ビジネスも宗教も、顧客創造とイノベーションなくして生き残れない

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2015年、築地本願寺のトップである代表役員宗務長に就任した安永雄彦氏は、50歳で僧侶の資格を取得した元ビジネスマンという異色の経歴の持ち主です。都市化・少子化の波を受け、衰退期に入る日本のお寺をどう再生すればよいのか――「お寺の常識」を超えて取り組んできた改革を振り返りながら、そのスタンスや心構えについて語っていただきました。

「目に見える成果」の積み重ねが、組織の空気を変える

ビジネスでは「合理」や「効率」が追求されます。私は築地本願寺に来る前は、銀行員、外資系ヘッドハンティング会社、経営コンサルタントと、ずっと「合理の世界」に身をおいてきました。しかし同時に、人間が生きるとは、合理だけでは割り切れない何かがあるとも感じていました。

そんな内面的な関心から仏教を学び始めたのがきっかけで、浄土真宗の僧侶の資格を取ります。それを聞いた知人のお寺から手伝いを頼まれるようになり、次第に宗派内のいろいろな方とつながりができました。

ちょうどその頃、浄土真宗本願寺派は大きな組織改革を行っている最中でした。老舗企業が昔ながらの人事や慣行にとらわれて旧弊を脱皮できないことがよくあるように、400年の歴史を持つ築地本願寺が変革を成し遂げるためには、従来のお寺の慣習と価値観にどっぷりと浸かっていた人たちだけでは限界がある。やはり「外部の力」が必要ということで、私が宗務長という事務執行機関の代表者に就任することになったのです。

企業でもお寺でも「組織を経営する」ことに変わりはありません。仏教にはまだ親しみがあるものの、日本人の「お寺離れ」は加速しています。葬儀や法要はどんどん簡素化・省略化されています。人びとのお寺に対する期待がなくなれば、お寺が果たす役割もなくなります。役割のない組織が存在を許されないのは、株式会社であろうと宗教法人であろうと同じです。

しかし、理屈としては理解されても、実際に改革を進めるのは容易ではありませんでした。ずっとビジネスの世界で生きてきた人間が、いきなり宗教の世界で改革の先頭に立つ。現場の人たちの気持ちは、想像してみればわかります。「ビジネスの手腕はある人かもしれないけれど、お寺のことは何もご存じないのでしょう?」――当然の話です。

組織の空気を変えるためには、一つひとつ実績を積み上げていくしかありません。

まずは、何となく足を踏み入れにくかった築地本願寺に誰でも気軽に立ち寄っていただけるよう、境内の大改装に着手しました。宗務長就任2年後の2017年にインフォメーションセンターをつくり、ここにカフェやショップを併設。

美術館などの文化的施設にはセンスの良いカフェがあって、訪れる動機の一つにもなっています。そのような着想から、築地本願寺のカフェ「Tsumugi」を開店しました。看板メニューの「18品目の朝ごはん」がインスタ映えすると話題になり、参拝者はおかげさまで倍増しました。

都市生活者の「お墓の悩み」に応えるために、過去の宗派を問わずに入れる「合同墓」を設置したところ、これにも大きな反響がありました。現在も、年間数千人単位で予約をいただいています。

こうして目に見える形で改革の成果が表れ始めると、職員の意識もおのずと変化するものです。今では改革が当たり前になり、5年前の意識は遠い過去になりつつあります。

反発があるのを前提に、理念を共有して改革を断行する

職員の意識が変わり、改革の方向に前進することができたのは、成果が目に見えるようになっただけではなく、「新しい布教活動」という改革の理念が共有されていたからです。従来の信者、浄土真宗では「門信徒」と呼びますが、それだけに頼っていては先細りするだけ。どうしても新しい門信徒を増やしていく必要がある。そのことは誰もがわかっていました。ただ、そのやり方に戸惑いがあったのです。

改革とは何か。それは、これまでのやり方を否定することです。だから反発があるのは当然です。みんなこれまで通りのやり方でやってきて、ここまでたどり着いている。多少の困難も乗り越えてきた。だからこのままでいいんだ――では、次のステージには進めません。
「企業の目的は顧客の創造である」とは、ピーター・ドラッカーの言葉です。そして「そのために必要なことはマーケティングとイノベーションだ」と述べています。われわれの立場に置き換えれば、「マーケティングとイノベーションによって、新しい門信徒を創造すること」なのです。

現状を打破するために外部の力が必要ということで私が呼ばれたとはいえ、私一人の力で改革を成し遂げることはできません。伝統的な組織の中にも、新しいものの見方をする人や、比較的自由にモノを言う人はいるものです。中枢よりもむしろ、そういう辺境にいる人たちを巻き込んでいくほうが、推進力につながる場合があります。

また、自分に能力がない分野はお金を払ってプロの力を借りるのも一つの方法です。築地本願寺では、境内の大改装に際して、まずはデザイナーに依頼することから始めました。建物は建築会社の設計士、境内の樹木は造園会社、と個別に発注すると、できあがったときの印象がバラバラになってしまいます。

「築地本願寺」というブランドを再構築するためには、どうしても統一感のあるデザインは欠かせないと思っていました。その結果、コーポレートカラーを「鉄紺」に決め、ロゴマークも作成、ウェブサイトや印刷物に統一感を持たせました。境内は明るく開け、新しく完成したインフォメーションセンターも、トータルデザインの力でインド様式の本堂とうまくマッチし、道行く人の目を引きつけるようになったのです。

現代人の心を解きほぐす仏教の智慧を「新しい伝え方」で

「お寺離れ」は進んでいても、私は現代人の中から宗教心が失われたとは思っていません。人が「心の拠りどころ」を求める状況は、今も昔も変わりないはずです。「お寺離れ」は、お寺が現代人の悩みや苦しみに応えていないということに他なりません。

仏教は、はるか昔のインドでお釈迦様が説かれた教えに始まります。それが長い年月をかけて日本に渡ってくると、社会や人々の心の変化にあわせて形も変えてきました。われわれも、800年前から続く浄土真宗の教えを変えることはありませんが、その伝え方は現代人が受け止めやすく、現代人の心に届くようなやり方に変えていく努力が必要です。

仏教は宗教といわれますが、そもそもは、この世の真理、いわば事実の要素を説いています。ですから人生とは何か、世の中とは何か、人間が生きるとはどういうことかを見つめる思想・哲学という側面を強く持っています。仏教は現代人が陥りがちな思考パターンを解きほぐしたり、悩みの袋小路から抜け出すための智慧にあふれています。ストレスフルな現代社会にあって、仏教が果たす役割はやり方次第で無限にあるのです。

ダイバーシティへの対応、挑戦する人材の育成など、まだまだ課題はありますが、築地本願寺はこれからも、多様化する社会に対して「開かれたお寺」であるために、さらに改革を加速させていきます。イノベーションなくして組織は生き残れない。ビジネスも宗教も、その点は全く同じなのです。

(ライター 若林邦秀)

お話を聞いた方

安永 雄彦 氏

築地本願寺代表役員・宗務長

三和銀行(現三菱UFJ銀行)に21年間勤務。外資系大手エグゼクティブ・サーチ会社(ラッセル・レイノルズ)を経て独立、島本パートナーズの代表取締役社長として経営幹部人材のサーチ・コンサルティング業務に従事、企業経営者や大手企業幹部向けのエグゼクティブ・コーチング活動を展開。2015年7月、築地本願寺代表役員・宗務長に就任。僧侶組織のトップとして法務に従事するとともに、新しいかたちの伝道布教活動を企画推進中。

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