国際不動産投資市場
7-3. Nationality Bias

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目次

ナショナリティ・バイアスとは

ホーム・カントリー・バイアス」の次に、国籍によって生じるバイアス「ナショナリティ・バイアス(Nationality Bias)」について考えてみます。

2011年から2013年の3年間、カナダのブリティッシュコロンビア大学に勤務していた当時、バンクーバーの不動産市場では、中国人が活発に投資を行っていました。その時によく見た光景は、買い手が中国人で、売り手も中国人、不動産仲介人も中国人というケースでした。海外の不動産市場で、同じ国籍同士で買い物をしてしまう傾向を「ナショナリティ・バイアス」と定義しました。

ホーム・カントリー・バイアスは、「地元の売り手が多くの情報を持っていて、海外からの買い手は情報がないために高値掴みさせられてしまう」というバイアスです。これは、学習して経験を積めば消えていくと考えられますが、海外市場において、売り手、間に入る弁護士、仲介人が買い手と同じ国籍であるなら、どのような効果が生じるのか。もし同じ国籍の繋がりが強いのであれば、「どこの国の不動産市場に投資資金が流れやすいのか」という国際投資の流れ(International investment flow)に影響すると考えられます。

グラビティモデルで考える国際不動産投資

2011年にシンガポール国立大学のクリスチャン・バダリンツァ氏、イギリス・インペリアルカレッジロンドンのタルン・ラマドライ氏、私の3人で発表した論文『Gravity, counter parties, and foreign investment(重力、取引相手、そして海外投資)』ではグラビティ(重力)を取り上げました。グラビティモデル(Gravity model)は「貿易理論」の中で既に確立されている考え方で、相手国が非常に魅力的であるならば、貿易取引だけでなく、投資も行われるでしょう。

この理論では、相手国の魅力を減衰する要素に地理的な「距離」をあげています。オランダの経済学者ティンバーゲン(Tinbergen)が1962年の論文『International trade and investment flow(国際貿易と投資の流れ)』で示した考えで、私たちの研究では不動産投資の枠組みの中でその理論を適用できるかを考えてみました。

ホーム・カントリー・バイアスでは「情報の非対称性」の問題を扱いましたが、それ以前の私の研究では「情報のコスト」に着目しました。買い手が正しい物件に行きつくためには、サーチ(探索)しなくてはなりません。「もっと安くて良い物件があるのではないか」と探索すればするほどコストは高くなるので、途中で探索を止めてしまう。その結果、高値掴みさせられてしまうことになります。海外投資では、相手国に行く距離が遠いほどコストは高くなります。

国籍に注目して不動産取引のデータを調べると、フランス・パリの不動産市場では、売り手の国籍は56%がフランス人で、10%がドイツ人、6%がイタリア人、スペインが4%、アメリカが10%でした。もし完全に競争的なマーケットであるなら、スペイン人投資家がスペイン人から物件を買うのは僅少となるはずです。しかし、4%のスペイン人の売り手から買っている33%がスペイン人でした。

オーストラリア・シドニーではどうでしょうか。売り手の73%はオーストラリア人で、中国人の売り手は5%しかありません。しかし、中国人の売り手から買っている22%は中国人でした。イギリス・ロンドンでも、売り手の約7割はイギリス人で、アメリカ人は8%にしか過ぎません。しかし、その8%のアメリカ人から買った人の20%はアメリカ人でした。スペイン人・中国・アメリカ人のいずれも、同じ国籍で取引する確率が高いことが分かります。

なぜ同じ国籍同士での取引が多くなるのか

海外での不動産取引で、なぜ同じ国籍での取引が多くなりやすいのか。やはりミストラスト(不信)の問題が考えられます。海外の人は文化が違い、馴染みがないので信用できないとか、情報の非対称性によって騙されるとか思ってしまう。これは不動産市場だけの問題ではなく、さまざまな資産市場の中で似たような現象が起きているとの研究が多くあります。

私たちの研究でも、不動産取引のデータベースを使って、国籍別のマーケットシェアの確率と、買い手の確率を算出し、その差をナショナリティ・バイアスの評価指標と定義して計算してみました。全体で見ると、所有者の国籍と同じ買い手のバイアスは、統計的にも高くなってきます。さらに分解して、自国内で自国の国籍同士がマッチングする確率の差は小さいのですが、海外に出ると非常に大きくなります。やはり、海外に行けば行くほど、同じ国籍同士で不動産取引する傾向が強くなるわけで、それがどのような効果を生むのでしょうか。

わたしたちは、傾向一致スコア(Propensity match score)を使って、地域によってナショナリティ・バイアスがどれくらい存在しているのかを検証しました。また、日本・中国・アメリカなど各国の投資家が、どの地域に行って投資しやすいのかを調べてみました。

海外投資では相手国との「距離」が重要になりますが、「距離」以外にも国同士の間にはさまざまな摩擦が存在しています。例えば、国境が面しているかどうか。私がカナダのバンクーバーに住んでいる時には、車で2時間、国境を越えてアメリカ・シアトルに頻繁に出掛けていました。アメリカのほうが当時は物価が安かったので、ワインを買ったり、ガソリンを入れたりしていました。

植民地の歴史も重要です。かつての大英帝国の植民地だったアメリカは、イギリスとの親和性が強い。インドもイギリスの植民地でした。中南米に植民地を持っていたスペインは、スペイン語を話すメキシコ、アルゼンチンなどの国に近づきやすいと考えられます。日本語が母国語の日本人は、英語に対してアレルギーが強く、英語でのコミュニケーションには苦手意識を持ってしまいがちです。

交易航路ルートが同じだったかどうかも、古くからの繋がりが強いかという点で重要です。紀元前から15世紀までシルクロードを通じて広域圏が形成されたように、航路を通じて繋がりが強い地域にお金が流れやすいと考えられます。1947年に発足した国際条約GATT(関税および貿易に関する一般協定)を含めて自由貿易協定に加盟しているかどうかで、法的保護や投資行動に大きく影響します。これらの要素を、フリクションパラメーター(摩擦係数)を考えてモデルを組んでみました。その結果、やはり「距離」は非常に重要な要素になっており、国と国の間の距離が離れれば離れるほど投資は減衰していく傾向が明らかになりました。

以前から「日本に対して、海外から不動産投資が入ってくる」と盛んに言われてきましたが、実は日本に対する海外からの投資は世界全体で見ると低下してきています。日本は極東の小さな島国で、どこの国からも非常に遠い。「距離」が近い中国や台湾などアジアの国からはお金が入ってきても、遠い国からは日本より成長している中国やアジア各国の都市にお金が流れやすくなっていることが分かりました。

ただ、同じ国籍にはやはり強い繋がりがあるので、不動産の取引ベースで見ると、距離による減衰はあるものの、国籍同士で繋がりやすいことは私たちの研究でも明らかでした。

こうした要素を加えてモデルを組むことで、どの国からどの国へお金が流れやすくなっているのかが分かってきます。もちろん「距離」の問題もありますが、摩擦を低減するために同じ国籍同士で取引すれば、言語の問題、法的な枠組みや会計の問題も解決できます。どんなに「距離」が遠くても同じ国籍同士での取引が増えていくナショナリティ・バイアスを統計的に検証できるのです。

ナショナリティ・バイアスによって価格が安くなっているのか

ナショナリティ・バイアスによって「同じ日本人同士なのだから、価格は安くなっているに違いない」と期待するかもしれません。最後にモデルを使って本当に価格が安くなっているのかどうかを検証してみましょう。

まず、どの時点で買い手の価格が成立するかを考えてみます。買い手には自分が「買ってもいい」と思っている価格があります。これを「留保価格」と呼びます。留保価格よりも市場価格が安ければ、買うことができます。売り手の方は、自分が「売ってもいい」と思っている価格よりも市場価格が高ければ売ってくれるわけです。

買い手の留保価格を割引する要素である摩擦係数が加わると、買い手は市場価格が留保価格を下回っていても買うことをためらってしまいます。摩擦係数には「情報の非対称性」などさまざまな問題が含まれていますが、海外であれば「日本人同士だったら」ということで摩擦係数が軽減されることが期待されます。

買い手の最適な行動と、売り手の最適提示価格との均衡モデルを数式で表して成立するかどうかを検証してみました。同じ国籍同士では取引が成立しやすいので、同じ国籍同士で取引が成立した価格と、その市場で取引された他の価格を比較して、ナショナリティ・バイアスが掛かった価格を予測しています。

その結果、ナショナリティ・バイアスのある価格は、通常の価格に比べて7%ぐらい高くなっていることが分かってきました。海外市場で情報が少ないために高値掴みさせられてしまうホーム・カントリー・バイアスは、安心して取引できるナショナリティ・バイアスによって消えているはずです。しかし、同じ国籍同士でも取引価格が高くなっているのはなぜか。

その理由を、私たちは次のように考えました。同じ国籍同士だから安心して取引ができるという安心感に加えて、翻訳費用や弁護士コストなどを節約できるために、7%ぐらい高く払ってもよいという行動に繋がっているのでしょう。

海外での不動産投資では、ホーム・カントリー・バイアス、ナショナリティ・バイアスを考えながら、各国の不動産市場を見ていく必要があるのです。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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