従業員がバリバリ働く会社をつくる ~行動経済学が教えるモチベーションの秘密~

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企業において従業員のモチベーションを維持・向上させることは大変に重要な課題です。それでは、従業員の働く意欲を高めるにはどうしたらよいのでしょうか。行動経済学では、金銭的報酬よりも非金銭的報酬のほうが、効果的なケースがあることがわかっています。中小企業でも活用できるヒントはあるのか、日本における行動経済学研究の草分けとして知られる友野典男氏に、中小企業でも実践できるモチベーション向上のヒントをお聞きしました。

行動経済学は経営において実践的に役立つ

これまでの伝統的な経済学は、正直なところ、実践的なものは多くなかったと思っています。皆さんの中でも、その研究成果を個人の日常生活に応用できた方は少ないのではないでしょうか。

それに対して、比較的、新しい領域の学問といえる「行動経済学」は実践的です。私たちの身の回りにも、すでにその知見がさまざまな形で生かされています。

たとえば、コロナ禍以降は「ソーシャルディスタンス」を確保するため、スーパーのレジや金融機関のATMなどに、一定の距離感で、床に足形を表示するケースが増えました。これは、つい足形の上に立ってしまう人間の習性を利用した取り組みです。そのアイデアは行動経済学の研究成果でも裏付けられています。行動経済学とは、心理学や社会学を取り入れた新しい経済学ともいえるでしょう。

行動経済学の知見は、現実の企業経営でも大いに役立つはずです。なぜなら強制的な力を使わずに、人々の行動を一定の方向へと導くことができるからです。従業員のモチベーションを高める方法にも応用しやすいと考えられます。

実際に、アメリカでは多くの企業がその知見を生かしています。googleの人事制度は、その興味深い事例の一つです。従業員たちが自発的に働く「最高の職場」といわれるgoogle には、意外にも日本の中小企業でも取り入れることができるアイデアが豊富です。googleの採用や育成、評価について詳しい『ワーク・ルールズ!』(ラズロ・ボック著/東洋経済新報社)は、経営者にとっても参考になるでしょう。

近年、アメリカの企業では「チーフ・ビヘイビアラル・オフィサー(CBO)」という役職が誕生しています。これは「行動管理責任者」とでもいうべき役職で、CFOが財務を管掌するのと同じように、CBOは従業員の「行動」の質を高めるべく人事制度や福利厚生を担当します。ここから、アメリカの経営者たちがいかに従業員のモチベーションを重視しているかがうかがえます。いずれは、日本の企業にもCBOという役職が浸透するかもしれません。

経営者なら知っておきたい「非金銭的報酬」の効果

行動経済学には示唆に富んだ知見がいくつもありますが、中でも経営者に知っておいていただきたいのは「ナッジ」という概念です。

ナッジとは「背中を押す」といった意味の言葉で、人間の考え方のクセを利用して、人々によりよい行動を促したり、合理的ではない行動につながってしまう錯覚を改めるための工夫、および施策のことです。先述したような、ソーシャルディスタンスを確保するための足形も、ナッジの一つです。

そして、企業経営の現場でも有効と思われるナッジとして、「非金銭的報酬」があげられます。

行動経済学でよく知られる研究に、生産性と報酬の関係についての実験があります。簡略に紹介すると、報酬の条件が異なる複数のグループに同じ作業をしてもらい、それぞれの生産性を比べて、最もやる気を高めた報酬は何かを調べたものです。

この実験によると、募集時に決められた時給を支払われたグループAに比べて、作業前に、当初の時給に上乗せされた金額を支払われることを知らされたグループBのほうが、生産性が高くなりました。期待以上の報酬を得るのですから、やる気になるのも当然です。

ところが、そのグループよりもさらに生産性が高かったのは、決められた時給のほかに謝礼として品物が渡されることを知らされたグループCだったのです。その品物は魔法瓶で、わざわざ包装してあり、リボンまでかけているものでした。ただし、決して高価な品物とはいえません。

この実験からわかるのは、現金を支給しても当然、モチベーションは高まるものの、モノ(非金銭的報酬)を与えるほうが、よりいっそう効果的だということです。品物の値段は大した問題ではなく、魔法瓶を包装してリボンを付ける手間をかけたという「気持ち」が従業員の気持ちを動かしました。「給料が高い会社ほど、生産性も高い」という認識は、どうやら錯覚だったようです。

非金銭的報酬は、モノに限られるわけではありません。一定の成果をあげた従業員を、企業の上位者が集う会議に参加させるのも一案です。それは、従業員の意見が採用されるかどうかはともかく、組織の意思決定に参加させることでモチベーションを高める効果があるからです。また、出退勤時刻の自由度を高めるなど、働き方にある程度の裁量を認めるのも有効でしょう。いずれにせよ、金銭的報酬に偏りがちな成果主義が従業員のモチベーションを高めるという考え方は、再考すべきかもしれません。

成果主義ではモチベーションは高まらない

バブル崩壊以降、日本の企業では「グローバルスタンダード」の導入に努めてきました。その一つに成果主義というものがあります。これにより適切な競争が生じて、従業員の生産性が高まると期待されていました。

こうした考え方の前提には、日本は集団主義で他人の顔色を気にする、アメリカはその逆で個人主義かつ合理的である。だからこそ日本は生産性向上のためにもアメリカに学ぶべきだ、という「思い込み」がありました。しかしながら、日本とアメリカの違いについて、根拠となるデータはほとんどないことがわかっています。実は、日本よりアメリカのほうが他人からどう思われるかを気にする人が多いという調査結果さえあるのです。進んだ考え方はつねに海外からやってくる、という思い込みは、そろそろ改めるべきではないでしょうか。

従業員にとって会社とはどういう存在なのかを再認識することも大切です。成果主義の立場では、会社はあくまで金銭的報酬を得るための場所でしかありません。しかし、会社にはコミュニティとしての側面も強く、本来、市場原理や損得勘定だけが支配する環境ではないはずです。そのような意味でも、非金銭的報酬はモチベーションを高めるための有効な手段といえます。たとえば、従業員に対する表彰制度に「記念品」を取り入れてみてはいかがでしょうか。

記念品を贈呈するときは、フォーマルなイベントに仕立てて、同僚たちに称賛されるような環境を整えるとさらに効果的です。その際には、経営者から感謝の言葉を伝えるとよいでしょう。私たちの心理には、もともと誰かに恩返しをしたいという傾向があって、感謝されるとモチベーションが高まるからです。行動経済学では、そうした心理の特徴を「互酬性」といいます。皆さんにはぜひ、行動経済学の知見を積極的に活用して、従業員が生き生きと働く会社をつくっていただきたいと思います。

お話を聞いた方

友野 典男氏

明治大学大学院 非常勤講師

1954年生まれ。早稲田大学商学部卒業。同大学大学院経済学研究科博士後期課程退学。2004年より2019年まで明治大学情報コミュニケーション学部教授を務め、2019年より現職。専門はミクロ経済学、行動経済学で、経済行動の心理的・社会的・生物学的要因とその経済への影響について研究。著訳書として、『行動経済学―経済は「感情」で動いている』(光文社新書)、『感情と勘定の経済学』(潮出版社)などがある。

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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