世界へ、宇宙へ届くコネクタで未来をつなぐ、ワカ製作所の「選択と集中」
~経営危機をチャンスに変え、成長を信じられる企業であり続ける~

目次
宇宙空間でも活躍する同軸コネクタなど、ケーブルと機器を接続するための部品をはじめとする、高周波精密部品の専業メーカーである株式会社ワカ製作所。日本国内にとどまらず、世界へも活躍の場を広げる同社ですが、かつて経営危機を経験し、売り上げの主軸であった事業を大きく転換した歴史があります。これまでどのようにビジネスを変化させ、成長してきたのか。「日本のものづくりの心を世界に伝え、安心安全で豊かな社会の実現に貢献する」という企業理念の下、2代目社長・若林佳之助氏が歩んできた変革の道筋と、未来に対する視座に迫ります。
直談判から始まったワカ製作所の歩み
創業から約70年の老舗電子部品メーカー、株式会社ワカ製作所。同社が手がける「同軸コネクタ」や「高周波モジュール」といった製品は、医療機器や半導体デバイス、人工衛星、防衛における管制レーダーなどに導入され、さまざまな業界を支えています。
同社は1958年に「若林製作所」として、現社長の父親にあたる若林佳郎氏が創業しました。創業当初、電機メーカーに足しげく通って営業活動を続け、その熱意からスイッチボタンなどの樹脂製品の仕事を任されたのが同社の原点となっています。その後、モーターコイルやゲーム機用AVマルチコネクタなど、1960年代から80年代にわたって、日本の民生用電子機器の黄金時代を縁の下で支え、大きく業績を伸ばしました。
しかし、1980年代に入ると大量生産の時代を迎え、激しい価格競争に直面。これを受けて、1980年代後半に海外での生産に着手しました。さらに、「これからは通信だ」という考えから、高周波同軸製品の開発にも取り組み始めます。
当時はまだ、通信機器は今ほど注目されておらず、高周波事業は利益が出ない状態が10年間も続きましたが、先代は諦めずに事業を継続させました。こうした忍耐が実り、1990年代に入ると携帯電話が普及し始め、各地で通信設備の切り替えが起こったことで需要が急増。高周波事業は軌道に乗っていったといいます。
ピンチを乗り越え、強みを磨く。事業転換の決断
順調に成長していた同社でしたが、2008年のリーマンショックによって経営の危機に陥ります。民生用電子機器の市場は一気に縮小し、売り上げも急落。同社は競争力を失っていきました。
このときに同社を救ったのが「事業転換」という大きな判断でした。当時を振り返って、「短期的に考えれば、売り上げを早く戻したい。しかし長期的に考えたときに、自社の強みを改めて考え直す必要がありました」と若林社長は話します。
そこで、自社の強みは何なのか、その強みを生かして戦っていける市場はどこなのかを突き詰めた同社。そしてたどりついた答えが、高周波事業への集中でした。当時はまだ事業規模は小さかったものの、競争優位性を確立できると判断。創業以来続く民生用部品事業は、売り上げ規模自体は大きいものの薄利多売になっていたことから、従来のビジネスモデルからの脱却を決断したのです。
「高周波事業は、通信の高速化と密接に関わっています。通信の分野は変化が激しい市場ですが、私たちが手がける伝送路という製品は、電磁気学という物理法則に基づいているため、開発の根本にある原理原則は不変です。そのため、地道な磨き上げがゆくゆく効いてくる分野なのです。また、5Gや6Gのような移動通信は10年周期で世代交代が行われており、世界中でオープンに議論され、先々の情報を把握しやすい。そういった特性も踏まえて、ここで競争優位性を獲得することの意義を感じました」
こうしてハイエンド製品へと方向性をシフトさせていった同社。この事業転換は同時に、「これから何をする会社になるのか」を社内に示す宣言でもあったといいます。その思いを表したものが、現在も掲げる企業理念である、「“日本のものづくりの心”を世界に伝え、安心安全で豊かな社会の実現に貢献する。」です。リーマンショックを経て、自社の強みと進む道を深く見つめ直した末に生まれた言葉です。
4年の挑戦。同軸コネクタが初のJAXA認定へ
この事業転換を機に、2009年からは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の認定取得への挑戦が始まりました。当時、JAXA認定の同軸コネクタは存在しておらず、この道のりは想像をはるかに超える困難の連続だったといいます。
ロケットや人工衛星が利用される宇宙空間という環境では、部品に対しても非常に高いレベルの信頼性が要求され、正確に作動し続けられるかに関する厳しい試験が課されます。また、宇宙開発用共通部品として採用されるには、欧米の人工衛星での搭載実績があることや、JAXAの認定品となることが必須でした。
その中で、宇宙空間で何年もの長期にわたって機能し続ける同軸コネクタとは、いかなる条件を満たすべきか、という仕様書を作るところからスタート。さらに、その仕様をクリアしていることを証明するための試験方法や試験設備の開発も行いました。
そして2013年。ついに同社は、高周波同軸コネクタにおいて国内メーカーで初めてJAXAの認定を取得しました。足かけ4年の苦労を経て達成したこの快挙は、自社の品質管理レベルやブランド力の向上に大きく貢献し、BtoB市場において確固たる地位を築くこととなりました。そして、アメリカやシンガポール、台湾など海外市場へアピールするうえでも大いに役立っています。
気楽な経営では生き残れない。上場という選択
同社は2023年に東京証券取引所の「TOKYO PRO Market」に上場を果たしています。2011年に代表に就任した当時は、上場についてまったく考えていなかったという若林社長。上場に至った経緯について、こう話します。
「事業転換を経て、2015年頃から経営が上向いていきました。しかし一方で、これから人口減少や高齢化が進んでいく未来を見据えたとき、下りのエスカレーターに乗っているような危機感を覚えたのです。そこを逆向きに力強く駆け上がることができるような成長要因を、会社の外部ではなく内部につくり上げ、磨いていかなければ勝ち残れないと考えました」
国内市場の縮小、海外市場での競争、人材確保の難しさ――こうした数々の課題を乗り越え、会社をさらに上のステージへ引き上げるために選んだ手段が、株式上場だったのです。同時に、「透明性」の大切さについても若林社長は語ります。
「正直、オーナー企業なら、うまくやれば気楽に経営できる部分もあると思います。しかし、そんな経営をしていて、この先の日本で成長を続けられるほど甘くはない。だからこそ、あえて自社を外部からの厳しい目にさらすことで信用を得て、それを成長につなげていきたいと考えました」
そんなワカ製作所には、創業以来変わらないDNAが流れています。
「お客様の要望に応えようとする姿勢。これは先代から続き、私も変えたくないと受け継いできたものですし、社内にも根付いている文化です。これまでの歩みの中で、お客様の要望に応えようと一生懸命取り組んだ結果、新しい道が開けた場面が何度もありました。求められたことに対して、できるかできないか、やるかやらないかではなく、どうやったらできるかを考えるというのが、当社らしさだと思います」
地域の女性が支える最先端の技術。地域に根付いた会社とは
ワカ製作所は、若林社長の祖父の出身地である長野県麻績(おみ)村に、1964年から製造拠点を置いています。JAXA認定コネクタの製造を支えているのは、この麻績村の兼業農家の女性たちです。「地域に存在している会社として、そこで役に立つ存在でありたい」というビジョンの下、事業を行ってきました。
麻績村は長野県の中でもとくに人口が少なく、過疎化や高齢化が進んでおり、子育て世代の人口を増やすことに注力しています。そこで同社も、女性が子育てしながら働きやすい環境を整えています。「この人にしかできない、属人的な仕事」をできる限りなくし、生活スタイルに合わせて働く時間を柔軟に設定したり、子どもの急病時にすぐに休めるようにしたりすることができる体制を構築しました。
「この働きやすさは、会社主導の押し付けではなく、現場の従業員たちが自発的に助け合う風土から生まれたものです」
働きやすさや、「世界に通用する製品を作っている」という誇りが地域で共有され、従業員からの口コミが採用につながるケースもあるといいます。麻績村の村長からも、「商工業の発展や地域雇用に大きく貢献している」と高く評価されているそうです。
若林社長は、地域に根付く経営についての価値観をこう話します。
「職場というものは、報酬を得るためだけの場ではなく、自分の成長や、社会に役立っていることを感じ取れる場でもあるべきです。そういう意味でも、当社がその地で暮らす人たちにとって必要な存在になれているといいなと思っています」
成長を信じられる会社であること。未来を見据えた戦略
100年企業、そしてさらに先の未来を見据えて、「技術をさらに磨いて技術領域を拡大し、より多くの場面で強みを生かせるようにしたい」と若林社長。これから100年、200年と企業が続いていくために何が必要か。若林社長はこう語ります。
「企業が健全に存続するためには、持続的な成長に加えて、従業員が会社の成長を“信じられる”状態であることが必要だと思います。そのためには、自社の強みを磨き続けること。それによって、働く人たちが、将来への希望を持ち、仕事を通じて成長を実感できるような状態をつくることがとても大切なのです」
高周波技術を磨き上げながら、世界へ、そして宇宙へ。さらなる飛躍を胸に、ワカ製作所は挑戦の舞台を広げています。

お話を聞いた方
若林 佳之助 氏(わかばやし よしのすけ)
株式会社ワカ製作所 代表取締役社長
1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、三菱電機株式会社に入社。FA機器の営業を経て、2005年、株式会社ワカ製作所に入社。2011年代表取締役社長に就任して現在に至る。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ










