マルサスの罠とは?『人口論』の背景と影響、その後の展開~『読書大全』をひらく⑤

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人口論
トマス・ロバート・マルサス(著)
斉藤 悦則(翻訳)
光文社古典新訳文庫

人口問題に最初に焦点を当てたマルサスの『人口論』

未来というものは不確定なものであり、その可能性は将来に向けて開かれているというのが、量子力学の不確定性原理から導かれる現時点での現代科学の結論です。しかしながら、将来的にある一定の事象が起こる蓋然性が高いか低いかということを、確率的に推測することは可能です。

つまり、サイコロを振って、次に出る目が1なのか2なのかを当てることはできませんが、どの程度の確率で1や2の目が出るかを予測することは可能だというようなことです。

未来という問題について、長期の経済予測に目を向けてみると、最も信頼性が高いパラメーターは「人口」です。日本では超少子化による急速な人口減少が深刻な問題となっていますが、人口動態については、社会の年齢構成と出生率から、かなり正確に予測することができます。そうした意味で、日本社会の今の深刻な状況は、何十年も前から分かっていたことだと言うことができます。

この人口という問題に最初に焦点を当てたのが、『人口論』を著したイギリスの古典派経済学者トマス・ロバート・マルサス(1766年-1834年)です。

本書の序文で、マルサスは次のように述べています。

「人口はつねに生活物資の水準におしとどめられる。これは明白な真理であり、多くの論者が指摘していることでもある。しかし、私の知るかぎり、人口をこの水準にとどめる方法については、誰も特別に研究していない。」

人口を研究し論じられた「マルサスの罠」

マルサスは、人口を研究することで、「幾何級数的に増加する人口と算術級数的に増加する食糧の差により人口過剰と貧困が発生するのは必然であり、社会制度の改良では回避できない」とする「マルサスの罠」を提唱しました。

当時のイギリスでは、社会改良による貧困の救済が主張されていましたが、マルサスは人口の原理を示すことで、社会は貧者を救済できないし救済するべきではない、救貧法は貧者に人口増加のインセンティブを与えてしまうとして、貧困の救済や社会福祉的な改革を批判しました。これは、「戦争、貧困、飢饉は人口抑制のために良いし、食糧不足による餓死は人間自身の責任である」という、現代の基本的人権のひとつである生存権の否定につながる思想です。

「マルサスの罠」の影響とその後の展開

こうしたマルサスの理論は、チャールズ・ダーウィン(1809年-1882年)の進化論を支える思想にもなりました。ダーウィンは、自然界ではマルサスの言う通りの自然淘汰が起きるため、生存競争においては有利な個体差を持つものが生き残り、子孫は有利な変異を受け継ぐと結論づけました。

しかし、「マルサスの罠」は食糧生産における技術革新(イノベーション)を考慮に入れない理論であったため、その後の実際の世界の人口動態は、彼の予想とは全く別の動きを見せることになります。1906年に化学反応でアンモニアを生産するハーバー・ボッシュ法が開発されたことにより、化学肥料が安定的に供給されることになり、単位面積当たりの穀物の収穫量が飛躍的に増大し、実際には人口増加を十分に支えることができたのです。

人口動態に基づき未来を予測したドラッカー

この人口動態の考えを経営学に適用したのが、「現代経営学」あるいは「マネジメント」 の発明者と呼ばれるピーター・ドラッカー(1909年-2005年)です。

ドラッカーは、『イノベーションと起業家精神』の中で、「人口、年齢、雇用、教育、所得など人口構造にかかわる変化ほど明白なものはない。見誤りようがない。予測が容易である。リードタイムまで明らかである」として、企業人、経済学者、政治家は、意思決定を行う際には、まず人口構造を分析すべきだと考えました。

そして、人口構造の変化に備える時間は十分にあり、その変化を捉えることこそがビジネスチャンスであるにもかかわらず、多くの企業人が人口構造の変化をチャンスにするどころか、事実としてさえ受け入れないと指摘します。逆に、人口構造の変化を現実として受け入れる者、その新しい現実を自ら進んで受け入れる者は、長期にわたってビジネスの果実を手にすることができるとして、次のように語っています。

「人口構造の変化が実りあるイノベーションの機会となるのは、既存の企業や社会的機関の多くが、それを無視するからである。人口構造の変化は起こらないもの、あるいは急速には起こらないものとの仮定にしがみついているからである。」

このように、人口動態に基づいて未来を予測したドラッカーは、「未来学者(フューチャリスト)」と呼ばれることがあります。しかし、自らは人間によって作られた環境に関心を持つ「社会生態学者」「観察者」「文筆家」を名乗りました。つまり、自分は未来の預言者ではなく現実の観察者であり、過去と現在を見比べて、既に起きつつあることの予兆を捉えて解説しているのだと考えたのです。

2021年4月に、『読書大全』という本を出版しました。人類の歴史に残る名著300冊をピックアップして、その内の200冊について書評を書いたものです。この300冊を、「第1章 資本主義/経済/経営」「第2章 宗教/哲学/思想」「第3章 国家/政治/社会」「第4章 歴史/文明/人類」「第5章 自然/科学」「第6章 人生/教育/芸術」「第7章 日本論」の7つに分けています。

この連載では『読書大全』の中から、企業の持続可能性に関わるものをピックアップして解説していきます。

著者

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学社会的投資研究所所長。 東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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