AIツール導入と、仕事の再編
~企業はAIとどう向き合うべきか⑩
目次
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AIと人間の分業
AIツールの導入によって、仕事はどのように再編されるのでしょうか。将来的に人間が機械に置き換わってしまうことはありませんが、一部を機械が引き受けることで、人間が不要になるタスクが出てきます。しかし、人間に空き時間が生まれることにより補充されるタスクも出てきますので、これまで新しいテクノロジーが生まれても失業率が上昇することはありませんでした。
時代とともにタスクに対する評価は変化します。例えば、お札を数えるとか、タイピングをするといったタスクがそうです。かつての銀行では、お札を数える仕事が大事にされてきました。タイピングにおいても、特殊技術を持つ人間として高い評価を受け、「読み書きそろばん」といわれていた時代には非常に重要なテクノロジーでした。しかし、コンピューターが代替したことで、このような仕事の役割が失われ、人は異なる仕事へと割り振られていきました。
また、テクノロジーの進歩によって、経営層に求められる役割も変化しています。AIの導入に成功した企業でも、初めの段階では社員の激しい抵抗にあっていました。そうした状況に陥っても、経営者が正しい判断ができた企業は、飛躍的な成長過程に入ってきています。
経営者は、将来を見据えて判断しなければなりません。AIと人間の分業により、人間と機械に対する評価は相対的に変化していくでしょう。今後は、確実に機械の評価が上回るタスクが増えていくと考えられます。逆に、人間を大事にしなければならないタスクも変わっていくだろうと思います。
仕事の再編にともなうタスクの自動化によって、連続性の欠けている部分を指すミッシングリンク(失われた環)にまつわる、さまざまな問題が出てくることも想定されています。非常に厄介なミッシングリンクが生まれると、仕事の再編において、根本的な制約がかかる恐れがあります。企業のワークフローをみていくなかで、そうしたミッシングリンクをAIが取り除くことができるのかが、ポイントとなってきます。
企業は、ミッシングリンクの発見と、AIの活用可能性を考えなければなりません。そのためには、企業のワークフローに精通している人がAIツールを設計することが重要です。経営者の役割は、AIツールの設計者が、過去に実績を有し、企業全体のワークフローを正確に知り得ているのかを判断することになります。
カナダのトロント大学のアジャイ・アグラワル氏の著書『Prediction Machine』では、1986年の米国スペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発事故を取り上げています。それは、1つの小さな部品の故障というミッシングリンクを探すことができずに発生した事故でした。乗組員の尊い命が失われただけでなく、それまで投資してきた宇宙開発計画そのものの大きな負の遺産となりました。
企業も同様に、ミッシングリンクを探すことができずに、5年後10年後に社会から消えてしまう出来事は、これまで起きてきました。そして、これからも起こっていくだろうと思います。
「運転手」以上の存在
『Prediction Machine』では、スクールバスの運転手の将来について予測しています。特定のタスクを自動化したことで、仕事として重要であっても、従来は過小評価されてきたタスクがクローズアップされる可能性が出てきます。
イギリスのオックスフォード大学のカール・フレイ博士とマイケル・オズボーン教授は、2013年に出した著書『The Future of Employment(雇用の未来)』の中で、失われる職業について考察しました。スクールバスの運転手は、10年から20年後に自動化される確率が89%です。それは、自動運転技術が実用化されるからです。安全に運転する技術を考えた場合、人間であれば居眠りしたり、ミスしたり、体調が急激に変化したりすることがあります。そう考えれば、自動運転に代替していけばよいのです。
確かに、安全に運転する技術は自動化できるかもしれません。しかし、スクールバスの運転手は、生徒をピックアップして学校に送り届けるだけが仕事ではありません。スクールバスの中での秩序を保つように教育しなければなりませんし、生徒が安全にバスに乗り降りできるように誘導しなければなりません。自動運転によって、これまで注目されていなかった仕事がクローズアップされる可能性があります。
スクールバスの運転手に求められる仕事には、安全運転というタスクがなくなる代わりに、車内における秩序と安全の確保の役割が大きくなるという変化が生じます。自動運転の車が、車内の秩序と安全の確保もやってくれるわけではありません。自動運転技術は人間から安全に運転するというタスクを奪っても、仕事そのものを奪うのではないのです。
しかし、スクールバスの運転手に求められる資質は変わっていくでしょう。安全に運転することが重要なタスクだったときは、運転する技術が高い人が任務に当たってきました。そこが自動化されて、車内の秩序や安全の確保が重要になると、生徒をコントロールでき、管理が得意な教師のような人が適任であり、人の入れ替わりが生じることになります。
不動産業の実際
アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)不動産センターは、AIの研究拠点であるMITメディアラボと組んで、不動産業の仕事にどのような変化が起こるのかを研究してきました。2014年から4年間、MIT不動産センター長だったアルバート・サイス教授を中心に2017年にまとめた報告書『Real Trends: The Future of Real Estate in the United States』があります。
この報告書は6章で構成され、最初の1-2章で、社会がどう変わり、それに対応して不動産業界がどのように変わっていくのかを予測しています。次の3-4章で、建築物を作ることができる3Dプリンターといった技術革新のインパクト、スマートビルディングやIoT、センサーを使うことでどのような変化が生じるのかについて考察しています。
5章の不動産テックでは、不動産業としてワークフローを分解したときに、それぞれのタスクをどのように新しいテクノロジーに置き換えていくことができるのかを予測しています。テクノロジーは日進月歩で発達していくので、6章では、新しい技術が不動産業を常に変革し、それをフィードバックしながら企業の再編淘汰が進んでいくと予想しています。
不動産テックを1つの成功のドライバーとしながら、過去20年間成長してきた会社にLIFULLがあります。創業者で、代表取締役社長の井上高志氏は、テクノロジーに向き合い、その恩恵を受けながら成長してきた経営者です。LIFULLのケースより、テクノロジーを企業に装着させるときに、経営者が如何に重要な役割を果たすのかが分かります。
企業が自らのワークフローを変革させ、再編することができて初めて、AIは企業に恩恵をもたらします。企業はかつて、使い方がよく分からないままコンピューターを導入するなど、的確な投資判断ができませんでした。当時も、ワークフローをきちんと見直し、タスクを設定して、コンピューターに実行させることを定義できていなかったのです。
その後、時間の経過とともにさまざまなユースケースが、企業や業界、社会全体に積み上げられ、コンピューターが社会に浸透していきました。AIも同じだろうと思います。しかし、その速度は過去のテクノロジーの導入よりも速く、破壊的なエネルギーを持って、社会に装着されていくと予想しています。
著者
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。