藤原帰一氏が語る、世界情勢の現状と展望
~欧米主導のリベラルな国際秩序の終焉~

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ウクライナ戦争が長期化しています。国際社会はなぜこの非道な侵略戦争を終わらせることができないのか。世界情勢や国際秩序はいまどうなっているのか。背景には何があり、企業経営者やいち国民として何に注目すべきなのか――国際政治学者の藤原帰一氏に聞きました。

出口の見えないウクライナ戦争と国際秩序の崩壊

2022年2月24日のロシアの軍事侵攻によって始まったウクライナ戦争は、1年半近く経った今も終息の見通しは立っていません。この戦争は明確な侵略戦争であり、一般市民を直接の攻撃目標にしている点でも国際法を大きく逸脱しています。アメリカとその同盟国、北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国はウクライナへの支援を続けていますが、ロシアとの直接の軍事紛争、ましてや核戦争にエスカレートすることは絶対に避けたいと考えています。ウクライナの要請に応じて検討されている長射程のミサイルや戦闘機の供与は確実に戦争をエスカレートさせるものであり、供与を約束しても実施には時間がかかるでしょう。他方、公式に表明する国はまだありませんが、ロシアだけでなくウクライナにも停戦を求める動きがあります。ただし、ここに潜在的に含まれているのは、22年の侵攻よりも前にロシアが事実上制圧したドンバス地域の一部や併合したクリミアの放棄をウクライナに求めるものであり、これはゼレンスキー大統領が到底受け入れることができないものです。戦争をエスカレートさせるのか、ウクライナに妥協を強いるのか――いずれも非常に難しい選択であり、戦争はさらに長期化せざるを得ない状況にあります。

ウクライナを支援する国の多くは、ロシアに対する経済制裁にも加わっていますが、アメリカとその同盟国以外は、この戦争への関与をできる限り避けています。グローバルサウス(インドやインドネシア、トルコ、南アフリカといった南半球に多いアジアやアフリカなどの新興国・途上国の総称)のウクライナ侵攻への反応はアメリカとその同盟国とは明らかに違っています。

アメリカが主導してつくってきた国際秩序のポイントは、同盟国以外の国の参加に門戸が開かれていたことでした。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)も、少なくともある時期までは支持者の側に回っていました。ロシアや中国でさえも、21世紀に入る前まではアメリカとの協力関係を重視するという政策をほぼ堅持していたのです。それが変わってしまいました。この第二次世界大戦後のヨーロッパで最大規模の戦争が長期化している背景にあるのは、東西冷戦終結後に実現したかに見えたアメリカの覇権を基礎とした欧米諸国中心のリベラルな国際秩序(リベラルインターナショナルオーダー〈LIO〉)が終焉しつつあるということです。

その端的な表れが国際的な機関や制度の著しい脆弱化です。例えば、国連の安全保障理事会は、ロシアのウクライナ侵攻を前になすすべがありません。国際司法裁判所(ICJ)も国際刑事裁判所(ICC)も、提訴こそ持ち込まれていますが、軍事侵攻を阻止することはできません。現在、国際機関でかろうじて機能しているのは国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)くらいではないでしょうか。

自由な貿易が世界を豊かにするという前提が揺らいでいる

国際貿易体制の役割も大きく後退しました。この変化はロシアのウクライナ侵攻だけでなく、もう少し広く見ておくべきだと思います。

1990年前後の東西冷戦が終結した後の世界は、貿易の自由化が世界経済を発展させるという考え方が当たり前のように受け入れられ、さまざまな貿易協定が結ばれてきました。

この状況はBRICSにも有利でした。貿易自由化によって多くの資金が流れ込み、それが自国経済の生産力増強を促したからです。貿易が経済成長を促進する。そのために貿易障壁を低くしていくという動きが各国の経済を支えました。アメリカを始めとする先進工業国により有利な性格を持つとはいえ、自由貿易体制は新興経済圏の諸国にとっても経済的な機会を開いてきました。アメリカが築いてきた世界秩序の中核には自由貿易があったのです。

しかし、貿易の果たす役割は2008年のリーマンショック以降の世界金融危機を経て後退していきます。その後、先進国の経済は政府の市場経済への介入を歓迎し、公共投資による成長にこれまでになく依存することになりました。貿易の自由化に対する関心は衰え、むしろ貿易自由化に対する国内の反発が先進国で高まっていきます。ポピュリストといわれる指導者が、国内の経済格差はグローバル経済によって生まれたと言い始め、経済の自由化よりはむしろ規制を訴えたのです。

中国はグローバルな経済自由化の明らかな受益者です。経済発展によって共産党の独裁を正当化するという政治的な側面もありました。しかし、習近平(シーチンピン)政権は、すでに成長した経済を党権力の強化のために利用することはしても、経済成長のための新しいインセンティブは示していません。それどころか、欧米の求める交易条件に応じる必要はないという方向に変わっています。グローバルな経済との関係を好転させ、それを自国に有利に作用させるという従来の路線から中国は明らかに転換しました。

かつては、自由な交易の拡大が経済発展とともに平和にも寄与すると考えられていました。これは貿易による結びつきが戦争のコストを引き上げ、その結果各国が戦争ではなく経済的な利益を目指した軍事に頼らない国際関係を選ぶ、という経済的リベラリズムの考え方です。経済によって軍事を相対化するというこの思想は、第二次世界大戦後の国際政治の原則でした。ところが、これが今ひっくり返ってしまったのです。

経済と軍事が直結すれば、世界情勢の危機はさらに深まる

では既存の国際秩序はどこまでひっくり返ったのでしょうか。軍事のために経済を利用する体制に変わったのかといえば、そこまではいっていないと思います。特に東アジアにおいては、軍事対立と市場の統合が同時に進んできました。経済と軍事でまったく違うシナリオが動いてきたのです。その点では依然として軍事領域と経済領域の独立性は残されています。ただし、以前よりははるかに小さくなりました。

その大きな要因は、中国が経済を政治資源として使うという戦略を取っているからです。例えば、中国の経済活動は、サイバーセキュリティや資源の争奪など、すべて地政学的な関心から展開されています。そして、それに対抗する措置がアメリカとその同盟国によって取られるようになりました。つまり経済の軍事化が進んでいるのです。まだ自由貿易を原則とする貿易システムそのものは残っていますが、リーマンショック後、貿易が成長すれば経済が成長する、貿易は経済成長の先行指標だという原則が壊れています。その結果、貿易をさらに自由化することへの期待値が下がる一方で、各国内のグローバリゼーションに対する反発が強まっています。地域の貿易体制をどのようにつくるべきかという、かつては国際政治経済の中心的な課題であったものが、政策的な争点の中心ではなくなりました。

私は経済的な自由主義は、かなり誇張された観念であると思っています。経済の自由化が直ちに平和を保障するとは考えません。経済と軍事の間には多くの障壁があるからです。しかし、軍事の側から直結させられてしまう可能性はあります。今一番注意しなければならないのは、安全保障と経済との結びつきであり、経済が安全保障の手段であるという判断に各国が大きく傾斜することです。これは大規模な戦争につながります。

私たち国際政治に関わる者は、戦時と平時の間に「危機」というカテゴリーを設けて国際関係を考えます。東アジアは明らかに危機状況にあります。しかし、まだ戦時ではありません。危機が戦争になってしまう確率をできる限り減らすことが重要であり、そのためにも経済と軍事が直結することは避けなくてはなりません。長期化するウクライナ戦争が示す国際秩序の大きな変化の下で問われるのは、紛争拡大を抑制する深い知恵であり外交であると思います。

お話を聞いた方

藤原 帰一 氏(ふじわら きいち)

東京大学名誉教授・未来ビジョン研究センター客員教授
千葉大学特任教授

専門は国際政治、比較政治、東南アジア現代政治。1979年東京大学法学部卒業、1984年同大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、フルブライト奨学生としてイェール大学大学院博士課程に留学。東京大学社会科学研究所助手、千葉大学法経学部助手・助教授、東京大学社会科学研究所助教授を経て、1999年から2022年3月まで同大学院法学政治学研究科教授。フィリピン大学アジアセンター客員教授、米国ウッドローウィルソン国際学術センター研究員、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際研究院客員教授などを歴任。近著に『「正しい戦争」は本当にあるのか』(講談社+α新書)。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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