企業の成長を促す不動産との向き合い方 ~企業は不動産とどう向き合うべきか②

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企業不動産戦略とは、経営者として不動産などの生産資源をどのように投入するかを決定することです。

財やサービスを生産するときに、不動産や人材をどれぐらい投入して、利益・利潤をどれぐらい獲得していくのか。

不動産だけでなく、労働力や取引費用を同時に意思決定することが、企業不動産戦略の基本です。

企業は不動産の利用をどのように決定しているのか?

ある大手オフィス仲介のトップ営業マンに「どのように営業しているのか?」と聞いたことがあります。その営業マンは「企業の採用の広告を一生懸命に見ている」と答えました。求人広告には総務課の連絡先と担当者の名前が出ています。企業の総務課は人の採用だけでなく、オフィスの賃借、不動産の購入などの管理部門でもあります。「人を採用するということは、新しいオフィスが必要になるに違いない」と考えて営業をかけ成績を伸ばしたそうです。

企業不動産戦略には、土地市場の要素が入ってきます。企業は用途に応じた不動産の利用を考える必要があります。保有不動産が有効活用されているか。遊休資産になっていないか。経営者は状況に応じて考えなければなりませんが、そこまで目が届かない企業が多いのではないでしょうか。

労働市場では、従業員の通勤も考慮しなければなりません。企業は基本的に従業員の交通費を負担しているため、従業員の自宅から近い場所にオフィスがあれば交通費を節約できますし、また通勤しやすければ優秀な人材の採用にもつながります。

かつて企業は社宅や寮を保有することで実現していましたが、最近はあまり行わなくなりました。また、ある大手IT企業では、JR中央線沿線に人と企業を配置する戦略を取ることで同じ効果をあげようとしていました。

オフィスがどのようなエリアに立地するかで人材の採用に違いが出るため、最近では東京ミッドタウン、六本木ヒルズ、丸の内・大手町といった場所には良い人材が集まりやすい。そう考えて不動産戦略を立てている企業もあります。

こういう要素を全て考えるのが企業不動産戦略です。企業の競争力や優位性は、不動産からも生み出されているのです。

企業はどこにオフィスを持つべきか

「不動産をどこに持つのか、どこにオフィスを構えるのか」という立地戦略を考えてみましょう。

「企業の立地選択とは、製品差別化を行う方法である」と、経営学者のマイケル・ポーターは言っています。企業は「利潤」を最大化するように行動しますが、「利潤」の源泉である「売上高」は、土地や労働力だけでなく、取引や情報交換の頻度も影響します。製品はマーケットに近くないと売れません。顧客との付き合いでも距離が重要です。

企業がよい人材を得るには高い費用がかかりますが、この場所で働けるならこのぐらいの所得でよいと考える人もいます。ブランドの高い場所で働いている人は、相対的に給料が高くなりますが、一方でその分は、よい立地でよい人材を採ることで節約できている面もあります。

土地市場では、企業は高い収益を得ることができる土地利用を選択しなければなりません。労働市場では、CBD(Central Business District=中心業務地区)から住宅地までの距離が近いところでは通勤費用が小さくなる分、賃金は安くなりますが、地代は高くなります。

では、企業の立地条件をどう考えるか。取引費用が小さい産業や部門は、CBDの中心に立地する必要はないでしょう。むしろ家計部門の立地に近い郊外の方が効率的ですし、従業員の通勤時間を短くすることで、通勤費用も節約できます。

一方で、取引費用に差がある部署や営業部門と開発部門など異なる産業が集積したり、同一の産業が集積したりすることで通常以上の力を発揮するといった「集積の利益」もあります。

今後、デジタル技術が発達するとオンライン化が進み、対面である必要がないというケースが出てくるかもしれません。最近のコロナショックによって在宅勤務が加速化しましたが、これからも続くのでしょうか。となると、オフィスが都市の真ん中にある必要がなくなりますが、本当にそうでしょうか。

実は、このような議論は30年前からありました。当時の郵政研究所と私が在籍していた東京工業大学の研究室で、テレコミュニケーションが進化した際に「サテライトオフィス市場は成長するか」という研究を行っていました。

結論は「成長しない」。次のような仮説でした。

日本人は、上司と部下の「構う・構われる」関係が好ましいと考えているのではないか。それが昇進の重要な条件にもなっている。そうであるなら、どんなにサテライトオフィスや分業が生産に対してプラスに働くとしても、やはり人々は集まりたがる。部活動なんかの先輩・後輩の関係を引き継ぐだろう。

日本企業では「会社に行くことが仕事になっていた」といえます。会社で何をするかよりも、上司と部下にとって「構う・構われる」方が大事なのです。上司はマネジメントした気になれ、部下は働いた気持ちになれる。そして、そこから何も生まれないとしても「構う・構われる」関係を重視している企業では、都市の真ん中に集まらざるを得ないことになります。

企業のCRE戦略を定義する

企業不動産戦略を定義すると「取引費用、地代、所得の3つのパラメーターを変数として、最適な立地戦略を策定すること」です。これを「第一定義」といいます。しかし、そこに非効率が発生すれば修正するように企業は行動しなければなりません。

企業不動産戦略を修正する

企業不動産戦略は、どのような場合に修正しなければならないのか。企業は永続性を前提として行動し、一時的な最適化ではなく、その時々での最適化が要求されます。

不動産には耐久性があります。放っておくと陳腐化し償却していくので、長期的に修繕をしながら生産を維持していく必要があります。さらに労働市場や不動産市場、コミュニケーション費用も変化します。

企業不動産戦略の「第二定義」は「時間の経過とともに発生する企業のライフサイクルと不動産のライフサイクルの不整合を解消すること」です。状況変化に応じて資源配分の最適化を行うことです。

単純な問題として、不動産を所有すべきか、または賃貸すべきかを考えてみましょう。

不動産を所有するコストは「ユーザーコスト」といいます。それには「利子費用」や「減価償却費」があり、不動産価格が上昇すればプラスの利益になりますが、マイナスは大きな損失になります。また、「税金」として、固定資産税や都市計画税、特別土地保有税がかかります。

「ユーザーコスト」は賃料と一致するというのが新古典派経済モデルの考え方です。確かに効率的な市場が成立するのであれば「ユーザーコスト」と賃料は一致するはずです。

しかし、不動産市場は効率的ではなく、流動的でもありません。同質の財が存在しないため、代替する場所も存在しません。どうしても丸の内、どうしても銀座でなければダメという企業もあるでしょう。特別な立地が必要であっても借りられない場合が多いので、そうしたケースでは保有戦略を執ります。

一方で、事業規模の変更が大きいアーリーステージの企業は、事業規模の変更がともなう可能性が高いので、賃貸がよいでしょう。この場合は撤退費用(sunk cost)も最小化できます。

企業不動産戦略には、不動産市場の変化も加わるので、複雑な要素を複層的かつ重層的に組み合わせて意思決定することが求められます。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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