内田和成氏が語る、不確実性の時代のリーダーシップと意思決定

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目次

お話を聞いた方

内田 和成 氏

早稲田大学名誉教授
東京女子大学特別客員教授

東京大学工学部卒業。慶應義塾大学大学院経営学修士(MBA)。日本航空を経て、1985年ボストン コンサルティング グループ(BCG)入社。2000年6月から2004年12月までBCG日本代表。2006年より2022年3月まで早稲田大学教授。ビジネススクールで競争戦略論やリーダーシップ論を教えるほか、エグゼクティブ・プログラムでの講義や企業のリーダーシップ・トレーニングも行う。著書に『右脳思考』『イノベーションの競争戦略』(以上、東洋経済新報社)、『リーダーの戦い方』(日本経済新聞出版)など。

経営者にとって「リーダーシップ」や「意思決定力」は不可欠な能力ですが、不確実性の高い現代の環境下で、これらを柔軟に発揮していくのは簡単ではありません。どうすればこれらの能力を磨き、また実践的に活用することができるのでしょうか。トップコンサルタントとして国内外の有力企業に対する豊富なコンサルティング経験を有する早稲田大学名誉教授の内田和成氏に、そのポイントを解説していただきました。

中小企業経営者が自分のリーダーシップや意思決定力を磨き、適切に発揮していく上でのポイントをいくつかお話ししたいと思います。

経営者は長所を伸ばしてリーダーシップを発揮せよ

まず経営者の方にお伝えしたいのは、自分の短所を気にするより、長所を伸ばす努力をしてほしいということです。これまで多くの優れた経営者に会ってきましたが、いわゆる“優等生”型の経営者より、どこか欠点のある経営者の方が社員から慕われ、上手にリーダーシップを発揮できているケースが多い印象があります。あるいはマネージャー層を見ても、チーム運営が下手で部下たちがいつもオーバーワークになってしまうようなマネージャーが、意外と部下からの人気が高かったりします。

そもそも私たち人間は「あのリーダーは資質・能力が完璧だから、従おう」と感じることは少ない。何でも自分一人で完璧にこなすようなリーダーだと、周囲の人間たちとしても、頑張る甲斐がありません。むしろ何らかの欠点があるリーダーの方が、「私があの人を支えたい」「あの人と働くと、自分の能力が発揮できてわくわくする」などと感じるものです。

そんな風に人を惹きつけるような資質を私は「チャーム」と呼んでいます。リーダーにとって大切なのは、完璧さではなくチャームです。経営者は「どうすれば自分の欠点をなくせるだろうか」と考えがちですが、自分のチャームがどこにあるのかを理解する方がよほど大事だというのが私の考えです。 

リーダーが持つチャームにもさまざまな種類があります。例えば、色々と苦労もするけれど、仕事を成し遂げたときの喜びが大きく、いつも達成感を感じさせてくれるリーダー。あるいは、誰もが「絶対に無理だ」と思うほど難しい目標を掲げ、でも何年か経つとみんながそこに到達でき、自然と自分たちを成長させてくれるリーダー。あるいは、ビジネスパーソンとして資質や能力があるようには思えないけれど、「責任はオレがとるから、好きなようにやれ」と社員たちのモチベーションを常に高めてくれるリーダー。自分がどういうタイプなのかを内省し、自分なりに仕事に活かしていくことは重要です。

とはいえ、自分自身のことを客観的に捉えるのは意外と難しいものです。参考までに、私が著書などで解説しているリーダーシップの4タイプについて紹介しておきましょう。過去のコンサルティングの経験から、多くのリーダーは2つの軸で整理できると私は考えています。

1つは、「戦略を立てること」と「実行に移すこと」のどちらが得意か。前者は、ゴールを示して人を動かしたり夢を語って人を巻き込むのが得意なタイプのリーダー、後者は自ら率先垂範で動いたり、しっかりとしたオペレーションの仕組みを構築することで組織の実行力を高めるタイプのリーダー像になります。

もう1つの軸は「論理的に考えること」と「感性で捉えること」のどちらが得意か。これは「左脳型か右脳型か」と言い換えることもできます。

この2軸をマトリクスに当てはまると、「軍師型」「ビジョナリー」「堅実派」「率先垂範型」という4つのタイプに分けられます。それぞれの特徴を下図に示しました。誰でも、この4つの側面を持っているものですが、このように整理することで、自分の長所やリーダーとしての資質を自覚的に捉えやすくなります。自分がどのタイプのリーダーなのか、自己分析する際の参考にしてみてください。

リーダーシップの4タイプ

出所:『リーダーの戦い方』 第3章「得意技を知る」

不確実性の時代、リーダーの意思決定に有効な備えと手法とは

コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻など、先行きの読めない情勢が続いています。こうした状況下で経営者がより良い意思決定をするためには、「これから不確実な事象が起こる」ということを前提として物事を捉えることが重要です。

企業が直面するリスクにはさまざまな種類がありますが、経営者は「イベントリスク(事象リスク)」とそれ以外のリスクを分けて捉えるべきです。イベントリスクとは、事前にまったく予知できないような事象の発生がもたらすリスクを指します。今般のコロナ禍はその代表例で、新型のウイルス感染症の世界的な蔓延が起こり、これほどの甚大な被害を及ぼすことは、専門家でも予測できなかった。9・11(米同時テロ)やウクライナ侵攻なども同様で、いずれもどんな出来事が起こるのか、事前に予測することがほぼ不可能です。起こるか起こらないかわからないことを想定して、そこに経営資源をつぎ込んでも効果は期待できませんから、それは止めた方がいい。

それよりも今の時代はどんなことも起こりうるということを前提に、いざ想定外のことが起きたときにあたふたしないという覚悟が重要です。リーダーのブレや弱気は組織に伝染します。危機の時ほど冷静沈着を心がけましょう。

一方、イベントリスク以外のリスクに対しては、あらかじめ発生確率や自社への影響度合いを整理し、何らかの形で備えておくべきです。

不確実な事態をマネジメントする手法の一つに「シナリオプランニング」があります。例えば、自動車関連業界にとって「これから自動車はどうなるのか」は重大なテーマです。今後、ガソリン車がすべて電気自動車(EV)に置き換わる可能性もあれば、電気自動車はあくまで“つなぎ”で、その先に水素自動車や燃料電池車のような究極のエコカーの時代が到来するかもしれない。あるいは、インフラの整備状況などを踏まえると、電気自動車が世界全体で普及することは難しく、アフリカや南米などを中心にガソリン車やハイブリッド車がこれからも利用され続ける可能性もあります。いずれもまったく違うシナリオであり、どれをたどるかによって自動車業界への影響やリスクが変わってきます。

そこで、例えば「自動車の技術革新」や「政府の政策方針」「新興国のインフラ整備動向」「原油価格の推移」など、社会変化を起こすさまざまな要因を洗い出し、発生確率や影響度を整理していくのです。それによって、自社に特に甚大な影響を与えるシナリオが見えてきます。シナリオが事前に分かっていれば、実際にその事態が起こったときにも、より冷静に対応できるでしょう。これがシナリオプランニングの基本的な考え方です。

これはあくまで一例ですが、このほかにも、意思決定の選択肢を適切に洗い出す手法である「ディシジョンツリー(決定木)」、ライバルの出方を想定して自社がとるべき行動や打ち手を考える「ゲーム理論」など、不確実性に対処するためのさまざまな意思決定の手法が提唱されています。経営者のみなさんが、これらすべてを専門的に学ぶ必要はありませんが、どんな手法があるのか、それらはどんな局面で使うと有効なのか、基本的な概要だけは知っておくとよいと思います。頭の中に引き出しにこれらを置いておくだけで、いざという時に判断のヒントを与えてくれるはずです。

経営が困難に直面したとき、その先の未来を考える

ここまで、さまざまな不測の事態を想定しておくことの大切さをお話ししましたが、それと同時に、実際に困難な事態に直面したときにどう適切に対処していくのか、これも経営者にとって非常に重要です。

経営戦略論は、戦争の理論を企業経営に応用したもので、しばしば戦争に喩えて課題を考えることがあります。例えばA軍とB軍が戦い、A軍が戦力の9割を、B軍は10割を失ったとします。勝者はA軍ですが、勝っても被害は甚大ですから決して良い未来とは言えません。一方、別の戦争では、C軍が1割、D軍が2割の戦力を失った時点で和平にこぎ着け、戦争が終結したとしましょう。この場合、敗者はD軍ですが、A軍の例よりも良い未来を得られたと考えることができます。

つまり戦争では、勝ち残ることも大事ですが、それと同じぐらい、戦争の後にどんな未来を得られるかが重要だということです。

企業経営も同様のことが言えます。日本の中小企業も、コロナ禍という大きな苦難に見舞われたことで、今もその多くが厳しい経営を強いられています。目の前のビジネスに懸命に取り組み、競争に勝ち残っていくことはもちろん大切ですが、それと同時に、アフターコロナの時代に、自分たちがどんなビジネスを展開し、そのために今何を準備すべきか、見据えておくことも非常に重要です。私は常々、経営者は「今日の課題」と「明日の課題」の両方に同時に取り組むことが最も大きな任務だと申し上げています。大変な時代環境ではありますが、経営者として過ごす時間の1割でもいいから明日のことを考え、研究開発であったり、人材の確保・育成であったり、未来につながる布石を打っていっていただきたい。その努力が後々、将来の経営に大いに効いてくるはずですから。

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