THE EXPO 百年の計 in 埼玉 開催レポート

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目次

令和元年11月8日(金)第12回目の開催となる「THE EXPO 百年の計 in 埼玉」が埼玉県さいたま市のロイヤルパインズホテル浦和にて開催されました。

創業100年以上の企業が約3万3000社、創業200年以上に至っては世界全体の約56%を占める日本。
国の資産であり、国力の源泉ともいえる長寿企業の根幹にはいったい何があるのか?
埼玉県内に1000社近くある創業100年以上の企業─
そのなかから、豊かな「着眼力」「発想力」を発揮する老舗企業3社を迎え、
企業の長寿を可能にする “眼のつけどころ” を考察したシンポジウムの内容をレポートします。

プログラム

【第1部】

◆開会挨拶
関根 正昌(株式会社埼玉新聞社 代表取締役社長)
天崎 日出雄 (株式会社ボルテックス 取締役CMO、100年企業戦略研究所 所長)

◆基調講演
橋本 久義(政策研究大学院大学 名誉教授・客員教授)

【第2部】

◆パネルディスカッション
山田 登美男(有限会社清香園 四代目園主・代表取締役)
時田 巌(トキタ種苗株式会社 代表取締役社長)
永瀬 重一(株式会社永瀬留十郎工場 取締役社長)

◆コメンテーター
橋本 久義
川上 恒雄(PHP理念経営研究センター 首席研究員)

◆モデレーター
鈴木 ともみ (経済キャスター、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所 招聘研究員)

【第3部】

◆交流会

(総合司会)今村 恵理

シンポジウム写真撮影:永井 浩

開会挨拶

関根 正昌
埼玉新聞社 社長
天崎 日出雄
株式会社ボルテックス 取締役

開会に先立ち、主催者を代表して埼玉新聞社代表取締役社長の関根正昌と、ボルテックス取締役兼100年企業戦略研究所所長の天崎日出雄の2人が相次いで挨拶に立った。

まず関根は、「激動の100年を生き抜いてきた企業の経営者のお話を直接聞くことができるのは非常に興味深く、有意義なものになると確信している。これからは、提供するモノやサービスの質の向上を追求するのはもちろん、企業自体が魅力と地力をつけて仕事のやりがいをつくり、変化への対応力を強化することが何より問われる時代になっていくのではないか」と挨拶。

次に天崎は、「日本では、この10年間で100万社以上もの企業が消滅している。そうした厳しい経営環境のもとでは、並大抵の努力では100年以上も事業を継続できない。100年企業というのは日本が世界に誇るべき“生きた世界遺産” なのではないか。今日ご登壇の3社も日本にとって価値のある企業であり、その話を私もみなさんと一緒に聞いて勉強させていただきたい」と述べた。

基調講演

長寿企業が活躍する日本

橋本 久義
政策研究大学院大学 名誉教授・客員教授
1945年生まれ。東京大学工学部精密機械工学科卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。機械情報産業局鋳鍛造品課長等を経て94年退官、埼玉大学政策科学研究科(現政策研究大学院大学)教授に就任。定年後の現在も教壇に立つ。主著に『「町工場」の底力』(PHP研究所)。

3967社を訪ねて実感する社長たちの魅力

私は通商産業省(当時)に勤めていた32年前、毎週木曜日は必ず工場を見学に行こうと決め、これまで3967社の中小企業を訪ねてきました。訪問先の社長さんがしてくださる創業時の苦労話などが非常に興味深くて、26年前に役所を辞めたあとも足を洗えず、今日まで続けているわけです。

中小企業の経営者というのは面白い人ばかりです。彼らがもっている溢れるばかりの情熱、人を納得させずにはおかないド迫力は、大企業の社長とは類が違います。なぜ、中小企業の社長がこんなに魅力的なのか。はじめのうちは私にもわからなかったのですが、いつしか「なるほど」と思うようになりました。

大企業であれば、ぜひ入りたいという人が入社してきます。ところが中小企業は決してそうではなく、こう言っては失礼ですが、社員は何かの “偶然” で入ってきます。そんな “偶然”で入ってきた人に一所懸命働いてもらい、早く定着してもらわなくてはなりません。さらに、そういう人に、後輩の手を取って「オヤジ(社長)と一緒に頑張って日本一の会社にしていこうじゃないか」と言わせるには、やはり社長に人徳、魅力がなければなりません。そもそも中小企業というのは、社長に人徳、魅力がないとやっていけないのです。

変化することで生き残ってきた

日本は世界に冠たる長寿企業の国で、設立が古く現存する世界の企業10傑のうち9つまでが日本にあるという報告もあります。明治維新以前の創業企業数を都道府県別に見ると、ここ埼玉県は 106社で第 9位(2016年、帝国データバンク調べ)と、長寿企業が多い県と言えます。ではなぜ日本にこんなに長寿企業があるのか。

韓国銀行が2008年に発表した、日本企業の長寿要因等を考察したレポートでは、その要因として、「本業重視」「信頼経営」「透徹(とうてつ)した職人精神」「保守的経営」といったことのほかに、「血縁を超えて後継者を選ぶ」という日本独特のやり方も挙げています。

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない」「唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」。これはダーウィンの名言ですが、日本の長寿企業にはまさにこれが当てはまります。

たとえば、京都の福田金属箔粉(はくふん)工業は元禄(げんろく)年間の創業で、かつては屏風(びょうぶ)や仏壇などに使う金箔をつくっていましたが、ある時期から、いろいろな箔を電子技術に応用することを始めて最先端企業になりました。奈良県香芝(かしば)市にある五位堂(ごいどう)工業は、東大寺の大仏が建立(こんりゅう)された西暦 745年ごろの創業で、その大仏や釣鐘(つりがね)などをつくっていました。鋳物(いもの)製造というのは、御鋳物師(おんいもじ)というのぼり旗を拝領しないと営業ができなかったのですが、この会社では、工作機械鋳物という新分野に挑戦しながら御鋳物師の旗を守り続けています。

利益追求に囚われない
“身の丈経営” が長寿の秘訣

以前、ある方と、日本に長寿企業が多い要因について問答したことがあります。そのとき私が考えたことのひとつは、利益追求に囚われない “身の丈経営” の企業が多いからではないかということ。もうひとつは、会社が “社会の公器” としての役割を果たしているからではないかということでした。たとえば近江(おうみ)商人の「三方よし」。「売り手によし、買い手によし、世間によし」、つまり自分たちが儲けるばかりでなくお客様や社会も喜ぶような経営をやっていこうということです。
欧米企業は、利益追求を第一に考えるため、儲からなければ事業をやめてしまいます。それに対し日本の企業は儲からなくても、従業員を解雇しないで済むよう、新しいものに挑戦し、新しい技術を取り入れ、永続させていく努力をします。これが日本に長寿企業が多い3つ目の理由です。

それと、私が多くの中小企業を見てきてつくづく思うのは、社長が教育者だということです。ある会社では、従業員の帰省時に社長が手紙を渡し、「これをご両親の前で読んできたら、ボーナスを少し上乗せしよう」と言っています。その手紙には、「お父さん、お母さん、今日まで私を育ててくださり、誠にありがとうございます。私はいま、この会社で元気に働いております。これは、私からの心ばかりの品物です」と書いてあります。感謝の気持ちがあっても、いざ両親を前にすると照れ臭いものですが、この手紙を無理にでも読ませればご両親は泣いて喜びます。これは非常に理にかなったことですし、だからこそ、こういう会社は長く続いているのではないかと思います。

会社の永続的発展に欠かせない “融合力”

もちろん上場企業のなかにも長く続いている会社はあります。例えば、1590年創業の住友金属鉱山や、1602年創業の養命酒製造、1666年の創業で、木炭商から産業機器や工作機械のディーラーに転換したユアサ商事、さらに農機具販売から始めて、いまはやはり工作機械のディーラーとなっている岡谷鋼機(1669年創業)などは、非常に長い歴史をもっています。こうした上場企業を見ていくなかで、長く続くためのキーワードとは何かと考えると、それは「融合力」だと思います。

みなさんご存じのアントニオ猪木氏。プロレスを興行(こうぎょう)として成功させるには「テレビ放映」「興行権」「海外の有名レスラーの招聘(しょうへい)」の3つが必要だと言われています。いずれももっていなかった猪木氏が何をしたかというと、まさに「融合化」です。要するに、自分にはないものを他から借りてくる。そのひとつとして始めたのが、空手などの武術と争う異種格闘技です。2つ目が多彩な技で、彼は「延髄(えんずい)斬り」や「ジャーマンスープレックス」といった技を次々と開発してお客様に見せました。そして3つ目が宣伝方法の工夫で、リング外でも話題をつくってメディアに取り上げてもらい、興行収入を大きく伸ばしました。

最新のベンチャービジネスを見ても、みなさん融合化によって成功しています。世界で初めて合成クモ糸繊維を開発したSpiberの関山和秀さん。ミドリムシをエネルギーや栄養源にしようと研究しているユーグレナの出雲充(いずもみつる)さん。スマートフォンの画像処理研究に長年取り組んでいるモルフォの平賀督基(まさき)さん。みなさんに共通するのは、自分にないものを他人に求めて、それを融合させて会社を発展させている点です。

これまで見てきた100年企業も、他人の力をうまく使って新たな分野に挑戦したから、こうして発展してきた。それはこれからも同様だろうと思います。みなさんの会社も、ぜひ他人の力をうまく使いながら、100年企業をめざして発展していっていただきたいと思います。

パネルディスカッション

埼玉100年企業
「着眼力」が時代を拓く

パネリスト

山田 登美男

有限会社清香園 四代目園主・代表取締役

時田 巌

トキタ種苗株式会社 代表取締役社長

永瀬 重一

株式会社永瀬留十郎工場 取締役社長

コメンテーター

橋本 久義
政策研究大学院大学
名誉教授・客員教授
川上 恒雄
PHP理念経営研究センター
主席研究員

モデレーター

鈴木 ともみ
経済キャスター、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所
招聘研究員

100年企業に共通する信頼と誠実さ

鈴木 では、「『着眼力』が次代を拓く」というテーマでお話を進めてまいります。ここ埼玉県には 950社を超える 100年企業があるということで、私は埼玉県出身者としてとても誇らしく思います。

川上 数も素晴らしいのですが、もっと素晴らしいと思うのは、非常に多様である点です。日本全体を見ると、酒造や製菓、旅館が多いのですが、埼玉はそれに加えて永瀬さんの鋳物ですとか、山田さんの盆栽など、業種が多種多彩な印象を受けます。会社を経営する上で埼玉の優れている点をひと言ずつお聞かせいただけますか。

山田 私どもの仕事で考えると、水と空気、関東ローム層の土が、盆栽の培養、育成にとても適していて、いま、世界各国から注目されている場所です。

時田 新幹線のおかげで東京にもだいぶ近くなりましたし、東北方面からも非常にアクセスがいいので、優秀な人材を確保しやすいと思います。私どもは二代目である私の父の時代に大宮に移ってきたのですが、この決断は最高でした。

永瀬 現在の話ではないのですが、私どものいる川口には荒川が流れているために輸送が非常にしやすく、鉄を除く材料の調達にも川は重宝していました。そういう点で、川口は鋳物をつくりやすい町でした。

橋本 私は日本全国の産業を見ていますが、埼玉は本当にバラエティに富んでいて、100年企業に限らず優秀な企業が多いですね。やはり首都圏であることが大きなメリットなのだろうと思います。

鈴木 今年(2019年)公開された、埼玉を題材にした映画『翔んで埼玉』では荒川がひとつのポイントになっていましたが、産業を考えるうえでも川の存在は重要なのでしょうね。

橋本 東京は大田区から発展しましたが、それがなぜかというと、やはり多摩川を水運に利用できたからであって、それに沿って大企業とその下請けができたからです。埼玉でその役割を果たしたのが荒川です。

川上 埼玉には古い会社もあれば新しい会社も多いという印象を受けました。これは非常に重要な点で、産業が発展するには、老舗(しにせ)ばかりが多くてもダメで、やはり新陳代謝が必要だと思います。

鈴木 ここにいらっしゃる3社は100年以上続いていますが、川上さん、それにはもちろん要因があるということですね。

川上 はい。前回のシンポジウムを開催した京都では、伝統産業に見えながらも新しいことに挑戦している印象でした。その点、埼玉はどうなのか、ぜひお聞きしたいと思います。

時田 私は社長になって15年足らずで、100年企業の秘密を語るにはまだ早いのですが、祖父や父を見ていますと、正直である、真面目であることがとにかく大事だと思います。私が入社したとき、社長だった父から、掌(てのひら)に乗せたある種を見せられ、いくつか質問をされました。それがキャベツの種であることは想像がつきましたが、色や芽が出るまでどれくらいかかるかまではわかりません。そう答えると、父は「そうだろう。それでもお客様は私から種を買ってくれるんだ」と言いました。父が言いたかったのは、われわれはモノの前に人間を、信頼を売る商売なのだということです。それが、私がアメリカ留学から帰国して最初に学んだことです。

川上 モノの前に人間・信頼を売る、という言葉はとても印象的です。というのも、私どもPHP研究所の創設者である松下幸之助も「物をつくる前に人をつくる」と言っていたからです。企業は、儲けようと我(が)を出してしまうと、やはりよろしくない。人があってこそ信頼があるということなのだと思います。永瀬さんの会社は、やはり技術力が信頼されているのではないですか。

永瀬 私は六代目の社長で、会社を継いで今年で9年目です。私が子どものころ、先代の父が専務だったときに科学的なアプローチによる鋳物づくりを始めました。高価でも買っていただけるのは、誠実さでお客様の信頼を得たからだと思います。製品に不具合が少ない、あるいは不具合が出てもそれに対する対処の仕方が評価され、いまに至っているように思います。

橋本 先代の社長は、早稲田大学鋳物研究所、通称イモケン(現・早稲田大学各務(かがみ)記念材料技術研究所)のご出身で、科学的な鋳物づくりに取り組む若者グループのリーダーとして活躍された方です。永瀬さんの代になってからも、新しいつくり方にどんどん挑戦されているので、私は学生を連れて見学に行きます。鋳物というのは日本のまごころ、世界の宝だと思いますし、鋳物づくりにはまごころが生きています。

挑戦する姿勢は企業の永続に欠かせない

鈴木 まごころ、誠意というのが共通項として出てきている気がします。それはもちろん技術、技があってのことだと思いますが、まさに盆栽は技の世界ではないでしょうか。

川上 それに加え、盆栽には芸術の要素もあります。山田さんは長く事業を続けてこられた要因は何だと思われますか。

山田 私どもの初代は江戸・嘉永(かえい)年間に開業しまして、梅の香りを聞くという文化を追求しました。二代目は竹の盆栽を、三代目は石つきの盆栽をそれぞれ創作しました。そして四代目の私は、盆栽は大衆文化にならないとこれ以上の発展はないと考え、「彩花(さいか)盆栽」というものを開発しました。われわれに共通するのは、「感動を与えられる盆栽とはどういうものか」ということをつねに考えてきた点だと思います。

鈴木 いまのお話は、歴代の経営者の方々は、それぞれ着眼点を少しずつ変えつつ、理念や伝統のようなものは受け継いできたということだと思います。それと同時に、山田さんの彩花盆栽のようにご自身で新しいことに挑戦することによって、企業が長く続いているように思います。山田さんにもうひとつお聞きしたいのですが、長く続けるにはやはり収益を上げることが必要だと思います。そのために工夫されたことはあるのでしょうか。

山田 やはり新しい商品の開発はつねに考えなければなりません。かつて盆栽は男性の趣味でしたが、彩花盆栽はグループを中心に女性にとても人気があります。また、盆栽はいまでは世界中で認知されています。そこで私どものいる盆栽町では、さいたま市の力を借りて「大宮盆栽美術館」をつくり、海外のVIPや文化人の方々を迎え入れています。また、今後はさらに盆栽を大衆化して、都会のコンクリートのなかにもう少し余裕のある空気を送り込みたいという理念をもっています。植物というのは1000年生きますし、盆栽づくりの仕事は10年、50年、100年という単位で考える必要がありますから。

鈴木 時田さんの種の品種改良というのも、まさに 50年、100年単位の仕事なのではないですか。

時田 はい。祖父が社長だったのは食べ物がない時代でしたし、父のころは高度経済成長期でしたので、生産性を上げて大量流通に適した種の品種改良をする時代だったように思います。そして、私が社長になって着目したのが白菜でした。なぜ日本の白菜はこんなに大きいのか。調べてみるとどうやら流通の都合であることがわかりました。そこで小さい白菜の種を開発してみると、一般の消費者の方から「こういうものを待っていたんだ」と喜んでいただきました。小さな白菜は、「種の品種改良では、消費者が何を求めているのかを見て開発を進めるべきなのではないか」という単純な視点から生まれました。

川上 まさに今回のテーマである「着眼力」が大切であるというお話ですね。

時田 当社の歴史は 102年ですが、同業他社には創業 185年という会社もあって、この80年以上の遅れは、こちらが何か革新的なことを見つけないかぎり追いつけません。そのため、お金の無駄遣いになっても、われわれに与えられたものを最大限に活かし、違う方向に向かって一所懸命やってみるのもいいのではないか、というのが、私がめざす会社経営です。

長期的な視点で考えることの大切さ

鈴木 山田さんと時田さんのお話をうかがっていますと、新たなチャレンジとして、大衆化や顧客層の拡大、海外に目を向けるといったことが共通項だと感じられます。

橋本 野菜や花の種の品種改良に関する国際的な学会のようなものはあるのですか。

時田 はい。同業者の世界的な集まりがあり、ルールを決めたり、いま話題のゲノム育種について話し合ったりしています。また、当社の場合、売り上げの半分以上が海外ですので、そういう機会を利用して取引先と商談を進めます。

川上 いまのお話と関連しますが、品種改良と遺伝子組み換えは異なるものなのでしょうか。

時田 われわれの品種改良というのは祖父の時代から同じで、花粉を掛け合わせて、咲いた花から種を取って蒔(ま)き、いい花を選んでまたその花粉を取るというものです。一方、一般的に遺伝子組み換えと言われているのは、遺伝子が読める部分を変えることです。私は、読めるからといって好き勝手にやるのは危険なこともありうると思っていますが、アメリカではマネーゲーム的な側面もあって、短期間で利益を出そうとするために遺伝子組み換えをどんどん進めようという傾向があります。

鈴木 上場企業では四半期ごとの決算発表がありますが、時田さんご自身はマネーゲームのような経営は基本的によくないとお考えなのでしょうか。

時田 いえ、そうした経営は、それはそれで素晴らしいですし、私自身、アメリカの経営大学院ではそればかりやっていました。ただ、同時にこれを一生やっていくのは自分には合わないと感じました。そんなときに、祖父や父がやってきた “モノをつくる” ということが、お客様にも世間にも喜ばれる仕事だと思えてきて、この世界に入ったのです。品種改良は自然が相手で時間がかかるため、短期のリターンを望む投資家には割に合いません。その意味でも、私はずっと、この商売は同族経営が理想だと感じています。

鈴木 永瀬さんの会社は、新しい鋳物づくりのエキスパートである点が評価されていると思いますが、価格を高くキープしたままですと、経営が厳しい局面もあるのではないでしょうか。

永瀬 われわれの業界は短期で利益を出すというのとは逆行しておりまして、値段は高いが利益はあまり出ないという、三方が損をしてしまっているところがあります(笑)。やはりスピードではなく、地道に結果を出すしかないということです。川口の鋳物づくりで言いますと、かつて同業者は商売敵(がたき)でしたが、30社に減ったいまでは、自社でできない仕事は仲間にやってもらい、川口全体で仕事を受ける、全体で仕事を増やして鋳物を守るということを心掛けています。ただ、お客様に育てられ、教えられてきた鋳物づくりでは、同業者といってもお互い全然つくるものが異なるため、仲間に頼んでもつくれないということもあります。そのため、お客様には大きな投資をしてもらい、なんとか自社でつくらせてくださいと日頃からアピールをしています。それを理解してくださるお客様からは仕事がもらえます。私たちはひとつの種のような存在で、先代たちも長い目で育ててもらいたいと思いながら 100年やってきたのではないかという印象をもっています。

鈴木 老舗企業の経営者に聞きますと、精神的な部分、あるいはモラル、姿勢といったものを非常に大事にしておられる。一方で事業自体を変えていかないとなかなか続かないという面もあり、みなさん頭を悩ませておられると思います。時田さんはご自身で新しいプロジェクトを始められたそうですね。

時田 はい。日本で研究開発した種をヨーロッパで売ろうと、10年前にイタリアに会社をつくったのですが、これがまったく売れませんでした。それをイタリア人に指摘したところ、「売るのは簡単ではない。イタリアの野菜を日本で売ってみてはどうか」と言われたのですが、それも面白そうだと思って始めたのが「グストイタリア」というプロジェクトです。当時イタリアで流通していた野菜の種をすべて集め、日本で栽培したのですが、見事に全滅しました。イタリアで育つ野菜の種は、やはり日本の気候風土には合わなかったのです。社員からは無理だと言われましたが、無理だからこそ品種改良の余地があるのであって、誰にでもつくれてしまうものであれば改良する必要はありません。そんなところから地道に続けて、10年たってようやくいくつかの野菜は日本でも産地が広がり、みなさんの食卓にも届くようになったように感じます。日本の人口減少に合わせて野菜の消費量も落ちていくと予想されるなかで、まだみなさんが食べたことのない野菜で、さらに栄養があって健康にいいことがわかれば、消費量はもっと増えていく可能性はあるのではと思い、全社挙げてこのプロジェクトに取り組んでいます。

守るべきものは守りつつ変化に対応する

鈴木 最後に、ご登壇のみなさんにお聞きします。事業を長く続けていくために、経営者として “変えてはならないこと”と、“変えてもいいこと” を教えていただけますか。

山田 変えてはいけないものは、盆栽づくりでいえば、つねに“最高の品格” がある作品を目標に置くということです。また、時代のニーズに即して変化することも大事であり、それが変えてもいいことに当たると思います。

永瀬 変えてはいけないのは「誠実さ」だと思います。モノをつくるときの気持ち、姿勢です。鋳物づくりでは不良がたびたび出てしまうのですが、不良が出たら代わりのものをつくればいいのだと考えるのではなく、どうしたらきちっとしたものをつくれるかというアプローチをしながらつくることが大切だと思います。一方、変えてもいいのはつくり方で、ある方法にこだわるのではなく、いろいろな意見を取り入れ柔軟に対応することが必要だと思います。

時田 数字を追うな、ということかなと思います。私は、経営者としてはほぼ失格だと思うのですが売上目標というものを立てたことがありません。売上というのは、われわれがつくった商品をお客様が評価してくださった結果でしかないので、われわれが数字を追いかけてしまってはいけないと、つねに思っています。これは今後も変えないでほしいですし、やはりいいものをつくることに徹してもらいたいと思います。ただし、いいものというのは時代によって変わります。種の品種改良は10年かかるので、10年先に何がよいと評価されるのか、それをつねに考えて変えていくことは必要かなと思います。

橋本 100年企業を見てみますと、けっしてオンリーワンではない企業もたくさんあります。決められたものを、決められた手順できちんとつくるという企業も、オンリーワン企業と同じくらい大切なものです。日本の企業はつつましく、勉強を怠(おこた)らない、それでいて設備投資は惜しまない。だからこそ 100年続いていくのではないかと思います。

川上 報道によれば、2018年は企業の倒産件数が 2000年以降で最多を記録したそうです。ご登壇のみなさんはきちんと経営をされていて素晴らしいと思いますが、今後日本の企業には、自社によるイノベーションだけでなく、さまざまな異業種と融合することがキーになるように思いますし、そこが今後の展開における着眼点にもなるのではないでしょうか。

鈴木 じつは先ほどお3方のあいだで、何らかのコラボレーションが生まれそうなお話も出ていました。ご来場のみなさん同士でも交流が生まれ、埼玉の産業界が盛り上がっていけばいいなと思います。ご登壇のみなさま、ありがとうございました。

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