おもてなしの精神を受け継ぎ旅館からホテルへ進化
時代を超えて求められる企業に老舗ホテルの矜持

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※本記事は「Vコラム」に2024年10月2日に掲載された記事の転載です。

東京都心に3棟のホテルと、それぞれの館内にある3店舗の飲食店を経営する龍名館。そのルーツは、1899(明治32)年に日本橋室町の名倉屋旅館の分店として誕生した、「旅館龍名館本店」です。景気や社会情勢の影響をとくに受けやすいホテル業界において、100年以上にわたり暖簾(のれん)を守り、つねに一流の宿として品位と魅力を発揮し続けられる秘訣はどこにあるのか、2005年より社長を務める浜田敏男氏に伺いました。

窮地のたびにお客様のご支援に助けられてきた

龍名館は、駿河台南甲賀町(現在の神田駿河台)に木造旅館として1899年に創業しました。過去には竹久夢二、伊東深水、速水御舟といった名だたる画家をはじめ、多くの文化人にもお泊まりいただき、愛されてきました。現在の龍名館の基盤ができたのは、3代目である父の代です。当時の本店は、600坪もの敷地に30室弱というぜいたくなつくりでした。これでは固定資産税も払えないと、ビルに建て替える計画が動き始めた直後にオイルショックが起き、資金調達に窮しました。父が自宅の居間で腕組みをして天井をにらみつける日が、1週間近くも続いたのを記憶しています。しかしお客様のご好意によって、銀行の融資を受けることができました。

このときばかりでなく、関東大震災によって当時経営していた本店・支店・分店が3店ともすべて焼失したときも、太平洋戦争の空襲で再び建物を焼失したときも、お客様からのご支援があって、再建に至ったと聞いています。弊社がお客様とのご縁を非常に大切にしているのは、このようにお客様に支えられて何度も苦難を乗り越えてきた歴史があるからです。

父が体調を崩したのを機に、すでに家業に入っていた兄に呼び戻される形で、私は約10年勤めた銀行を辞めました。「これは自分の宿命だ」と受け入れたものの、銀行の営業時間は9時から17時まで、片や旅館は17時から9時までですし、お客様との相対し方も従業員の資質もまるで異なります。当初は戸惑いの連続でした。

時代の移り変わりとともに、龍名館は旅館からホテルへと形を変えました。100年を超える歴史を守りつつもお客様に愛され続けるためには、変えていかなくてはならないものと変えてはならないものを履き違えないことが、大変重要だと考えています。

前者は設備などのハードウェアとそのオペレーションです。いくら老舗の風情や趣があっても、お客様に快適にお過ごしいただけない環境では話になりません。後者は、旅館としてのおもてなしの精神です。お客様のご到着からご出発まで仲居がお世話させていただくような、旅館スタイルのサービスこそ行わなくなっても、その精神が変わることはありません。お客様のご要望には可能な限りお応えします。「東京駅で落とし物をした」と言われれば、一緒に駅まで行って探したこともあります。

聖徳太子の十七条憲法にちなんだ社訓

上質なおもてなしを徹底するために最も大切なのは従業員教育であり、そのうえで大きな指針となっているのが、父から受け継いだ社訓「人の和」です。聖徳太子の十七条憲法の第一条の一節「和を以て貴しとなす」に由来するもので、「上の者がなごやかで下の者が睦まじく親しみ、穏やかな空気の中で意見を述べ合えていれば、すべてのことがうまくいくであろう」という教えです。例えば新卒採用では、若手社員を中心とする採用委員会を構成し、社員自らが一緒に働きたいと思う人材を選考する仕組みを取り入れています。また社訓を軸にしたハウスルールを設けており、新入社員に向けては、私が自らオリエンテーションを行うようにしています。

人材育成の柱となるのは、社内研修プログラム「龍名館大学」です。弊社の特性に合わせたオリジナルのプログラムを各階層ごとに用意し、実施することで、従業員の早期戦力化を図っています。さらに、優秀な人材に育ってくれた従業員に長く定着してもらうことを念頭に、就業環境の整備にも力を入れています。一般には10年単位で行われることの多い永年勤続表彰制度を入社3年目から適用したり、資格取得奨励金制度を導入したり、有給休暇の取得を促すなどの取り組みが、定着率の向上に貢献しています。

従業員の心身の健康は、組織の健全性を左右するものです。私は、チェックイン時間帯のフロントや朝食時のレストランに定期的に立ち、現場を眺めるようにしています。お客様の様子を把握するためでもありますが、従業員の様子を理解するうえで、この時間が大きな意味を持っています。従業員がどんなことを思っているか、現場でどんなことが起きているか、自分が現場に立たなければわからないことが非常に多いと感じます。

非上場であっても企業の社会的姿勢が強く問われる時代

コロナ禍では、宿泊業全体が大打撃を受けました。龍名館が何とか苦境を乗り切り事業を継続することができた一因に、父が立ち上げた不動産事業があります。東京都心に不動産を所有し、それを運用することが本業の支えになったことは間違いありません。ただし、東京一極集中にはよい面と悪い面があると考えており、とくに危惧しているのは、自然災害のリスクです。弊社の場合、東京にしか拠点がないため、リスクヘッジの観点から、西日本への展開などを検討する必要があるだろうと思っています。

最近は円安効果とコロナ後のインバウンド需要の高まりで、外国からのお客様が非常に多く、八重洲の「ホテル龍名館東京」では5割、新橋の「ホテル1899東京」では8割にのぼります。特許を取得した「抹茶ビール」をはじめ、お茶をコンセプトにしたレストラン事業も、外国の方に大変ご好評をいただいています。

ホテル事業においてもレストラン事業においても、ブランディングデザインの重要性はますます高まっており、同時にSNSの活用ももはや必須となっています。SNSでは、ネガティブな意見のほうに人の関心が偏るものです。企業にとっては大きなリスクになりえますが、うまく活用できれば逆にポジティブな話題を広く拡散できますから、弊社ではそのメリットを最大限に生かすべく、広報活動およびデジタルマーケティング活動に力を入れています。写真の出来栄え一つで結果が大きく左右されますから、広報担当の社員を中心に撮影の方法など一つひとつに工夫を重ね、よりよい情報発信ができるよう目指しています。

企業に透明性が求められる時代と言われ始めて久しく、外部圧力を受けづらい非上場企業であっても、お客様や従業員から、企業の社会課題に対する姿勢・対応を問われる時代です。例えば採用面接の場で、SDGsの推進実績について学生から質問を受けることも少なくありません。エシカル消費に代表されるように、お客様が商品を選ぶ基準も変わってきていることを感じます。

弊社では専門の委員会を組織して取り組みを続けており、2023年には国内で初めて、ホテル・レストラン業界における「SBT認定」(国際機関「SBTイニシアチブ」による温暖化ガス削減目標の妥当性の認定)を取得しました。事業の持続性向上の観点からも、これからも社会課題に積極的に取り組んでいくつもりです。

お話を聞いた方

浜田 敏男 氏(はまだ としお)

株式会社龍名館 代表取締役社長

1954年東京都生まれ。1977年、慶應義塾大学法学部卒業後、太陽神戸銀行(現三井住友銀行)入行。1986年、龍名館入社。1995年、取締役副社長に就任。2005年、兄の浜田章男氏が会長となり、5代目社長に就任。

[編集]株式会社ボルテックス コーポレートコミュニケーション課
[制作協力]株式会社東洋経済新報社

※本記事は「Vコラム」に2024年10月2日に掲載された記事の転載です。元記事はこちら

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