日本の2020年度実質GDP、戦後復興期以降で最大の落ち込み【研究員コラム】

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内閣府は「日本の2020年度実質GDPが525.9兆円になり、前年度比4.6%減となったこと」を、2021年5月18日に発表しました。前年度比4.6%という落ち込みは、戦後復興期以降で最大となります。今回は、GDPとこの落ち込みについて、掘り下げて解説していきます。

GDPとは何か

一国の経済活動に関する統計情報は、国際連合(国連)が定める基準のもと作成されている『国民経済計算(System of National Accounts, SNA)』と呼ばれる会計体系にまとめられていて、GDP(Gross Domestic Product)は国民経済計算の代表的な指標です。

GDPは、国内総生産と訳され「一定期間(通常1年間)内に国内で生み出されたモノやサービスの付加価値の総額」を指します。付加価値は、販売時点の価値から仕入時点の価値を差し引いた額で、製粉所が小麦を10円で仕入れて小麦粉をつくり、25円で製パン会社に販売した場合、15円の付加価値が生まれたことになります。「国内」総生産という言葉どおり、外国企業や外国人が日本で生み出した付加価値は日本のGDPに計上され、日本企業や日本人が海外で生み出した付加価値は日本のGDPに計上されません。また、月謝代が発生する塾の先生による教育活動は付加価値として計上されますが、親が子供に勉強を教える場合はGDPに計上されません。

この付加価値の総額ですが、実際に市場で取り引きされている価格にもとづいて推計された場合のGDPを『名目GDP』といいます。ただし、今回の発表のように前年度と比較する「成長率」の形でGDPを見る場合には、各年の物価変動による影響を考慮する必要があり、その物価変動による影響を差し引いたGDPを『実質GDP』 といいます。先ほどの製粉所が、物価が倍になった翌年に、小麦を前年の2倍である20円で仕入れて小麦粉をつくり、前年の2倍である50円で製パン会社に販売した場合、名目GDPは2倍になりますが、実質GDPは変わらないということになります。

よって、実質GDPがマイナス成長となっている場合は、国内市場が縮小していることになり、雇用の減少や、各企業の生産規模縮小に繋がっていきます。

戦後復興期以降で最大の落ち込み

日本における2020年度の実質GDPは前年度比でマイナスになりましたが、1947年度以降において単年度(4月~3月)の成長率がマイナスとなるのは10度目で、このうち8度はバブル崩壊後の1995年度以降に集中しています。

そして、次のグラフにあるように、2年連続のマイナス成長となっているのは、国内で金融危機が発生した1997年度と1998年度、リーマン・ショックが響いた2008年度と2009年度、消費増税が影響した2019年度とコロナ禍になった2020年度です。

これまでは、2008年度の前年度比3.6%減が戦後復興期以降で最大の落ち込みでしたが、2020年度は2008年度以上に実質GDPが前年度から落ち込む結果となりました。

リーマン・ショックとの比較

前回大きく実質GDPが落ち込んだリーマン・ショックと今回のコロナ禍では、背景として何が異なるのでしょうか。

まず、消費動向を比較します。

このグラフは、日本における総消費動向指数(個人消費総額の動向を示す指数)の四半期ごとの推移です。2019 年10 月1日から消費増税が開始されたため、2019年10月~12月は駆け込み需要の反動で個人消費が大きく落ち込んでいます。2020年1月~3月には個人消費の落ち込みが鈍化したものの、第1回緊急事態宣言があった2020年4月~6月には2019年10月~12月よりも個人消費が大きく落ち込み、第2回緊急事態宣言があった2021年1月~3月も同様の結果となっています。一方、リーマン・ショック前後では前四半期より個人消費が2%以上落ち込むことはありませんでした。

次に、四半期の実質GDPを比較します。

リーマン・ショック時は、2008年4月~6月から2009年1月~3月まで、マイナス幅を拡大していきました。その後、2010年代の戦後2番目の長さとなった経済低成長局面に突入していくことになります。一方、コロナ禍では、第1回緊急事態宣言により2020年4月~6月の実質GDPが後退し、その後の2四半期はプラス成長となったものの、第2回緊急事態宣言により再び2021年1月~3月に後退する結果となっています。

リーマン・ショックは「打撃を受けたのが金融経済(モノやサービスを介さずに、お金だけが動く経済)で、金融収縮が経済全体に波及していった」のに対して、コロナ禍は「打撃を受けたのが実体経済(モノやサービスと、お金を交換する経済)で、自粛という物理的なショックが加わったこと」が違いとして表れています。

世界との比較

世界における日本の状況は、どのようになっているのでしょうか。

IMF(International Monetary Fund, 国際通貨基金)は、2020年における日本の実質GDP成長率が先進国平均とほぼ同程度の落ち込みになることを推計していますが、2021年2022年とその後の回復の伸びの予測では日本が他の先進国より遅れを取ることを予測しています。この予測が掲載されたWORLD ECONOMIC OUTLOOKには「予測には高い不確実性がともなっていて、それはウイルスとワクチンのスピード競争にかかっている部分が大きく、ワクチン接種が普及すれば予測は上振れ、ワクチンの効かない新たな変異株が出てくれば予測が下振れる」と記されています。OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development, 経済協力開発機構)もEconomic Outlookで「世界経済の復興が、依然として均一でなく、公衆衛生措置と政策支援の有効性に左右される可能性が高い」ことを述べています。

筆者が、各国における「ワクチン接種状況」や「IMFによる経済成長率予測の上方修正幅」といった現在状況を検証する2変数間の分析を行った結果、目立って有意な相関関係は見られませんでした。しかし、経済に対するワクチン接種の波及効果が明らかになり、丁寧な検証が行われていくことで、今後ワクチン接種を含めた公衆衛生措置が家計や企業行動に及ぼす影響、ひいては実質GDPにもたらす影響が分かりやすく表れてくるのではないかと考えています。

日本ではなかなか進まないワクチン接種。6月1日現在のワクチン接種率は、アメリカ50.4%、EU38.8%、世界10.9%、対して日本はわずか8.2%となっています。これではとてもではないですが、先進国の数字とはいえません。海外のように無資格者をワクチン接種にボランティアとして動員できないことによる打ち手不足、ワクチン開発の出遅れ、ワクチン外交の失敗などといった理由はいくつかあげられますが、この状態では国内の個人消費は振るわず、倒産する企業は後を絶たないでしょう。

野村総合研究所は、第1回と第2回の緊急事態宣言による経済損失は12.7兆円、東京オリンピック・パラリンピックを中止した場合の経済損失が1.8兆円と推計していますが、そのような状況でも、日本政府や国際オリンピック委員会(IOC, International Olympic Committee)は東京オリンピック・パラリンピックを開催しようとしています。これで万が一、東京オリンピック・パラリンピックの開催によって強力な変異株が発生したり、医療の逼迫が発生したりした場合、日本の実質GDPの回復はより一層後れをとることになるでしょう。

【参考文献】
IMF ”WORLD ECONOMIC OUTLOOK, April 2021: Managing Divergent Recoveries”
https://www.imf.org/en/Publications/WEO/Issues/2021/03/23/world-economic-outlook-april-2021(2021年6月1日閲覧)
OECD “Economic Outlook, May 2021”
https://oecd.org/economic-outlook(2021年6月1日閲覧)
Our World in Data
https://ourworldindata.org/(2021年6月1日閲覧)
総務省統計局『消費動向指数(CTI)』
http://www.stat.go.jp/data/cti/index.html(2021年6月1日閲覧)
内閣府『国民経済計算(GDP統計)』
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html(2021年6月1日閲覧)
野村総合研究所 木内登英(2021)『東京オリンピック・パラリンピック中止の経済損失1兆8千億円、無観客開催では損失1,470億円』
https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2021/fis/kiuchi/0525(2021年6月1日閲覧)
溝口敏行・野島教之(1993)『1940-1955年における国民経済計算の吟味』日本統計学会誌 第23巻第1号91-107頁
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjss1970/23/1/23_1_91/_pdf(2021年6月1日閲覧)

著者

安田 憲治

一般社団法人 100年企業戦略研究所 主席研究員

一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。塩路悦朗ゼミで、経済成長に関する研究を行う。 大手総合アミューズメントメント企業で、統計学を活用した最適営業計画自動算出システムを開発し、業績に貢献。データサイエンスの経営戦略への反映や人材育成に取り組む。
現在、株式会社ボルテックスにて、財務戦略や社内データコンサルティング、コラムの執筆に携わる。多摩大学社会的投資研究所客員研究員 。麗澤大学都市不動産科学研究センター客員研究員。
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