日本人の覚悟が問われるコロナ後の社会と企業経営①

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※本記事は、『時局2021年1月号「現代を斬る」(発行:時局社)』に掲載された、100年企業戦略研究所所長堀内勉へのインタビュー記事です。

金融業界などでの経験を経て、社会的な課題解決や目的達成という社会的価値実現のための金融、ソーシャルファイナンスと資本主義の研究をライフワークとする堀内勉氏。コロナ禍を乗り切り、自分の人生を生き抜くために求められることを見つめる。

―― 堀内さんは日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビルに勤務されたのち、現職(多摩大学社会的投資研究所教授)に就かれていますね。

堀内 学者には、いわゆる研究者から教員になる人と、私のような実務家教員の2種類がいます。後者はビジネススクールに多いタイプで、実社会で培った経験を学問的に再整理して社会に還元していくという役割です。

―― ライフワークにされているのは資本主義とソーシャルファイナンス(社会的金融)の研究とのことですが。

堀内 私は出だしが日本の銀行でしたが、大学を卒業して就職するとき、銀行に入れば仕事を通して間接的に世の中の役に立てるのだと無邪気に信じていました。しかし、14年間銀行にいて強く感じたのは、「銀行というのは世の中の役に立っていないのではないか」というシンプルな疑問でした。自分にはそれを否定できるものがなかったし、周りにも「銀行はこういうふうに世の中のために役に立っている」と言える人はいませんでした。

それで、日本で金融危機が起こったとき、「どうせ金融をやるなら、お金を儲けるのが筋だろう」と外資系証券会社に転職。確かにお金を儲けることが正義だという世界でしたが、金の多寡ですべての価値が測られるのがむなしくて、それで街づくりを事業にしている森ビルに転職し、「金融はもうやめよう」と思ったのですけれど、そこで出会いがありました。

森ビルではCFOとして財務を見るほか、六本木ヒルズの49階から上にある複合文化施設「森アーツセンター」(森美術館、東京シティビュー、森アーツセンターギャラリー、六本木ヒルズクラブ、アカデミーヒルズ)を担当。その中のアカデミーヒルズで結構若い起業家たちと知り合う機会があり、クラウドファンディングとかも含めて金融で世の中の役に立ちたいという人がいたんです。「そういう言葉を久しぶりに聞いたな。金融で世の中の役に立ちたいと、真剣に考えている人がいるんだ」と。

―― かつて抱いていた思いを思い起こされたわけですね。

堀内 当たり前ですけど、お金というのは経済の血液ですから、それが循環していなければ死んでしまいます。私が以前仕事で行っていた大企業金融というのは、信用力のある大きな会社にお金を貸し、利息が返ってくることだけを考えていましたが、本当に世の中の必要なところにお金が回っているのかを真剣に考えて、そのための仕組みを作ろうとしている人たちがいるのを見て、本当に世の中の役に立つ金融とは何かを、もう一度真面目に考えてみようと思ったんです。

ちょうど企業の経済的価値を高めることを目的とする「コーポレートファイナンス」に相対する言葉として、社会的リターンの実現を目指す「ソーシャルファイナンス」という言葉自体が世の中に出てきたタイミングで、私は金融の経験があり、事業会社で財務の担当もしていたし、これを自分の研究分野にしてみよう…と。そうして多摩大学で社会的投資研究所というのを立ち上げたのが2018年6月。実際に活動を開始したのが翌年1月です。

〝貧すれば鈍す〟の現状

―― コロナ禍によって今日の社会の危機対応能力の脆弱さが露呈したことで、ソーシャルファイナンスは今後、重要性を増すと思われますが、コロナ前の社会の問題点をどう捉えておられますか。

堀内 いろいろな意味で社会や企業が限界に達してしまって、「煮詰まっている」という状態になっていたと思います。コロナ自体はもちろん、大きな災厄ではありますが、われわれはこれを機会に立ち止まって自らの生き方を問い直してみるタイミングに来たということでしょう。

1918年から1920年にかけて世界各国で多くの死者を出したスペイン風邪の時は世界人口が18億人くらいと推計されています。今回は78億人ですから、100年で人口はおよそ4倍になっていて、加えてグローバルな人口移動も飛躍的に増えています。どんな動物でもそうですが、人口が密になれば集団感染のリスクは高まるわけで、われわれの生活のあり方自体を問い直す時期に来ていたのではないでしょうか。

―― 加えて近年は経済でも何年かに一度の頻度でクラッシュが起きています。

堀内 ええ、「成長、成長」と言っている割に、今の仕組みではつじつまが合わなくなってきて、だましだましやっていくのも難しくなってきたのが今の時代だと思うのです。そこにコロナ禍が起きたことで、「もう無理だ」と。

皆がなんとなく豊かになっていけた時代なら、「あなたもハッピー、私もハッピー」となりますけど、全体のつじつまが合わなくなって、相手と自分との間がゼロサムみたいな関係になってくると、「貧すれば鈍す」で、相手のことを考えている余裕はなくなり、「自分さえよければいい」と、身もふたもない本音が表に出てきてしまっているのが、今の状況でしょう。それをやってきたのがトランプ大統領で、彼があそこまで支持されたのは、やっぱりそうした考え方が人々の心に響くものがあったからだと思うのです。

―― 今回の事態から学ばねばならないことは何だと。

堀内 国際的な連携がますます必要になっているということです。『サピエンス全史』で有名なイスラエルの歴史家ハラリが言うように、今回のコロナ禍を単にコロナウイルスに対して勝ったとか負けたとか言うのではなく、未来の選択はわれわれ自身の選択にかかっているのだということをよく考えるべきなのだと思います。ウイルスが地球上から無くなることはありませんし、今回のようなことはこれからも頻繁に起きると思います。それが起きるかどうかが問題なのではなく、それに対してわれわれがどう対処するかが問題なのです。

『夜と霧』の著者ヴィクトール・E・フランクルは、人間にとっては苦しむことや死ぬことにさえ意味があり、自分にしか引き受けられないその一回限りの運命とどう向き合うのかが重要なのだと言っています。そして、人生はどのような状況にも意味があるのだとしています。人間というのは、常に「生きる」という問いの前に立たされていて、それに対して実際にどう答えるかがわれわれに課された責務なのだと。フランクルは、古代ギリシア・ローマのストア派哲学の考えを学んでいたといわれています。ストア派的に言えば、人類にコロナ禍が起きたかどうかが問題なのではなく、コロナ禍にわれわれがどう対処したかが重要で、わかりやすく言えば、今回のアメリカの大統領選に見られたように、「分断」か「協調」かを選ぶのはわれわれ自身であって、コロナウイルスがそれを選択するのではありません。

コロナ後の企業の変化

―― コロナが日本の社会と日本の企業に与える影響はどうでしょうか。

堀内 潜在的にあった問題が今回のことで顕在化したというのはよく言われていますが、私自身もまさにそうだと思っています。

一歩引いて全体を俯瞰して見れば明らかにおかしいことでも、その中に長年身を置いているとわからないことはたくさんあります。例えば、なぜ1時間半もかけて東京の郊外から満員電車に揺られて毎日都心まで通勤しなければならないのか? こうした当たり前の疑問さえ許さない感じがコロナ前にはありました。しかし、これからは一部の人々は声を上げると思いますし、それに呼応する経営者も増えると思います。他方、変わらないことをもって良しとしている企業も多いように感じており、企業のあり方や人々の生き方は、大きく二極化あるいは多極化していくと思われます。

私は軽井沢と東京の2ヵ所居住なのですが、最近はほとんど軽井沢にいて東京には所用があるときしか帰っていません。周囲をみると結構大きな企業の役員もリモートワークしていたり、社員に「会社に出社しなくていい」と言っている企業も結構あって、軽井沢にはリモートワークの拠点もたくさんできています。片や「とにかく出社しろ」と社長が号令をかけて社員に出社させている企業も結構あると聞きます。そういうことが同時に起きていて、これまでのように世の中の皆が同じ行動をとるということではなく、同時に真逆の行動をとる人がいろいろなところで出てきているのです。

―― 職業ではなく、会社ごとで働き方に大きな違いが出ると。

堀内 そうです。エッセンシャルワーカーは出社しなければいけなくて、頭脳労働者は出社しなくていいとか、そういう話ではありません。会社単位で出社しなければいけないところと、出社しなくていいところと大きく分かれてきています 。

―― つまり経営者次第だと。

堀内 それも経営者の性格だけではなくて、資質にもよるんですよ。

われわれは「資本主義」という大きな枠組みの中に囚われています。そして資本主義のシステムは〝成長〟を基本とし、すべてが数字に還元されていくように回っており、放っておいたら、非人間的な仕組みに巻き込まれて、人間性が失われていきます。そのシステムに囚われた中で、それを意識して、どうやって非人間性と闘っていくか――。 経営者が意識して、さらに、その意識したことを実現して、それにきちんとあらがえるような資質を持った人でないと、大きなシステムの中で正しくやっていくのはとても難しい。能力のない経営者がトップに立つと、当然のようにシステムに飲み込まれていくんです。だからこそ、きちんとした経営者が会社を経営しないと、社員もその中に巻き込まれていってしまいます。

―― トップになる前はそんな人ではなかったのに…という経営を行っていくことになっていくと。

堀内 それはそうです。株式市場から「あなたの会社の利益は来年何%伸びますか? 5年後に企業価値をどれだけ増しますか?」といった質問を絶えず受け続けるのですから、きちんとした経営思想を持ち、それを乗り越えるような大きな考えを持って事業をできる人でないと、掲げた数字をブレイクダウンしたらどうなるのかだけに汲々とし、社員にノルマや予算を達成しろと恫喝して、「できません」と言ってるのに、「やれ」というようなことになってしまうでしょう。

日本人の覚悟が問われるコロナ後の社会と企業経営②に続きます。

※時局2021年1月号「現代を斬る」(発行:時局社)より転載

お話を聞いた方

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学社会的投資研究所所長。 東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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