地域・人・産業との共創でマテックスが拓く未来
~業界を変え、地域を変え、「いきるを支える」老舗の窓ガラス卸~

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住まいの快適性、省エネ、健康、そして脱炭素社会の実現――暮らしのあらゆる場面に関わりながら、意外にも見過ごされがちな「窓」。東京・池袋に本社を構えるマテックス株式会社は、1928年の創業以来、ガラスと窓を扱う卸商社として日本の社会を支え続けてきました。社長の松本浩志氏は、2009年の代表取締役社長就任以降、「窓から日本を変えていく」というビジョンの下、経営理念の明文化、コア・バリューの策定、地域企業との共創型ビジネスの展開など、時代に先駆けたパーパス経営を推し進めてきました。老舗卸商社はいかにして変革を進めてきたのか。松本社長の歩みとともに、その軌跡をたどります。

「窓」をつうじて社会を支える卸商社

マテックス株式会社は、東京都豊島区上池袋に本社を置く窓・ガラスの専門卸商社です。私たちの日常の中で窓は“あって当たり前”の存在ですが、それは単に雨風をしのぎ、光を取り入れるためのものではありません。

冬の暖房時には住宅の熱の約48%が、夏の冷房時には外からの熱の約71%が窓やドアなどの開口部から出入りしているとされます。熱を伝えにくい窓があれば、冷暖房の使用量を減らしながらも快適な室内温度を保つことができ、暮らしの質向上と地球環境への貢献を両立することができます。

同社が掲げる「窓から日本を変えていく」というビジョンには、まさにこうした社会課題へ挑戦する思いが込められています。松本氏は「窓は当たり前になりすぎているがゆえに、その価値を認識してもらいにくいこともあります。これをしっかりと伝え、お客様に届けられるよう奮闘を続けています」と話します。

人の営みを支え、環境にも貢献する窓。見過ごされがちな存在だからこそ、その真の価値を伝え、守り、発展させていく。それがマテックスの使命です。

マテックスの歩みと挑戦

マテックスの歴史は、1928年に現社長・松本氏の祖父にあたる松本義雄氏が個人商店のガラス屋として「松本硝子店」を創業したことに始まります。当時は日本のガラス産業の創成期。従業員はわずか3名という小さな商いでしたが、創業間もなく日米板硝子株式会社(現・日本板硝子)と取引契約を結び、卸売業者として歩み始めました。

1969年、初代社長の急逝を受け、2代目・松本巖氏が社長に就任。高度経済成長の波に乗り、同社は着実に売り上げを伸ばしていきます。そしてその後、1996年には複数社の合併や営業譲渡を経て、現在の「マテックス株式会社」へと生まれ変わりました。

「経済成長至上主義からの脱却」の原点

現社長の松本氏は米国留学でのMBA取得を経て、大手電機メーカーに就職。海外販売に向けて徹底的なコスト削減を追求し、苛烈な価格競争の中での仕事を経験しました。2002年にマテックスに入社し、最初に任された仕事は、基幹システムの入れ替え。松本氏は従来の業務フローを効率化・合理化しようとプロジェクトを進めました。

「1990年代は、会社や売り上げの規模が大きくなることがビジネスの物差しとして圧倒的に強い時代でした。前職では、そうした経済成長至上主義の限界をどこかで感じながらも、これがビジネスの世界の当たり前なのだと半ば諦めていました。ですから、マテックスに入社してからも、合理化や生産性を追求することが正解に近づく道だと思っていたのです」

しかし、現場の社員に「効率がよくなる」「コストが下がる」と主張してもまったく響かず、想像以上に反応が悪かったといいます。そこで松本氏は現場の目線の理解が必要だと、時間をかけて社員との対話を始めました。そうして入社から1年半ほどが経った頃、幹部の一人から「松本さん、目線が合ってきましたね」と言われたことが松本氏にとっての大きな転換点となったといいます。

「頭をガツンと殴られたような感覚がありましたね。システムを現場の目線に合わせようと一生懸命格闘していたのに、それをしている自分が一番目線が合っていなかったのだと気づいたんです」

合理性や生産性を軸に経済成長を求め続けることに疑問を抱いた松本氏は、それまでとは真逆の、非経済的・非合理的とも思える活動に重要性を見いだしました。これが現在、マテックスにとっての重要課題(マテリアリティ)である「経済成長至上主義からの脱却」の原点となっています。

社会を見据え、価値を共創する企業への転換

松本氏はその後、営業領域の部長を務めたのち、2005年に経営企画部部長と取締役を兼任し、2006年に常務取締役へと昇進。そして2009年、36歳で代表取締役社長に就任しました。そこで真っ先に着手したのは、経営理念の明文化でした。

「これからのことがまったく想像できず、経営の知識はつけていても、それが本当に通用するのかという不確かさもありました。そこで、万が一何かがあった時に、自分たちの軸となるものが必要なのではないかと考えたんです」

時代の変化や社会の成熟とともに、窓やガラスの価値のあり方も変わり始めており、軸となるべき経営理念の重要性が増していました。

「初代社長と2代目社長の時代、窓に期待されていたのは、雨風をしのいで室内に光を取り入れるというシンプルな機能でした。しかし、私の社長着任時は、室内の温度環境を整えられる高機能なガラス窓が出始めており、その拡充を図る時代に突入していたんです。『どれだけ売るか』という時代から、『窓をつうじて何を変えるか』『どんな価値が求められているか』という時代の幕開けのような気がしました。だからこそ、社会的な価値も軸に据えて共有しながら取り組んでいかなければ、存続は難しいと思いました」

そこで、松本氏は自ら理念経営について学び、先輩社員やOBにヒアリングしながら自社のDNAを掘り起こしていきました。これを基に作られたのが、5つの経営理念です。さらに2013年には、行動指針となる10のコア・バリュー(会社としての価値観・文化)も策定。そうして、単なる窓枠やガラスというモノの売り買いを超え、ステークホルダーとの「価値の共創」を力強く推し進める企業を目指して歩み始めました。

会社を守り続けるための「読み替え」

松本氏は社長就任以来、単に会社を受け継ぐのではなく、時代とともに会社の理念や精神の「読み替え」をしながら、会社を守ってきました。

「当社がこれまで守ってきた精神は『卸の精神を貫く』ことです。卸という中間の業態だからこそできることにこだわってきました。ただし、それを単なる卸としての役割と捉えるのではなく、現在は『生活者に応える業界にするための卸の役割』と読み替え、地域企業のサポート等に力を注いでいます。また、2代目まではモノを卸す時代でしたが、これからの時代はコト・トキ・心の安らぎを卸す時代であると考えています。時代の変化の中で、変えるのではなく、読み替えながらアップデートして会社を守っています」

2025年、同社は創業100周年という節目を間近に控えて自社を見つめ直す中で、新たなコーポレートメッセージを策定しました。

「私たちはこれまで、業界の内側を見て、いかにお客様によくなっていただくかを考えていました。しかし、そのお客様の先には生活者がいるわけですから、最終的に誰が何を期待しているかを私たちも見据える必要があると気が付いたんです」

そこで、地域の生活者に応える業界にすることをテーマとし、「住まう人の、いきるを共に支える」というコーポレートメッセージを策定。業界目線での卸の役割を「卸の精神1.0」、生活者・ユーザー目線で応えていく存在を目指す役割を「卸の精神2.0」と位置づけています。

多様化する社会に応える「越境」型の人材育成

会社の成長には、社員の成長も欠かせません。松本氏は「社員一人ひとりが成長し、自分の意思や存在価値をモノに重ねて提案するとき、商品はパワーを持ちお客さまは魅了される」と語ります。

「社会が成熟し、価値観が多様化している現代において、生活者が住まいに求める期待や願いはさらに複雑化していくのは間違いありません。となると、『この商品をいかに売るか』という従来の思考パターンだけではニーズに応えられません。さまざまな選択肢をそろえ、どれが最適解か一緒に考えて実現に向けて“伴奏”できる。そんな人材が、これからのマテックスに必要だと考えています」

そのような人材を育てるためのキーワードの1つが「越境」です。同社では、一人の人間として学び続ける人を応援する「マテックスカレッジ」をはじめ、異なるものに触れる独自の教育プログラムや環境作りが進められています。

「立場も生き方も異なる人と交流することで、違う考え方やものの見方に触れられる。それによって自分の中で相対化したり、時に揺さぶられるような瞬間を体験したりして、それぞれの内なるものを変えていく。そして得られたものを共有し、業界外の人々とも手を携えて、共にビジネスマインドを育てていきたいです」

社会的な取り組みは、利益につながる

マテックスを語る上で欠かせないことの1つに「地域貢献」があります。自宅でも職場でもないサードプレイス「HIRAKU 01 IKEBUKURO」の運営をはじめ、地域の住民や企業向けのイベントや、地域企業との共創、豊島区との連携などを積極的に進めています。なぜ、ここまで地域にこだわるのか。松本氏はこう話します。

「そもそも、ビジネスの多くは地域と共に始まっているはずです。しかし、力をつけていくうちに、“地域”ではなく、“消費者探し”のような見方に変わっていくような気がするんですよ。利益を上げ、経済をよくするための活動に追われる中で、地域について考える時間が少なくなってしまったのではないかと。お客様は地域に存在しており、私たちも地域で役割を果たすことが期待されています。であれば、自社にとって地域とは何か、地域に何をもたらすかは欠かせない視点だと思います」

社会的活動は直接的な売り上げにつながりにくいと見られがちですが、松本氏は「控えめに言っても大きな収益につながっています」と自信を持って話します。

「実は、非経済資本をどう増やすかが、経済資本を増やすことに寄与すると思うのです。マテックスは、業界の中でもとくに社会関係資本が大きい会社です。売買取引以外に、地域の人とは子どもから大人まで幅広く関係を作っています。その方々と関わる機会を作り、私たちも学ばせていただいている中で、その結果は確実に返ってきています」

窓や住宅に関するイベントをきっかけに地域住民との関係を築き、そこから深めることで「マテックスさんだからお願いしたい」と言ってもらったり、適正価格での販売を支えたりすることもあります。一朝一夕で実現できるものではありませんが、非経済的な取り組みがきちんと経済資本へ、確実につながっているのです。

100年企業へ。社会と産業を見据えて

間もなく創業100年を迎えるマテックス。松本氏に「長く続くために必要なこと」を尋ねました。

「自社が手がけていること、手がけたいことに、社会や環境が変わる中でどう社会的な意味づけをしていくか。社会課題のような大きいことに限らず、小さなことでも、社会的な意味づけをしながら取り組みをアップデートし続けていくことが大切だと思います」

また、「自社だけを見ていては道を誤る」と松本氏は続けます。

「長く活躍する企業の優れたビジネスモデルは、おそらく『産業がこれから社会に対してどういう役割を果たすべきか』『それが社会にどう応えていくか』をしっかりと捉えているからこそ生まれたものだと思います。ですから、自社が属する産業のこれからと、産業と社会との接続のこれからは、とくに考えなければならないポイントです。自社を取り巻く環境だけを見つめていても、大きく発展するイメージは描けませんから、産業や社会を広く見る視点は欠かせません」

「卸の精神」を貫き、地域企業と共に歩み、社会のリアルから逃げずに挑戦を続けるマテックス。共創による挑戦は、社会と地域と共にこれからも続いていきます。

お話を聞いた方

松本 浩志 氏(まつもと ひろし)

マテックス株式会社 代表取締役社長

1972年東京都生まれ。米アリゾナ州立大学サンダーバードグローバル経営大学院修了(MBA)。大手電機メーカー勤務を経て、2009年にマテックス株式会社 代表取締役社長に就任。ビジョン「窓から日本を変えていく」のもと、共創志向の事業創出に取り組む。2013年よりコア・パーパス/コア・バリューを軸に企業文化の醸成を推進。2025年にはコーポレートメッセージ「住まう人の、いきるを共に支える」を掲げ、卸会社として「何を卸し、何をつなぐか」の領域拡張を進めている。現在は越境学習型サードプレイス事業「HIRAKU 01 IKEBUKURO」を展開し、認定B Corp企業(2025年6月認証取得)として、事業設計の研究と実践を行う。

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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