東京と地方 経済発展のシナリオ~都市と経済 復活の処方箋

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記事公開日:2020/10/02    最終更新日:2023/05/30

文化・芸能、芸術の最先端である東京は、その魅力であらゆるものを引きつけてきました。コロナ禍で都心での働き方が大きく変わり、今後、東京と地方の経済はどう変化するのか。100年企業戦略研究所長の堀内勉が、都市と地方の発展と復活のシナリオを描きます。

東京は“全部盛り”のメガシティ

高度経済成長からバブル経済を経て、その崩壊、失われた20年、アベノミクスによる景気回復、そしていまはコロナ禍に翻弄される時代というように、東京は時代のさまざまな変化の波に洗われてきました。

しかし、少なくともコロナ禍が始まるまで変わらなかったことがひとつあります。それは、何でも吸い寄せてしまう東京の吸引力の強さであり、情報発信力の強さです。文化・芸能、芸術の大半は東京発であり、その最先端の魅力にとりつかれた人たちがどんどん東京に集まってきました。

かつては大阪など東京以外の都市部に拠点を構えていた企業の多くは、いまや東京に本社を移転しました。大学も東京にあるということが大きな魅力となっています。そして中央官庁の大半はもとより霞が関に本庁舎を構えており、当然、政治の中心も東京にあります。

このように文化・芸能、芸術、学校、経済、行政、政治に至るまで、さまざまなものが一極集中している都市は、世界広しといえども東京だけでしょう。たとえば米国であれば、政治の中心はワシントンDCですが、経済や文化・芸能、芸術の中心はニューヨークというように分散しています。しかも東京の場合、いずれもが非常に高いレベルで存在しています。さらにいえば観光名所がたくさんあり、食事も美味しい。東京に大勢の人が集まるのは必然といってもいいでしょう。

では、東京は今後も強力な吸引力で、ありとあらゆるものを吸い寄せ続けていくのでしょうか 。

その答えは、「これまでと同様に東京という都市が持つ魅力に吸い寄せられていく人がいる一方、東京にこだわらず地方で働き、かつ生活する人も増えていく」ということになると見ています。そのきっかけになったのが、世界中でパンデミックを引き起こしている新型コロナウイルスです。

リモートワークが変える地方とリゾートへのニーズ

コロナ禍は、とりわけ東京都心で働いている人たちの働き方を大きく変えました。感染拡大を抑え込むために行なわれたリモートワークによって、都心で働くオフィスワーカーたちは、毎日満員電車に揺られて自宅と会社を往復することの無意味さ・非効率さに気づき始めています。デジタル化に伴って普及してきたさまざまなインフラが十分に活用できるということを実証する場ともなりました。

おそらくコロナ禍が収まったとしても、リモートワークの多くの部分は残るでしょう。そうなったときには、これまでと比べて都心のオフィスビル需要が減少することは避けられません。

その一方で都心近郊のベッドタウンや、都心から少し離れた距離にある地方都市では、サテライトオフィス需要の高まりによって中規模ビルが人気を集めるでしょう。その背景には、会社側がリモートワークを推進しようとしても、自宅では満足にリモートワークを行なうことが困難な社員が多いという事情があります。そのため、自宅からさほど離れておらず、駅からの距離も近いところに、リモートワークに必要な設備が整っているサテライトオフィスを設ける必要性が高まってくるのです。

あるいは都心から少し離れた距離にある地方都市に目を向ける動きもあります。

最近「ワーケーション」という言葉をよく耳にするようになりました。「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語で、わかりやすくいえば風光明媚なリゾート地などで仕事をするというイメージです。たとえば、軽井沢にはリモートワークのための拠点がすでに20か所もあります。日本を代表するリゾート地でありながら、東京駅から長野新幹線で片道1時間5分しかかからないので、必要なときにはすぐに都心に出られる交通事情の良さがそうしたニーズを支えています。

軽井沢と同じような交通事情の良さから考えれば、静岡県の熱海、神奈川県の箱根なども、ワーケーションやリモートワークの拠点としての条件を備えています。

また、働き方との折り合いのつけ方次第では、都心からもっと離れたところにある地方都市でも、リモートワークの環境を構築できる可能性があります。多くの地方都市が、普通に住むことができる空き家の増加という問題を抱えています。日本最大級の不動産・住宅情報サイトを運営しているライフルホームズは、空き家の情報を集めたサイト「空き家バンク」をつくるなどで地方創生を提唱していますが、これなどもリモートワークの大きな流れと組み合わせることによって、大きな進化を遂げられるはずです。

コロナ禍は日本が変わるためのチャンス~東京はどうなるのか

1980年代のバブル崩壊以降、社会・経済のさまざまな分野において、適応力や調整力に優れた日本は本当の意味での構造改革を成し遂げることができませんでした。その意味では、コロナ禍で追い詰められてこれまでの流れを断ち切らなければならなくなったことは、日本人が本当に変われるチャンスといえるかもしれません。

今後訪れるそうした流れのなかで、東京はどうなるのでしょうか。リモートワークが当たり前のものになって、都心に出なくても働ける環境が整ったとしたら、東京都心で働くオフィスワーカーの数は大きく減ります。そうなれば、先に触れたように広大なオフィスビルのニーズは確実に後退します。

これまで大型・高層ビルを中心に手がけてきた大手デベロッパーにとっては、おそらく見たくない現実でしょう。大規模再開発で容積率の割増しを受け、その割増し分を収益にするビジネスモデルは今後、変更を余儀なくされるかもしれません。

しかし、そのことは都市としての東京の魅力まで後退するということではありません。

重厚長大思考からアート思考へ。地方は活性化、東京は「質」を追求

そもそも都市の魅力とは何でしょうか。それは、さまざまな国、地域から大勢の人が集まり、インタラクティブにいろいろなことが起こり、新しい価値を生み出すことにあります。

クリエイティブな人々が集まって交流を深め、新しい文化、芸術、ビジネスが生まれていく、創発の場が都市なのです。世界を見渡してみれば、東京に限らず、ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポール、香港などは、まさにそういう機能を有していることがわかります。

最近はビジネスにおいて、「アート思考」に対する注目度が高まってきています。従来、ビジネスは左脳を使ったロジカル思考が大事であると考えられてきましたが、これからのビジネスはアート思考、つまり右脳も同時に使って、アートとテクノロジーを融合させ、新しい付加価値を創造することが求められています。

私がかつて在籍していた森ビルは、六本木ヒルズのタワー最上階に森美術館をつくりました。美術館を高層ビルの最上階につくるというのは、当時常識から大きく外れることでした。

そもそも美術品は日光が大敵なので、作品に日が当たらないようにするために窓を塞がねばならず、だとしたら景色の良い最上階につくる意味がありません。また、高層ビルは基本的に上にいくほど家賃が上がるのですが、美術館というのは世界中どこでも儲からないビジネスです。

そのため社内では反対の意見も多かったのですが、蓋を開けてみたら大成功でした。以来、都市にはアートが必要だということで、ほかのビルも入り口前にあるパブリックスペースにアート作品を置くことが常識になりました。

これまでの東京は、あらゆるものの中心であることを背景として、多くの大企業が都心に重厚長大な本社オフィスを構えることを目指すような都市でした。しかし、そういう時代が大きく変わる可能性があります。もっと軽やかで、クリエイティブな層が大勢集まり、アート思考で新しい付加価値を生み出していく、都市本来が持つ機能が改めて注目される時代がくるのです。

コロナ禍が収まれば、東京の魅力を理解している大勢の外国人が再び東京にやってきます。そのときには、ワーケーションとリモートワークをエンジンに地方が活性化する一方で、東京はクリエイティビティの高い人々が諸外国から集める都市を志向していくことになるでしょう。

インバウンドによるビジネスも今後はたんにお金を使ってくれる人の数を求めるのではなく、「質」を高めていく時代になるのです。そして、「質の高いインバウンド」が、東京という都市の持つ魅力を一段と高めていくと思われます。

(ライター鈴木雅光)

語り手

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学社会的投資研究所所長。 東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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