再建した長寿企業 × 組織の聴く力
「負けない企業」をつくるリーダーシップとは【セミナーリポート】

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目次

サステナビリティ経営が注目されていますが、その先駆者である長寿企業は、どのように危機を切り抜け、外部環境の変化に対応してきたのでしょうか。創業95年の大手タクシー会社、日本交通の三代目である川鍋一朗氏と、企業の組織改革に携わり、アメリカのベストセラー「LISTEN」の監訳者でもある篠田真貴子氏をお迎えし、それぞれのお立場からお話しいただきました。本稿では、2023年1月17日に開催したオンラインセミナーの内容の一部をご紹介します。


登壇者

川鍋 一朗 氏

日本交通株式会社 代表取締役会長/株式会社 Mobility Technologies 代表取締役会長

日本交通株式会社 代表取締役会長/株式会社Mobility Technologies代表取締役会長 大学卒業後、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院MBA取得。マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンを経て日本交通株式会社に入社。現在、日本交通及びMobility Technologies会長として日々進化する業界の改革に奔走中。東京ハイヤー・タクシー協会会長、全国ハイヤー・タクシー連合会会長。

篠田 真貴子 氏

エール株式会社 取締役

オンライン1on1を通じて企業の組織改革を支援している。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008~18年ほぼ日取締役CFO、2020年より現職。慶應義塾大学卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。経済産業省 人的資本経営の実現に向けた検討会委員。『LISTEN--知性豊かで 想像力がある人になれる』監訳。

モデレーター

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長

東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インべストメントマネジメント社長を経て、2015年まで森ビル取締役専務執行役員CFO。

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一度失った信用を体当たりの挑戦で取り戻した老舗三代目

日本交通の三代目として誕生した川鍋氏が、同社に入社したのは30歳のときのこと。創業者の祖父が30歳で起業したため、自分も20代のうちは外で修行を積み、その後に家業に就こうと考えてのことでした。

しかし、入社した川鍋氏は家業の惨状を目の当たりにします。バブル期に行った不動産投資などが、バルブ崩壊とともに回収不能になっていたのです。多額の債務、士気を失った社員。川鍋氏は創業当時の祖父に思いを馳せ、守りに入ってしまいがちな気持ちを払拭したといいます。

「祖父が創業したのは、東京に5千台ほどしか車がなかった時代ですから、タクシー事業は最先端を行く、相当に思い切ったチャレンジだったでしょう。今でこそ創業95年を数える長寿企業ですが、当初は頭に『ド』がつくほどのベンチャー企業だったはず。祖父がもし生きていたら私に向かって、『お前はまだタクシーなんかやっているのか』と言うのでは。そう考えたら、家業の歴史や伝統にこだわらず、変えることを恐れない姿勢が持てるようになりました」

一方父からは、二代目ゆえの苦悩を感じ取っていました。

「父が家業に就いたころはまだ祖父も現役でした。実権を握らせてもらえないなかで、父は自分が活躍できる土俵を求めて不動産開発などに注力していったのだと思います」

祖父と父の思いを感じつつ再建に着手した川鍋氏ですが、入社当初は社長風を吹かせて社員から総スカンをくらったり、子会社を立ち上げるも3年間で4億の赤字を出したりと、失敗の連続でした。

「ひと言で言うと、当時の自分は経営を甘く見ていました。なんの結果も出せない自分に愕然とし、どん底まで落ちたところで、なりふりかまわずやるしかないと開き直りました」

そこからは自分なりの成功のセオリーを見出しつつ、少しずつ結果を出していきました。それでも従業員や労働組合からは辛辣な言葉を浴びせられたといいます。どうすれば彼らに歩み寄り信頼を取り戻せるのか考えた末、川鍋氏は自分が乗務員としてタクシーに乗ってみることにしました。 

1カ月間の乗務員経験には想像以上の収穫がありました。従業員の気持ちを理解できたばかりでなく、タクシービジネスが極めてロジカルな仕組みの上に成り立っていることを実感したのです。

「ベテラン乗務員の頭の中には、効率よく売上を上げるためのルート・場所・時間帯など、セオリーがあると分かりました。長年苦労して積み上げられたものです。しかし、これはデータサイエンスが導入されたら一気に追い越されてしまうという危機感も持ちました。幸い家業はV字回復を果たしましたが、新たな攻めが必要だと感じ始めたのです」

もう一つ、大きな刺激となったのは、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)CEOの増田宗昭氏から「新しいマーケットやプロダクトを開拓していくのが本当の経営。君もそろそろ次の段階に進むときだよ」と助言されたことでした。

ビジネスの現場には「対話」が足りていない

こうした気づきがタクシーアプリのリリースにつながっていきます。しかし、専門外だったITの世界に足を踏み入れた川鍋氏はエンジニアと度々衝突し、それなら自分がエンジニアになってやると勇みます。一週間で挫折はしたものの、おかげでそれ以降はエンジニアにリスペクトを持って接することができるようになったといいます。

川鍋氏の話を受けて、篠田氏は次のように見解を述べました。

「川鍋さんが直面した数々の障壁は、価値観の違いに端を発して生じたものです。しかし、自分自身が実際に体験することで相手の価値観を理解し、その溝を埋めてこられたのでしょう」

そしてビジネスの現場ではディスカッションやディベートは行われていても、「対話」の機会が足りていないと指摘。

「川鍋さんのように、相手の立場に身を置いてみるのは素晴らしい行動です。しかし誰もがそのように振る舞えるわけではありません。だからこそビジネスの現場では、対話の力を活用すべきなのです。対話では、相手と価値観が違うことを前提に、自分自身の考えや行動を変えることも辞さない姿勢で臨むことが大切です」

変化の激しい現代社会においては、企業や組織も変化し続けなければ存続していくことができません。変化の糸口を見つけ出す上で対話は非常に有効なスキルです。篠田氏が特に強調したのは「聴く」ということです。

「対話というと、伝えることに意識が行きがちですが、聴くことに大きな意味があります。『対聴』といったほうが、より本質に近づくと考えています」

後半の鼎談では、企業のサステナビリティを中心に活発な議論が展開されました。モデレーターの堀内は、「長寿企業には共通して優れたサステナビリティがあり、その中核となるのがパーパス、ミッション、バリュー。それらを明確に示すことが経営者には求められる」とし、川鍋氏が日本交通の社是・社訓を自ら編み出した経緯とその内容について尋ねました。

同社のもとの社是は、先代が外部のコンサルタントらに依頼して作ったものだったため、社員のシンパシーに欠ける部分があると川鍋氏は考えていました。そこで2006年、「徳を残そう」に改定しました。川鍋氏は入社直後から数年間、債務の返済に奔走しましたが、それに伴走してくれた経営再建の専門家から送られた言葉が、この社是の由来になっています。

「先生は、『再建計画がうまくいったのは日本交通が過去に徳を残してきたからだ。この会社の徳にあなたは救われたのだから、今度はあなた自身が徳を残す経営をしなさい』とおっしゃったのです」

走り続けなければ、その場に留まることすらできない

社是の改定により、徳を残すことで未来へつないでいくというメッセージを掲げることができましたが、老舗の倒産危機に向き合った川鍋氏の心の内には、きれいごとだけでなく結果を出すことへの強い信念がありました。そこで社訓には「利益の絶対額を最大化します」という文言が入れられました。

「挑戦は、まず利益を出して初めてできること。理想と利益を両立させることが大事。油断するとつい理想に傾きがちなので、言い続けないといけない。だから社訓に組み込んだのです」

これを受けて堀内は、川鍋氏が現在Mobility Technologies会長、日本交通会長、東京ハイヤー・タクシー協会会長および全国ハイヤー・タクシー連合会会長と「三足のワラジ」を履くことに触れ、「新しいチャレンジを続ける中で、企業の継続性・永続性についてどのようにお考えか」と尋ねました。

川鍋氏はピーター・ドラッカーの「変化はコントロールできない、ただその先頭に立つのみ」という言葉を自分の支えにしていると述べ、新陳代謝を続けることの重要性を語りました。「企業を存続するうえで変化は避けられない。変わる勇気を持って走り続けなければ、その場に留まることすらできない。やらなきゃよかった、自分には無理だと思ったこともあったが、変わることで成功体験を積み上げるにつれ、恐怖心が和らいだ」

篠田氏は次のように締めくくりました。

「掲げるだけでなくご自身が体現していることが素晴らしい。社是・社訓に込められたメッセージを社員の方々が自分ごとにできるよう、川鍋さんが対話を続けてきたからこそ今があるのではないかと推察します。川鍋さんの矜持を、私も改めて心しておきたい」

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