ワークフローと決断を分解する ~企業はAIとどう向き合うべきか⑨
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「弱いAI」と経営者の判断
AIビジネスにおいて、人間と機械はどのように分業していけばよいのでしょうか。
SF(Science Fiction)の世界に登場する「鉄腕アトム」や「ドラえもん」などのロボットは、人間以上の力を持ち、まるで人間のように振舞っています。このような完全なAIを「強いAI」といい、いずれ機械が人間に置き換わるようになるかもしれません。しかし、現時点ではAIはそこまでのレベルには至っていません。人間の領域に達するようなAIが開発されるには、まだまだ多くの時間がかかるでしょう。現在のAIは、予測マシンを使って、一部の決断ができるだけの「弱いAI」です。企業としては、そのような「弱いAI」をどのように装着していくのかを考えなければなりません。
具体的なケースを考えてみましょう。「わが社は、不動産流通会社としてトップ5の地位を築いてきた。最近、不動産テックという言葉を聞くようになってきたが、不動産業界や不動産市場は、最もテクノロジーの導入が遅いといわれている。AIの力を借りて、一気に競合との差別化を図りたい。何をしたらよいのか」。これは大小問わず、多くの経営者からしばしば私が受ける質問です。
米国で始まったRe-Tech(不動産テック)は、本当に業界を変えていくのでしょうか。確かに、「不動産テックが、不動産業界の構造を一気に変えるのではないか」ともいわれています。古い産業が淘汰されながら、新しい産業へと塗り替えられようとしている現象が、現在米国で起こっています。それは米国だけではなく、ドバイを中心とした中東諸国、さらにトルコ、欧州でも、そのような動きがドラスティックに起こり始めています。
上記の問いを与えられたときに、ある部長が、このような報告をしてきたことがあります。「米国のA社では、全米のすべての住宅価格を予測しているそうです。契約後の事務もすべて機械でできてしまうようです。そうすると、営業マンはお客様対応だけに専念できるので、業績アップ間違いなしです」。この部長の判断は正しいのでしょうか。長期的に見ると、AI導入は業績アップにつながるのか。価格予測と事務作業をAIに任せて本当によいのか。経営者は、このようなことを判断していかなければなりません。
ワークフローを分解する
世界的にAI研究が進んでいるトロント大学ロットマン経営大学院のアジャイ・アグラワル教授の著作『Prediction Machines』では、AI導入のプロセスを示しています。
まず「予測」から始まり、「意思決定」ができるようになる。それに基づいて、どのようにツールをつくっていくのかという段階になります。重要なのは、AIツールをどのようにつくって、企業に装着していくのかです。AIツールをつくることではなく、新しい技術があるとすれば、それを現在の事業のフローの中にどのようにセッティングしていくのかということが重要なのです。つまり、会社全体のデザインから考えなければなりません。
最初に企業のワークフローの分解から考えてみましょう。いまや世界中で始まっているAIやIoTなどのデジタルテクノロジーによる改革は「第四次産業革命」といわれていますが、その前に私たちが経験したのが「IT革命」でした。ノーベル経済学賞を受賞した著名な経済学者であるロバート・ソロー氏は、1987年7月の雑誌『The New York Review of Books』で、「コンピューター時代の到来をあらゆる場で目にするが、生産性の統計だけは話が別だ」と述べています。
コンピューターが、社会に装着されるまでには長い時間がかかりました。何が問題で時間がかかったのか。では、「AIではどうなるのか」という疑問が生じます。コンピューターとは、演算処理が非常に得意なツールです。さまざまな用途に使われるようになってきて、いまやコンピューター無しにはほとんどの産業が成り立ちません。AIもまたさまざまな用途に応用できる汎用的なテクノロジーです。
AIツールは、仕事、職業、戦略だけでなく、タスク単位で設計する必要があります。「AIが人間に置き換わる」といわれますが、それは間違いです。仕事や職業を置き換えるわけではなく、小さなタスク単位でAIが機能を担ってくれるだけです。AIを上手く利用するには、タスク単位でAIを設計しなければなりません。タスク単位で意思決定を分解することは可能です。意思決定は、データに基づく予測と判断によって行うことができます。この集合体として、企業のワークフロー全体をとらえていく必要があるのです。
社員の仕事は、ワークフローが上手く実行されるように設計されています。仕事は、意思決定を行う役割を分担しながら行われていますが、仕事の中の一部をタスクとして切り出すと、タスクのひとつひとつの中で意思決定が行われています。タスク単位にAIを導入することで、企業のプロセス全体を再設計して、どの部分をどのように自動化できるか。その可能性を探る機運が高まっています。
AIツールがワークフローに及ぼす影響を考えていくと、大企業では数百の異なるAIを導入して、ワークフローにおけるさまざまなタスクの改善を目指しています。米Googleは、1,000種類以上のAIツールの開発に取り組んでいます。AIツールは、アグラワル教授によると、「AIによって従来のタスクは時代遅れになり、ワークフローから取り除かれていく」「新しいタスクが追加される」という2通りでワークフローに変化をもたらします。
AIによって仕事の一部が省力化されたり、代替されたりしても、新しい仕事は生まれてくるものです。そうすると、人間はどのような役割を担ったらよいのでしょうか。人間に対して要求される知識や技能が変化していきます。そうすると、新しいテクノロジーがどんどん生まれても、失業率が上がらなかったことが、それを物語っているでしょう。AIも例外ではないと思います。
決断を分解する
タスクの中には、複数の決断が含まれており、決断を分解する必要があります。タスク単位でAIが導入できると考えると、それぞれの企業のワークフローにおいてどのような決断が行われ、どの決断に対してAIが働くのかを見極める必要があります。複数の決断をタスクという形で取り出してきて、AIを導入することで企業の生産性を高めることが可能になるのです。
AIを大きく捉えて「何でもやってくれる」と考える極端な経営者も、「データがあるから、予測マシンをつくろう」と決断する経営者も、間違った判断をしていることになります。
現在のAIツールは、汎用的な人工知能である「強いAI」とは異なり、「予測のためのツール」であることをしっかり理解しなければなりません。自分自身の仕事の特定タスクにAIツールを利用すべきか否かを、どのように決断すればよいのでしょうか。どのタスクも中心を支えるのは複数の決断です。そこには何らかの予測的要素が含まれます。
タスクを複数の構成要素に分解することができなければ、そもそものAIの開発すらできません。いくらAIツールをつくってもワークフローに組み込むことができなければ、その投資は無駄になります。
決断を分解するにあたり重要なことは、タスクの分解です。最初にタスクの「行動=何をするのか」を明確にしたうえで、「予測=決断するために何を知る必要があるか」、「判断=異なる結果やエラーをどのように評価するか」、「結果=タスクの成功を測定する基準は何か」と、4つの要素に分解します。
タスクの「行動・予測・判断・結果」を支えていくための予測マシンをつくるには、「入力データ」「訓練データ」「フィードバック」の3つが必要になります。まず、予測アルゴリズムを実行するのに、入力データが必要となります。手元にそのようなデータがなければ、必要なデータを収集・生産しなければなりません。予測アルゴリズムを訓練するためには、実行するためのデータとは別に、訓練するためのデータを分けて用意する必要があります。さらに、予測アルゴリズムを改善するにあたり、結果をどのようにフィードバックして利用するのかが、最後のポイントになります。
企業がAIを導入する判断をするときには、決断を分解するために「予測・判断・行動・結果」を可視化していくことが必要です。そして、これを支える予測マシンを開発するための「入力データ」「訓練データ」「フィードバック」を定義していきます。経営者にとっては、その意思決定が重要になってきます。
著者
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。