『読書大全』をひらく②~蜂の寓話

 

2021年4月に、『読書大全』という本を出版しました。人類の歴史に残る名著300冊をピックアップして、その内の200冊について書評を書いたものです。この300冊を、「第1章 資本主義/経済/経営」「第2章 宗教/哲学/思想」「第3章 国家/政治/社会」「第4章 歴史/文明/人類」「第5章 自然/科学」「第6章 人生/教育/芸術」「第7章 日本論」の7つに分けています。

この連載では『読書大全』の中から、企業の持続可能性に関わるものをピックアップして解説していきます。第2回は第1章から、『蜂の寓話』を取り上げます。

新訳 鉢の寓話新訳 蜂の寓話
バーナード・デ・マンデヴィル(著)
鈴木 信雄(翻訳)
日本経済評論社

 

「市場原理主義」という言葉があります。これは正式な経済用語ではありませんが、一般には、いわゆる新自由主義者たちが信奉する「市場機能を絶対視する経済思想」と理解されています。こうした市場機能に対する信奉はどこから生まれてきたのでしょうか。その嚆矢となったのが、『蜂の寓話:私悪は公益なり』(1714年)です。

本書は、オランダ生まれのイギリスの思想家バーナード・デ・マンデヴィル(1670年-1733年)による社会風刺の作品です。マンデヴィルは、重商主義で繁栄していたオランダのロッテルダムの名門の家に生まれましたが、英語を学ぶためにロンドンに渡って精神科の医師となり、そのままイギリスに帰化しました。

マンデヴィルは、1705年に風刺詩『ブンブンうなる蜂の巣』を書きますが、ここで見られる思想は本書に組み込まれて拡張されることになります。副題となっている「私悪は公益なり」という有名な表現から分かるように、その主題は、個々の蜂は一般的に悪徳とされる私利私欲を追求しているにも関わらず、それが結果としては、巣全体の利益につながっているという、逆説的な点にあります。

マンデヴィルは、社会契約説のホッブズやスピノザ、モンテーニュなどの影響を受け、人間の本性を理性よりも情念に見出し、自愛心の作用を強調することで、社会関係が成立する基礎を各個人の利益追求を動機とする相互的協力に求めています。

同時に、経済問題に関しても独自の考察を行っています。富める者の「悪徳」とされる奢侈的消費を、雇用を創出して経済発展を促すものであるとしてその重要性を強調する一方、貯蓄という道徳的な活動を不況の原因だとしています。こうしたマンデヴィルの思想から想起されるのは、アダム・スミスの『国富論』にある、市場経済についての有名な、「(神の)見えざる手」です。

伝統的な道徳観念を否定するようなマンデヴィルの思想は、宗教家を中心とする同時代の知識人たちの激しい非難の対象になりましたが、それにも関わらず、18世紀を代表するハッチソン、ヒューム、スミスのようなスコットランドの思想家たちに大きな影響を与え、今日まで受け継がれることになりました。

著者

株式会社ボルテックス 100年企業戦略研究所 所長堀内 勉

多摩大学社会的投資研究所教授・副所長
東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長を経て、2015年まで森ビル取締役専務執行役員CFO。田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、日本CFO協会主任研究委員 他。
2020年7月、株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所所長に就任。
ライフワークは資本主義とソーシャルファイナンスの研究。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、東洋経済などで複数の書評を連載している。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)