AIが行う予測と、最善の判断 ~企業はAIとどう向き合うべきか⑧

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判断の価値

前回 、意思決定をする伝統的なAIのツールとしてあげた決定木(Decision Tree)の事例では「雨が降る」予測は「4分の1=25%」でした。この確率25%という予測の精度が上がれば上がるほど、判断の価値は高くなります。判断基準は「特定の環境のもとで、特定の行動によってもたらされる報酬」です。AIが予測する機会が増えると、人間は判断する役割だけに専念できるようになり、さまざまな行動に対する報酬を考える余裕が増えます。

AIが最も利用されている業界としては、金融があげられます。金融機関では、融資の実行の際は人間が判断をしていますが、その判断が人によって変化してしまっては、企業としての整合性が取れないばかりか、個別性が強くなりすぎてリスク管理ができなくなってしまいます。クレジットカードや銀行の口座管理における「不正の判断」では、AIが予測と判断を同時に行い、高い効果が見られるようになってきました。クレジットカード利用で異常を検知(予測)すれば「利用を停止する」、正常と検知すれば「利用を継続する」という判断を行っています。クレジットカードの正常な取引を「合法」、本人ではなく犯罪に絡むような取引を「不正」とすると、経営者はAIに「不正」取引を検出させることで、クレジット会社の損失を最小にしたいと考えています。

AIが合法を合法と予測し「承認」する。これが、圧倒的に多い正常状態です。承認によってシステムは取引してもよいと判断します。しかし、合法を不正と予測して拒否することもあります。以前、私はクレジットカードを止められる経験をしました。コロナ禍で在宅勤務が増えるなか、高額な椅子を続けて2つ購入したのです。私の今までのクレジットカードのレコードで「高額の支出をしない」「椅子を購入したことがない」など、通常とは異なる支出が2回連続して起こったので、正常状態から乖離しているという判断をして、カードが停止されたと予想しています。合法な取引で拒否された人は不満を持つでしょう。それによってクレジットカード会社との契約をやめてしまうかもしれません。それは「損失」となります。しかし、不正を不正と予測して、拒否するのはよい判断です。不正によって発生する損失を回収する費用を節約できます。逆に、不正なのに合法と間違えて予測して承認すると、回収費用が発生します。

このようなAIは、不動産業界では、賃貸事業での入居審査などで応用されています。間違って家賃滞納をしてしまう人を入居させてしまうと、大家さんは損失を被ることになります。また、間違って滞納しない人まで入居を拒否してしまえば、本来得ることができた利益を逸失してしまいます。

クレジットカード会社は、不正か合法かを予測して、取引を「拒否(Decline)」するか「承認(Accept)」するかを判断します。拒否して合法だった確率を10分の1とすると、拒否して不正だった確率は10分の9です。このときは損失を回収する費用が削減できますが、承認して違法だったときは、回収費用が発生します。

これまでは単純なケースで「不正の判断」について考えてみましたが、10の行動と20の潜在的な状況が存在する場合には、200の結果を考えなければいけません。組み合わせが複雑になった分だけ、判断しなければならない要素が増えます。これを「人間が判断できるのか?」という大きな問題に直面します。

この場合は「認知コスト」を考えます。見返りを評価する作業にともなうコストは、ほとんどは「時間」です。人は、時間をかけて熟慮して物事を判断します。自分が本当に達成したいことは何か。顧客を不満にさせたら、どのようなコストが発生するのか。そのことをよく考えて反省し、他人に助言を求めて意思決定していくことが極めて大切になります。

経済学では「機会費用」というツールがあります。例えば、自分のパートナーに1万円をプレゼントしようとするときに、そのまま1万円のお金をあげるのと、パートナーがほしいと思うモノを手に入れてプレゼントをするのと2つの選択肢があります。一般的に人は、苦労して買ってもらった1万円のプレゼントのほうを喜ぶでしょう。そのときの見返りを「時間」と考えた場合、AIはどうしたら時間を節約して最大のパフォーマンスを実現するかを考えることができます。しかし、AIには時間を消費してプレゼントを選ぶ「過程」を大切にすることはできません。

最善の判断とハードコーディング

企業経営では、リアルタイムに判断することが難しい場合があります。解決策として、その意思決定をハードコーディングする方法があります。それは、企業のなかに、意思決定の1つの基準として、システムなどに入れ込んで書き換えられないようにしておくことです。

「機械の限界と目的を理解する」ことについて、トロント大学のアジャイ・アグラワル教授は「機械は将来起こる可能性について予想するが、目的を理解したうえで将来の行動を決断するのは、今後も人間の役割だろう」と言っています。AIが目的を理解したうえで、将来の行動を決断する。これは今の段階ではさすがに無理です。

機械の予測力が向上すると、判断をあらかじめ設定しておくほうが便利になります。これを判断の「ハードコーディング」といいます。私が投資運用委員会の委員を務めた、ある大手損保会社では、投資対象を選定するときに「ハードコーディング」されたネガティブリストがありました。このリストに抵触する対象への投資は、原則として行えません。

ただ厄介なのは、判断をプログラム化して機械に人間の役割を任せるだけでは十分ではないことです。判断の根拠として提供される予測の正確さを、担保する必要があります。そのためには、予測が正しくても間違っていても、人間による判断はかならず必要になってきます。不確実な状況では「特定の判断からどのような見返りが得られるのか」を判断するコストが高くつくからです。

前回 の繰り返しとなりますが、AIの予測を最大限利用するためには、「報酬関数の設計」が重要になります。そのためには、企業の組織やニーズとともに、組織の能力を理解する必要があります。企業からはDX事業部やテックチームを立ち上げたいという相談を受けますが、その企業の組織とその能力が分からないと適切に回答できません。

予測の対象となるものの数が多すぎて、見返りをあらかじめ判断するのにコストが掛かりすぎるケースもあります。そのときには、見返りの基準が重要になります。「最善」とは何か?を考えながら報酬関数を設計します。

アグラワル教授は事例として、「Zip Recruiter」という企業が提供するサービスについて書いています。新興企業のZip社は、自分たちが提供するサービスの価格設定についていくらが最善なのか、なかなか決められませんでした。新規事業の立案で、失敗しがちな原因の1つが「価格設定」です。どんなによい商品でも価格が低すぎると利益は最大化できないし、高すぎるとライバルに負けてしまいます。

価格設定の考え方は、1円でも安いほうがよい市場では、価格を低くしなければ競合に負けます。商品の性質を判断して買ってくれる市場なら、価格を低くする以外のやり方もあります。Zip Recruiterでは、シカゴ大学と協働して価格設定を決めたようです。

AIを開発するときに、私たちは何を考えなければならないでしょうか。企業にとっての「最善」とは収益の最大化でしょう。しかし、企業によって短期収益の最大化を求めるのか、長期収益の最大化を求めるのかは異なります。予測マシンは人間のためのツールであり、機械が自動的にそれを計算してくれるわけではないのです。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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