なところです。それは、改正前の制度が「ハードルが高すぎて使えない」というイメージがあり、今も根強く残っていることが要因かと思われます。とはいえ、要件を大きく緩和したこの制度には確かなメリットがあり、特に相続税・贈与税の納税猶予を受けられる点は見逃せません。事業承継税制を組み合わせて、事業承継を実行すれば非常に効果的な対策も可能になるなど、ぜひとも知っておきたい制度です。

後継者決定前に株式を承継させるのは避けたほうが賢明

どんな制度を活用するにしても、中小企業の事業承継で何よりも大事なことは「円満に相続すること」です。知名度の高い大手企業の創業家でも事業を円満に承継できないケースは多々あります。中小企業の事業承継も一歩進め方を誤ってしまうと家族崩壊を招きかねません。

発生する問題は多岐にわたり、事業承継の数だけあるものです。たとえば、評価は高いけれど換金価値が劣る自社株式を相続する後継者の問題、評価の大半を占める自社株式を相続できない後継者以外の相続人の問題。さまざまな問題が起き得るのです。こうした問題をスムーズに解決できる有効策を実行する必要があります。

ここでは、後継者が決まる前に株式を相続させ、問題が発生した事例を紹介しましょう。

この会社の創業オーナーはもうすでに90歳代となっていますが、現在の売上は数百億円に達しています。子供は長男、長女、次女の3人。当初は早くから長男を後継者と考えて株式を移転させていましたが、結局は事業を継がず、創業者は株式の買い戻しを余儀なくされました。

次いで次女に婿取りをして事業承継を進めたものの、やはり事業を継がないということになり、株式を買い戻しています。最終的には長女の婿が事業を受け継ぎましたが、ここまでに大変な手間とコストを要してしまいました。

このように、後継者が定まっていないうちによかれと思って子供に株式を分けておくという発想はよくありません。株式は後継者が確定してから渡すこと。決定前に移転だけはしておく、また子供に平等に移転しておく、というのは避けたほうが賢明です。

資産家の相続対策では、不動産に関しては、不動産を共有すると、物件の保守管理・売却などを巡って足並みが揃わないことが多いため、「子供たちにも共有で相続させてはいけない」とよくいわれますが、株式も同様です。自社株式を各相続人に平等に相続させることは危険であり、もめ事を起こす可能性が高いのです。

事業承継対策ではよほどのことがない限り、後継者に自社株式を集中させていく対策を考えたほうが賢明でしょう。もちろん、そのタイミングは会社や家族にとってベストのタイミングであり、オーナーの相続手続きが完了するまで株式をまったく移動させないということではありません。基本的には生前贈与を中心に方法を検討していきますが、その際、移動の株価をいかに引き下げていくかが重要な課題となります。

事業承継対策に絶対の正解はありません。会社の置かれた状況によって対策はケースバイケース。個別に税理士に相談し、保険や不動産をはじめとしたその他財産を、後継者以外の相続人に相続させる遺言などを準備しておくことも必要でしょう。

承継するのが親族内か親族外かで対策は異なる

親族に事業を承継してもらうか、あるいは親族外に託すか。この選択によっても取るべき対策は異なります。

子供や孫など親族内に事業を渡す場合、通常、株式を売買する例は珍しく、贈与が一般的です。少し離れた親族の場合には売却するケースもありますが、自分の子供や孫が相続するときに株式を買い取ってもらおうと考える親はほとんどいません。

贈与するのであれば、暦年贈与(年間110万円の非課税枠のある制度)や相続時精算課税制度(60歳以上の父母または祖父母から20歳以上の子・孫への生前贈与が、2,500万円まで特別控除される制度)、および一定要件を満たすのであれば、上述の事業承継税制による贈与を利用できます。

では親族外ではどうでしょう。たとえば、その会社に長く貢献してきた番頭さん的役割の親族外の役員や従業員が事業を承継するのであれば、その役員や従業員が株式の買取会社を設立して、銀行から株式の買取資金の融資を受け、そのお金で創業家の株式を買い取る(いわゆるHD会社スキーム)などが考えられます。事業を受け継ぐ相手が疎遠になればなるほどお金で解決するパターンになるのが一般的です。

親族内、親族外ともに事業を承継する人が見当たらなかったら――。そのときには、M&Aも一つの選択肢です。私が長くおつきあいしてきた中小企業の例を紹介しましょう。

創業者は裸一貫で会社を立ち上げ、無借金経営で事業を大きく伸ばしてきましたが、後継者が見つかりません。子供は女の子が4人いたものの、誰も会社経営にはまったく興味がなく、番頭にも声をかけてみたものの、「とても社長業は務まらない」「経営責任を果たす自信がない」という理由で断られてしまいました。社長が下した最終決断、それは同じ業界の大手企業とのM&Aでした。

自分の会社を親族外に手放すことに躊躇する経営者は多いのですが、私の経験上、M&Aをして後悔をした経営者は一人もいません。M&Aを決断するまでは皆悩みますが、結果的には誰もが満足しています。

また、従業員にとってもM&Aは悪くない選択です。中小企業の場合、M&Aをされたほうが職場環境もよくなるケースが多いといいます。適任者が見当たらない場合には、親族にこだわらず、M&Aも事業承継の一つのオプションとして視野に入れてみることをお勧めします。

お話を聞いた方

山田 毅志氏

株式会社タクトコンサルティング 代表取締役社長
/税理士法人タクトコンサルティング 代表社員

公認会計士、税理士。1967年神奈川県横浜市生まれ。1992年に横浜国立大学経済学部を卒業し、同年、安田信託銀行に入行。2002年に山田&パートナーズ会計事務所、株式会社ソニーを経て、タクトコンサルティングに入社。2009年、税理士法人タクトコンサルティングの代表社員に就任、および株式会社タクトコンサルティングの取締役に就任。2020年、現職。現在は、相続、譲渡、交換、土地活用、企業組織再編、M&A、事業承継対策等の実務に携わる。上場会社3社の社外役員も務めている。

[編集]株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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