区分所有オフィスの可能性と、コロナ禍におけるオフィス不要論の考察 ~The potential of the office building unit ownership and study of workspace transformation during the COVID-19 pandemic in Tokyo

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目次

以下に掲載する論説は、ボルテックス100年企業戦略研究所上席研究員である安田憲治が、公益社団法人日本不動産学会の学会誌Vol.34 No.3(134)に寄稿したものである。
今回、特別に全文掲載の許可をいただき、本サイトで公開する。

概要
本論説では、一般的に馴染みのない「区分所有オフィス®」の可能性について、維持管理の容易さと国内不動産の需給バランスの観点から言及し、またコロナ禍でのテレワークの流行により囁かれ始めたオフィス不要論について、経営側と従業員側双方へのいくつかの意識調査や、実際に発生した情報漏洩事例を用いて考察していく。

1. はじめに

長らくの間「建物の区分所有等に関する法律」は、一般的に「マンション法」と呼ばれてきた。そのため「区分所有」と聞けば、最初に住居系物件がイメージされることがほとんどである。

だが、同法本則第一条に「一棟の建物に構造上区分された数個の部分で独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるものがあるときは、その各部分は、この法律の定めるところにより、それぞれ所有権の目的とすることができる。」とあるように、本来その対象は住居に限られない。

まだ市場としては限定的であるが、オフィスを対象とした区分所有市場も成長しつつある。

2.「区分所有オフィス」のビジネスモデル

そもそも不動産業界にでも属していなければ、「区分所有オフィス」という言葉自体を聞き慣れていない方が大半だと思う。簡潔にいえば、オフィスビルの一棟を分割して複数のオーナーでフロアごとに所有するというものだ。

従来、高額なオフィスビルの売り買いは、潤沢に資金のある巨大企業や投資ファンドによる狭いマーケットの中で行われてきた。大規模オフィスビルはおろか、中規模オフィスビル(敷地面積100坪から150坪、10階建てくらいを想定)ですら、一棟で20億円から60億円もする。この価格では、中小企業や個人資産家は手が出せない。

そこで「フロア単位での区分所有」という形の市場が登場してきている。この手法ならば20億円のクオリティの物件でも、2億円でその一部を取得することが可能になる。理論的には規模に関わらず同手法を用いることで、高額なオフィスビルを小口化することができるが、一般的に市場で流通しているのは「中規模」の物件が多い。その理由として、ストックが大きいことに加えて、他のカテゴリーの物件よりも希少性が高いために、相対的に高い投資リターンを得ることが可能になるということがあげられる。

ここで、住居系物件と比較して、区分所有オフィス市場の特徴と優位点を説明する。

1つ目は、住居系物件よりもアセットとしての寿命が長いことがあげられる。マンションやアパートなどの住居系アセットは、賃料は新築時が最も高く、その後は年月を経るごとにどんどん下がっていく。しかし、オフィスビルは規模と立地により、長期に渡って周辺の相場と変わらない賃料を維持できるのが一般的だ。なぜなら、住居系物件とは異なり、顧客が何よりも利便性を重要視するためである。一定程度の規模があり立地に恵まれたオフィスビルであれば、よほど外観が劣化していない限り、最新のOA機器等の設備が問題なく使えればテナントは満足し、家賃の下落圧力から逃れることができる。

2つ目は、維持管理がしやすいことだ。賃貸住宅などの場合、退去時の原状回復費用は基本的にオーナー負担となる。国土交通省は『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)』で、原状回復にかかる契約関係や費用負担等のルールの在り方を明文化している。同ガイドラインでは、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管(善良な管理者)注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義している。つまり、故意ではない経年劣化による建物の傷や汚れは、入居者の責任にはできないということだ。具体的には、一般的な清掃で除去できる程度の喫煙、クロスの変色、家具を置いたことによる床のへこみ、エアコン設置のためのビス留めなどは、通常の使用の範疇とされる。それに比べ、オフィスビルの原状回復費用は、基本的にはテナント側が負担する。住居系物件のようにどちらが負担するかなどの揉め事も少ない。また、住居系物件だと賃貸中に設備に不具合が起きた場合のコストの大きさも無視できないが、設備そのものが少ないオフィスビルはそうした心配がほとんどない。住居系物件は、キッチンやバスルームなどの水廻りの設備や空調設備が各戸ごとにある。しかし、オフィスビルには、そもそもキッチンやバスルームはなく、トイレも各階ごとに集中してあるので、メンテナンスが容易だ。空調設備も屋根裏に設置するタイプの業務用なので、家庭用よりは故障率が低くなっている。もしリフォームが必要なほどに経年劣化したとしても、間取りは基本的にシンプルであるため、壁紙や床材を張り替えるだけで見違えるほどきれいになる。おそらく多くの人は内装を見ただけでは新築物件と区別がつかないだろう。

3つ目は、需給バランスだ。住居系物件はすでに供給過多の傾向にあり、さらにこれから人口減少が続くことを想定すると、賃料には下落圧力がかかり続けるだろう。少額資金で投資ができ、かつ管理の手間を要しないなどのメリットはあるが、賃料や物件価値に下落圧力がかかるのでは長期投資家が所有するにはふさわしくない。

次は、なぜ大規模オフィスビルやペンシルビル(狭い土地の上に建てられた中層建築物)でなく「中規模」のオフィスビルで区分所有市場が成長しているのかを整理する。

まずは大規模オフィスビルだが、これはその巨大さゆえに、一棟増えるだけで大きく需給バランスに変化が生じてしまう。たとえば、六本木ヒルズがオープンした2003年は、ほかにも続々と大規模オフィスビルが建設されたため、供給過剰となり大量の空室が出た。また、東京ミッドタウンがオープンした2007年や2012年にも同じような建設ラッシュがあり、供給過多が問題になった。このように、需給バランスの乱高下が激しい物件は、賃料の上下幅も大きくなる。これにはかなり資本力のあるオーナーでなければ耐えられない。つまり、区分所有という市場には馴染まないことが理解できる。

では、ペンシルビルが良いかといえばそうでもない。このようなビルの借り手は、多くがスタートアップである。倒産して退去せざるを得なくなったり、成長してより大きなビルに移転したりするなど、とにかく入退去が激しいため、安定した賃貸収入が期待しづらいのだ。また、ペンシルビルは個人で所有しているケースが多いので、管理が十分ではないケースがみられる。たとえ購入時に安く取得できたとしても、メンテナンスが不十分であれば、その後に追加的なコストをかけて修繕しなくてはならない。さらに、古いペンシルビルはIT対応が行いにくく、物件としての価値が高まらない。今の時代にIT対応が難しいビルは、それだけで人が入らなくなってしまう。このようにペンシルビルは、投資対象として中小オフィスビルと比較すると、リスクが高くなってしまう可能性がある。

前にあげた2タイプと比べ、中規模オフィスビルは安定した需要が見込める。供給率が圧倒的に低いためだ。ザイマックス不動産総合研究所(2020)によれば、東京23区の大規模(延床面積5,000坪以上)オフィスビルのストックは、2000年に500棟だったのが2020年には755棟となり、20年間の増加率が2.1%となっている一方、東京23区の中小規模(延床面積300坪から5,000坪)オフィスビルのストックは、2000年に8,393棟だったのが2020年には8,538棟に増え、実に20年間の増加率は0.09%となっている。それはバブル崩壊時に理由がある。バブル崩壊直後、オフィスビルのテナントは多くが倒産し、借り手が激減して数多くの物件がマンションに建て替えられた。その後も、東京ミッドタウンのような大規模オフィスビルを建てる敷地確保のため、中規模オフィスビルがまとめて買収されるケースが増加した。そのため中規模規模オフィスビルの絶対数が減り、ここ数年の供給率はマイナス傾向にあった。

さらに中規模オフィスビルであれば、そこそこ耐久性や設備の質も高くなっており、小規模オフィスビルよりも高い賃料坪単価を付けることができる。

また、他の規模のオフィスよりも長く貸せるところも魅力的である。中規模オフィスを借りるテナントは、それなりの売上がある優良企業だ。しかしながら、その中からさらに成長して大規模オフィスに移れる企業は、ほんの一握りだ。一方で、一度その物件を借りてからグレードを落として小規模オフィスビルに移転するのでは、自社のイメージに傷がつく恐れがある。よほどのことがない限りは移転しない。そのため、小規模オフィスのような「腰掛け」ではなく、契約期間が長くなりやすいのである。

3. コロナ禍におけるテレワークとオフィス不要論

2019年までのオフィス市場は、かつてない低い空室率からも見られたように、堅調に成長してきた。しかし、2020年に入ると想定外のリスクが降りかかってきた。コロナ禍である。患者数は増加の一途を辿り、4月7日(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県以外の道府県については、同月16日)には緊急事態宣言が発令された。「人と人との接触を7割から8割減らす」という国の指針に沿って、多くの企業がテレワークに踏み切った。

そういった状況の中で「今後、都心のオフィス需要はなくなるのではないか」「完全にテレワークに移行する企業が増えるのではないか」という声も多くあがっていた。しかし、実際にはそうはならなかった。アイティメディア株式会社による、平日午前7時から10時の東京・丸の内、品川、霞が関の3カ所のビッグデータ解析によって、それが明らかになっている。たしかに、緊急事態宣言が出された4月7日から通勤者数は激減した。たとえば、品川における4月17日から23日の平均滞在人口は、コロナが流行する前の平時と比較して38.0%となっていた。そのまま滞在人口は低空飛行で推移していたものの、緊急事態宣言が解除された5月25日からは一気に急増傾向に転じた。6月4日には平常時と比較して、品川は57.9%、丸の内は68.0%まで滞在人口が戻った。官公庁の多い霞が関にいたっては72.6%であった。

これはいったいなぜなのか。いくつかの理由があげられるが、いちばんの原因は業務効率の低下ではないかと思われる。日本生産性本部によって5月中旬に行われた「第1回 働く人の意識調査」では、在宅勤務についての質問に対し、「効率が上がった」が7.2%、「効率がやや上がった」が26.6%となり、効率向上を実感した人は合計で3割強にとどまった。逆に効率が「やや下がった」との回答は41.4%、「下がった」との回答は24.8%となり、効率低下を実感した人は合わせて6割を超えた。また、在宅勤務の満足度については、「満足している」が18.8%、「どちらかと言えば満足している」が38.2%で、6割弱が満足だと感じている結果となった。「コロナウイルスの感染拡大が収束した後も、テレワークを行いたいか」という質問については、「そう思う」が24.3%、「どちらかと言えばそう思う」が38.4%となり、合わせて6割以上が継続を望む意向を示した。つまり「テレワークのせいで仕事の効率は下がったが、この勤務形態自体は快適なので、できればこれからも継続していきたい」ということだ。また、今回のテレワークで余暇の時間が増加したわけだが、自己啓発を「始めた」が8.8%、「始めたいと思っている」が30.1%、「特に取り組む意向はない」が61.1%となっていた。

上記の結果を見ると、日本のサラリーマンの労働に対する意識やモチベーションは、決して高くはないことが分かる。これからコロナ不況がやってくるという中で、このように悠長に構えていられるのは、あくまでも会社の先行きを気にせず、いざとなれば転職ができてしまえる従業員側だけである。手探りでテレワークを始め、まだまだ管理の目が行き届かない状況下、社員にこのような感覚で働かれるのは、経営側にとっては決して好ましいことではない。目先のコストダウン(オフィス賃料や社員の定期代など)というメリットよりも、マネジメントの難しさや社員の業務効率の低下、情報漏洩のリスクなどデメリットのほうが遥かに大きい。もちろん、管理体制やマネジメントの仕方などを十分に練り上げたうえで実施するには、時間と高い費用が発生する。そうすると、上記の調査結果を見る限り、準備万端でテレワークを開始することができた企業は決して多くはなさそうである。

日本生産性本部によって5月から6月にかけて行われた「世界経営幹部意識調査」にも、そういった日本の経営側の不安感や危機感が如実に表れている。コロナ危機が働き方に及ぼす長期的影響や変化について、日本のCEOの多くは「時差勤務等柔軟な労働時間勤務」をあげているが、欧米と比較して「在宅勤務/テレワーク勤務者の増加」や「ビデオ会議による出張の削減」は特に少なく、新しい働き方に対して保守的であることが分かった。さらに、欧米ではあまり重視されていない「デジタルを活用した従業員管理の強化」を日本では重視しており、労務管理に対する意識の差も見て取れる。

また、突然始まったテレワークにまだ慣れておらず、かつ仕事環境も整っていない状態に従業員側が苦慮していることを表すデータも出てきている。ペーパーロジック株式会社によるアンケート調査でテレワークの課題について質問したところ、1位は「対面よりコミュニケーションが難しい」で45.9%、2位は「書類に勤務先のハンコを押印する必要があり上司の承認・決済が取りにくい」で28.8%となった。さらに「ツールが整っていなくて非効率」が24.3%、「Wi-Fi環境やPC環境が整ってなく、遅い」が21.6%であった。これでは、業務効率や生産性が低下してしまうことが考えられる。

さらに、8月25日の日経電子版ではVPN情報の流出が報じられた。内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)によると、8月中旬頃にダークウェブ(匿名性の高いネットワーク上に構築されたWebサイト)で、900社を超える企業のVPN情報がやり取りされているということが判明し、このデータを調査したところ、日本企業38社が含まれていることが分かったという。

結局、今回の急なテレワークへの移行はコロナ禍での苦渋の選択であり、日本企業で本格的に導入するには物心両面で未成熟であったということだろう。さまざまな問題点を鑑みれば、少なくともこの先数年の間に、オフィスを捨てて完全にテレワークに移行する企業が増えることは考えにくい。あったとしても、出社人数の減少にともなうオフィス規模の縮小(大規模から中小規模へ)が精々ではないだろうか。三井住友トラスト基礎研究所の川村氏は、テレワークについて「必ずしも重要ではない工程を炙り出すなど、生産性の向上に寄与する側面も持ち合わせている」と評価しながらも「テレワークの活用によりオフィス面積圧縮にまで切り込んでオフィスコストを圧縮しても、きわめて高い生産性を維持しない限り、そのメリットを享受できない可能性が示された」と述べている。

ただ、テレワークの導入を歓迎している方は多いために、今後「テレワークが可能」ということを打ち出して有用な人材を集めようとする企業が出てくるのは確実だ。それにともないシステムはよりブラッシュアップされ、マネジメントする側もノウハウを積み重ね、次第に慣れていくことだろう。育児や介護などの家庭の事情や、健康問題などでオフィスまで通勤できない優秀な人材を掘り起こすことも可能になる。それ自体は歓迎すべきであり、社会全体にとってのメリットも大きい。

しかし、日本社会にテレワークが浸透すればするほど、企業は徹底した成果至上主義になり、正社員としての雇用人数は減少し、代替可能な仕事は派遣社員や外注で済ませるようになるだろう。画面越しでも目に見える形で結果を出せなければ、解雇される可能性も高まる。テレワークのメリットとデメリットを十分に認識したうえで、経営側も従業員側も選択をしていくことが重要になってくるものと考える。

参考文献
ITmediaビジネスONLiNE『緊急事態宣言解除後、「通勤という因習」は復活したのか――ビッグデータで解明』
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2006/09/news031.html(2020年10月26日閲覧)
国土交通省住宅局『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)』
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf(2020年10月26日閲覧)
ザイマックス不動産総合研究所(2020)『オフィスピラミッド2020』
https://soken.xymax.co.jp/wp-content/uploads/2020/01/2001-stock_pyramid_2020-2.pdf(2020年10月26日閲覧)
日本経済新聞社 日経電子版『テレワーク、VPN暗証番号流出 国内38社に不正接続』
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62994110U0A820C2MM8000/(2020年10月26日閲覧)
日本生産性本部『新型コロナウイルスの感染拡大が働く人の意識に及ぼす調査 調査結果レポート』
https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/5f4748ac202c5f1d5086b0a8c85dec2b.pdf(2020年10月26日閲覧)
日本生産性本部『世界経営幹部意識調査「ポストコロナの世界と企業経営」CEO版 調査結果概要』
https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/csuite20200903_1.pdf(2020年10月26日閲覧)
ペーパーロジック『「リモートワーク・テレワーク」に関するアンケート調査』
https://paperlogic.co.jp/wp-content/uploads/2020/03/d140b430432b05ea81a105f4ecf1208b.pdf(2020年10月26日閲覧)
三井住友トラスト基礎研究所 川村康人(2020)『「オフィスコスト」と「生産性」―オフィス面積の削減はペイするのか?―』
https://www.smtri.jp/report_column/report/pdf/report_20200824.pdf(2020年10月26日閲覧)
宮沢文彦(2018)『100年企業戦略:「持たざる」から「持つ」経営へ』東洋経済新報社

著者

安田 憲治

一般社団法人 100年企業戦略研究所 主席研究員

一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。塩路悦朗ゼミで、経済成長に関する研究を行う。 大手総合アミューズメントメント企業で、統計学を活用した最適営業計画自動算出システムを開発し、業績に貢献。データサイエンスの経営戦略への反映や人材育成に取り組む。
現在、株式会社ボルテックスにて、財務戦略や社内データコンサルティング、コラムの執筆に携わる。多摩大学社会的投資研究所客員研究員 。麗澤大学都市不動産科学研究センター客員研究員。
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