伊藤元重東京大学名誉教授に聞く
世界的インフレの実像と金利の行方 
日銀の金融政策はどうなる?【セミナーレポート】

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目次

2023年3月15日に開催したセミナーで、日本を代表する経済学者の伊藤元重氏に日本経済の現況を詳しく解説いただきました。

お話を聞いた方

伊藤 元重 氏

東京大学名誉教授/経済学者

1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学経済学博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月~2022年3月まで学習院大学教授、2016年6月から東京大学名誉教授。また、2013年より6年間にわたり経済財政諮問会議の議員を務める。その他、復興推進委員会委員長、公正取引委員会独占禁止懇話会会長、気候変動対策推進のための有識者会議座長などの要職を歴任し、政策の実践現場で多数の実績を有する。著書に『入門経済学』『ゼミナール現代経済入門』など多数。

世界的にインフレが加速しています。2月の米国消費者物価指数上昇率は、価格変動の激しい食品・エネルギーを除くコア指数で、前年同月比6.0%の上昇でした。昨年6月の9.1%をピークに、8カ月連続で上昇率は低下し続けていますが、それでも6%という高位を維持しています。

また、すでに3月の数字が発表されている欧州連合(EU)の消費者物価指数上昇率(速報値)も、コア指数で前年同月比5.7%の上昇で、こちらは過去最高となっています。

新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年の年初から2023年にかけての3年間で、世界が大きく変わりました。特に、世界主要都市で行われたロックダウンなど厳しい行動抑制を強いられた後、徐々に人々の動きが正常化へ向かう過程のなかで、物価や賃金、金利、為替レート、物流コストなどが大きく動き出しました。

これら5つの要素は過去20年ほど、全くといってよいほど値動きがありませんでした。それが20年ぶりに大きく動いていること自体、かなり異常なことであるといえます。その原因はどこにあるのか、今後インフレはどうなっていくのかを、少し深掘りしてみましょう。

世界的なインフレの原因を深掘りする

まず、この世界的なインフレの原因が何であるのかを考えてみましょう。

私は、最大の原因はやはり新型コロナウイルスの感染拡大にあると見ています。2020年の年初からパンデミックが深刻化するなか、主要国では経済活動が止まり、需要が大幅に落ち込みました。外食の機会は奪われ、旅行などレジャーによる人の移動もなくなったのです。

当然、お金を使わなくなりますし、それに加えて政府がさまざまな補助金の類いを出したものの、それも消費に回ることなく、強制貯蓄のような形で蓄積されていきました。こうしてマグマのようにたまったお金が、新型コロナウイルスの感染拡大による脅威が徐々に去り、人々の行動が正常化していくなかで、非常に大きなリベンジ消費を引き起こしたのです。こうして需要が一気に爆発しました。

もちろん、需要を十分に満たせる供給があれば、基本的にインフレは進まないはずですが、パンデミック下における需要減退で多くの企業が大規模なリストラを敢行したことがあだになりました。労働力不足によって、急激に回復した需要に対応できなくなってしまったのです。

結果、企業は労働力を確保するため賃金を引き上げました。この賃上げが、さらなるインフレを引き起こすという動きにつながっています。

よく、「昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻がインフレの原因」という意見があります。

たしかに、ウクライナとロシアは世界最大規模の小麦生産地ですし、ロシアの天然ガスや石油は、欧州にとって極めて重要なエネルギー資源です。その両国が戦争状態に陥れば、供給不安から価格が急騰するのは自然の流れです。

しかし、米国におけるインフレは、ロシアがウクライナに侵攻した昨年2月の半年以上も前から深刻化していました。この点からも、インフレの直接的な原因は、ウクライナ紛争よりも、アフターコロナで世の中が正常化に向かうなかで生じた、需要拡大と供給力不足による部分が大きいと見ています。

こうした世界の潮流は当然のことながら、日本の物価にも影響を及ぼしています。日本の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の前年同月比は、2022年3月まで1%に満たない水準で推移していましたが、今年1月には4.2%まで上昇しました。

賃金と物流コストの上昇がインフレの潜在要因に

はたして、これから物価は沈静化へと向かうのでしょうか。米国消費者物価指数の前年同月比上昇率は、たしかに8カ月連続で下がり続けていますが、それでも2月のそれは6%もあります。欧州のインフレ率も高く、新興国でも同じようなことが起こっています。

アフターコロナの需要超過に伴う物価上昇や、ウクライナ紛争による小麦、エネルギー価格の高騰は、いつか問題が解決すれば解消されると考えられがちですが、私は、そう簡単にはいかないのではないか、という思いもあります。

そもそも、この20年にわたって物価上昇率が低く抑えられていたのは、なぜなのでしょうか。

私が一番重要だと思うのは、賃金です。特に日本においては顕著で、この30年近くにわたり、賃金がほぼ横ばいでした。そして今も、それほど賃金は上昇していません。

ところが、一部の大企業が初任給をはじめとして、従業員の賃金を引き上げようとしています。なぜなら、賃金を引き上げないと優秀な人材を確保できないからです。多くの企業経営者が今、人材確保に対して大いなる危機感を抱いています。これが今までの経済構造を大きく変える震源地になるのではないかとさえ思えてくるのです。

賃上げの好例としては、すでにメディアでも報じられていますが、ユニクロを展開するファーストリテイリングがあります。大卒初任給について、これまで25万5000円だったのを一気に18%アップして30万円にすると報じられました。外国人人材との競合が激しい職種については、40%くらいアップするともいっています。

これはもう、日本企業にとっての常識だった賃上げとは、別次元の話です。でも、これがこれからの常識になっていく可能性が十分にあると考えられます。

それと同時に物流コストの問題にも目を向ける必要があります。「インフレ」というと、私たちはついスーパーマーケットの店頭に並んでいる食品の値段にばかり気を取られがちですが、何よりも懸念すべきなのは、物を運ぶコストがどんどん上昇していることです。

今、トラックドライバーのなり手が非常に減っています。高齢化も進んでいます。運送会社がロジスティックスを維持するためには、ドライバーが必要不可欠ですから、運転手の給料を引き上げてでも人材を確保しようとするでしょう。それはすべて物流コストの上昇につながります。結果、持続的に経済をインフレ体質にする恐れがあります。

このように、賃金にしても物流コストにしても、その上昇はアフターコロナの需要拡大や、ウクライナ紛争とは何の関係もないことであり、日本にとっては潜在的な持続的インフレ要因であるといえるでしょう。

3点セットの終わりと財政政策

このような状況が現実化した時、これまで日銀が行ってきた量的金融緩和、マイナス金利、イールドカーブ・コントロールという、金融緩和政策の3点セットを、はたしていつまで続けられるのでしょうか。

インフレを鎮静化させるのに苦しんでいる米国や欧州では、量的金融緩和やマイナス金利を終わらせようと躍起になっています。世界がそういう動きになっているのに、日本だけが3点セットを続ければ、早晩、国際的な非難を浴びることになるでしょうし、それ以前に、日本がこのまま小幅な物価上昇率で済むかというと、それも疑問です。

たしかに、2月の消費者物価指数上昇率(生鮮食品を除く総合、全国前年同月比)は、1月の4.2%から低下して3.1%になりましたし、GDP(国内総生産)の価格動向を示すGDPデフレーター※上昇率は、この2年ほど前年同期比でマイナスを続けています。

しかし、企業物価指数は昨年12月時点で前年同月比10.5%まで上昇しています。そうであるにもかかわらず、消費者物価指数が3.3%の上昇率で済んでいるのは、政府が燃料油などの小売価格の急騰を抑えるため、価格激変措置として補助金を出していることに加え、企業が価格転嫁させないように企業努力を行ってきたからです。それが限界に達した時、消費者物価指数がさらに上昇することも、十分に考えられます。日銀が金融政策を、超緩和から中立に戻す可能性は十分にあります。

ただ、超緩和から中立に戻すのを性急に行えば、株価が暴落するなどマーケットに大きな影響を与えてしまいます。ですから、極めて慎重に、さまざまな対策を講じながらの作業になるでしょう。

金融政策を超緩和から中立にシフトさせるに当たって、気になるのはマーケットもさることながら、景気に及ぼす影響です。景気を維持させるためには何らかの対策が必要です。

その方策として、財政政策が必要です。それも減税で消費を活性化させるとか、公共事業を行って需要を拡大させるという類の財政政策ではありません。それを実行するには、今の日本の財政赤字が大きな問題になります。

そこで、民間が自発的に投資活動を行うための、呼び水となるものに予算を割くことが考えられます。その重要なキーワードがDXおよびGX(グリーン・トランスフォーメーション)です。

人口減少社会に入った日本が生産性を向上させるためには、DXでデジタル技術を積極的に活用することが必要不可欠です。また、人類の未来にとっては、環境破壊がこれ以上進まないようにすることも重要であり、それに寄与するのがGXなのです。

なかでもGXについては、岸田政権のもとで「GX経済移行債」が打ち出され、これから10年をかけて150兆円もの民間投資を促そうとしています。再生可能エネルギーはもちろんのこと、環境共生住宅や電気自動車、水素ネットワークの確立などを同時並行で進めないと、2050年を目標とするカーボンニュートラルは実現できません。そこで政府は今後、GXへの民間投資を促進させるために、20兆円ほどの予算を充てる方針を示しています。

今後10年間で、150兆円のグリーン投資が民間ベースで進むと、年間にして15兆円、つまりGDPの約3%に相当する投資がGXに向かうことになります。これにDXも加えれば、かなり大きな投資が動くでしょう。その効果を踏まえれば、日銀が金融政策を転換させたとしても、日本経済が再び長期停滞に陥るようなことにはならないと考えています。

※物価動向を把握するための指数の一つ。GDP算出時に物価変動の影響を取り除くために用いられる。名目GDPを実質GDPで割ることによって算出される。

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