自己決定感が「苦難」を「成長の契機」に変える

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お話を聞いた方

高橋 俊介 氏

慶應義塾大学SFC研究所 上席所員

1978年東京大学工学部航空工学科卒業後、日本国有鉄道に入社。84年米国プリンストン大学工学部修士課程を修了し、マッキンゼー・アンド・カンパニ-東京事務所入社。89年ワイアット株式会社(現ウイリス・タワーズワトソン)入社、93年に同社代表取締役社長に就任。97年に社長を退任後、個人事務所ピープルファクターコンサルティングを設立。22年4月より慶應義塾大学SFC研究所 上席所員。キャリア形成、人材マネジメント、リーダーシップ、働き方改革などに確かな知見を有し、本質を見抜く目に定評がある。著書に『キャリアショック』『新版 人材マネジメント論』『21世紀のキャリア論』『キャリアをつくる独学力』(以上、東洋経済新報社)等多数。

宮沢 文彦

株式会社ボルテックス 代表取締役社長 兼 CEO

1989年早稲田大学商学部卒業。ユニバーサル証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。証券マンとして働く一方で不動産に着目し、不動産会社への転職を決意。1995年レーサム・リサーチ(現レーサム)入社、営業部長として活躍し、不動産コンサルティングを行う。「区分所有オフィス」に魅力を感じ1999年ボルテックスを設立。著書に『東京一極集中時代の100年企業戦略』(東洋経済新報社)『2030年「東京」未来予想図』(共著、クロスメディア・パブリッシング)など。

昨年11月、岸田内閣が「新しい資本主義会議」で人への投資・構造的賃上げや労働移動の円滑化を打ち出し、その後今年5月に「三位一体の労働市場改革の指針」を公表しました。その中でも、産業構造の大きな変化に伴い、働く人々のスキルの見直し、学び直しをする「リスキリング」への要請が高まっています。人材への投資が加速する中、企業としてはどのような施策を打ち、また個人はどのようにキャリア戦略を描くべきでしょうか。キャリア研究の第一人者である慶應義塾大学SFC研究所上席所員の高橋俊介氏とボルテックス社長兼CEOの宮沢文彦が意見を交わしました。

キャリア形成における「偶発性」の重要さとは?

宮沢 私は過去の経験から、「キャリア形成は偶発的な出来事に大きく左右される」と考えていました。先生もご著書の中で「計画的偶発性理論」という興味深い理論を取り上げられていますね。

高橋 はい。スタンフォード大学のクランボルツ教授が1999年に発表したもので、「キャリアの80%は予期しない偶発的な出来事によってでき上がる」という理論です。先行きが見通せない時代には、10年先のキャリア目標から逆算して、現在のキャリア形成を考えようとしても難しい。あとから振り返って初めて、「あの偶然の出会いが今の自分のキャリアをつくっているのだな」と説明できるわけです。

しかし、そういう偶発的な出来事が起こりやすい人とそうでない人、あるいはそういう出来事が起こったときに活かせる人とそうでない人がいるのも確かです。クランボルツ教授は、普段からチャンスを活かす行動パターンをとっているかどうかに着目しています。偶発的ではあるが、ある程度計画的に仕掛けることができると。これが計画的偶発性理論の重要な指摘です。自分がいうべきことをしっかり主張できているか。さまざまな出来事を柔軟に受け止めて、自分なりに解釈しようとしているか。その人のスタイルによって、偶発性を活かせるかどうかを大きく左右します。そういう行動を志向している人も、結果的にいつどんな偶然の出会いがあり、どんなキャリアの人生を送るかはわからないのですが。

宮沢 なるほど。じつは私はボルテックスを立ち上げる前、不動産業に転職して最初に勤めた企業で、入社わずか3か月で係長に、さらにその3か月後には営業部長に就任しました。当時の社内事情で、まさに偶発的に管理職をやらされることになり、正直やりたくはなかった(笑)。でも振り返れば、そうした機会を拒まず、逃げず、前向きに受け入れたことで自分が大きく成長したのだという実感があります。

偶発的なので意図的につくれないわけですが、企業側はなるべくそれに近い、社員本人が想像していないような体験を生み出す工夫をすべきだと思います。我々が在籍型出向サービス「Vターンシップ」の提供を始めたのも、多くの中小企業の方々に、そうした未知の経験をしてほしいと考えたからです。当社のお客さまには、地方の中堅・中小企業が非常に多い。いずれも素晴らしい企業ですが、自社の祖業を長年大事に守り続けているので、新しい経験をしにくいのが実情です。いわゆる“番頭"格の優秀な幹部社員の方々も、同じポジションで同じ仕事を数十年も続けている。それしか選択肢がないし、他のトライがなかなかやりにくい。そこに何とか偶発的な体験を持ち込みたいと思うのです。

しかも、優秀な幹部社員が出向すれば、本人の成長につながるだけでなく、部下たちがその穴を埋めようと頑張るので、彼らの成長にもつながります。優秀な上司の存在が、じつは部下の成長を阻害してしまっている場合もありますので。

高橋 その通りですね。ただ、そこで重要になるのはタイミングだと思います。部下たちが自分なりに主体的に考え、新たな事業のアイデアなどを思いついても、その上司が強い主張や考えを持っていると、「たぶんダメ出しされるよな」と、部下は上司に提案するのを躊躇するでしょう。あまり長い間、発言を躊躇していると、やがて考えることすら、やめてしまうのです。その段階になって上司が外部に出向しても、部下たちが主体的に育ってくれるとは限りません。むしろみんなオタオタして、どうしたらいいかわからなくなってしまう。そうなる前のタイミングで対応することが必要になってきます。

宮沢 なるほど。その関連でいうと、経営者である私自身が、社員たちの成長にとって“重し"になっていないかも気になるところで、常に自問自答しています。

社員たちが自分の上司や経営陣に対しても、躊躇することなく意見をいえる環境をつくることは大変重要ですね。弊社も2023年度の目標の一つとして、「心理的安全性の確保」を掲げています。社員たちの心理的安全性を確保することを通じて、自主性を引き出していくという考え方です。

高橋 非常に良い取り組みだと思います。

昔、航空業界を取材した際、印象に残った概念に「権威勾配(オーソリティ・グレーディエント)」があります。これは権威を持つ者に、無意識に服従してしまうような状態を指します。操縦を担う機長と副操縦士の間で、権威勾配が強いと、機長に意見をいえなくなったり、反論できなくなってしまう。それで事故に至ったケースも少なくないそうです。どんなに素晴らしい機長でも間違えることはあり、そのときに副操縦士が躊躇せず、異常を伝えないといけない。そのためには権威勾配が強すぎる関係性を取り除く必要があります。そこで、経験豊かな機長にも、年に1回必ずシミュレーター訓練であえてトラブルを起こさせて、その際のコミュニケーションの在り方を確認して、権威勾配の見直しを図るような指導をするそうです。

宮沢 なるほど。航空業界に限らず、組織の心理的安全性を確保していく上で大変示唆的なお話ですね。

苦難を乗り越え自分を成長させるには「自己決定感」や「パーパス」が欠かせない

宮沢 先ほどの計画的偶発性理論について、「偶発性を活かせるかどうか」が人によって異なるというお話がありました。私は最近、大きなターニングポイントになりそうな体験をしているのに、苦しさから逃れようと転職してしまう人が増えているのではないかと懸念しています。もちろん、その社員が苦難を乗り越えられるように、周囲のサポートも重要です。ただ最近の日本は良くも悪くも転職マーケットが充実しているので、すぐに転職を考え、せっかくの成長のチャンスを逃してしまう。私から見れば、せっかくチャレンジングな仕事を担当していて、苦しさを乗り越えて得られる成長は物凄く大きいだろうと思うのです。どう思われますか?

高橋 必ずしも逃げることすべてが悪いわけではないので、難しいところですね。もしも入社したのが、とんでもないパワハラ上司のいるブラック企業だったとしたら、転職マーケットに向かうのは決して悪くない。その一方で、宮沢社長のいわれるように、成長のために欠かせない“踏ん張り時"みたいなものもあります。その辺りの冷静な見極めが必要になるのでしょう。

私がよくいっているのは「ワークライフバランスは、生涯を通じて考えるべき」ということです。最近の若い人たちがワークライフバランスという言葉を使うようになっていますが、若いうちの何年間は、朝から晩まで仕事のことばかりを考えるような時期があった方がいい。そういう時期までライフを大事にしすぎて“9時5時”の生活を送っていたら、たいしたキャリアにならない気がするのです。

宮沢 それはその通りですね。

高橋 ただ、そういう仕事漬けの生活を10年も20年も続けていたら、いずれ身体を壊すだろうし、家族を失ってしまうかもしれない。人生には、仕事に没頭すべきフェーズもあれば家族回帰のフェーズもある。リタイア後はまた別のフェーズに入るでしょう。挑戦したり徹底的に学んだり、さまざまなフェーズが入れ子のように重なっていき、その全体でワークとライフのバランスをとっていく発想が必要だと思うのです。

宮沢 なるほど。そのような視点でワークライフバランスをしっかり考えられれば、私が懸念するような逃避型の転職も自ずと減っていくかもしれませんね。

最近、私が自社の中で重視しているのは、企業のパーパスと個人のパーパスをつないでいくことです。「企業のパーパスに従え」と押しつけるのではなく、働く個人の生き甲斐や目標を企業パーパスとどう接続していくのか。これがうまくいくと、自分のために仕事をしているという実感が生まれ、たとえ苦しい局面があっても主体的に乗り越えられるようになると思うのです。

高橋 私も「自己決定感」は、キャリア形成における重要なキーワードだと考えています。また自己決定感を得るには「自論」、つまりさまざまな事象に対して「私はこう思う」という自分なりの考えを持つことも必要です。

宮沢 私のいう「個人のパーパス」を明確化する上でも、自論を持つことは大切ですね。

高橋 その通り。自論をしっかりと持ち、たとえ小さくても自己決定感の得られることをやり続けていけば、必ず成功する。その成功体験が、自論や自己決定感をさらに強めてくれる。そういうサイクルを若いうちから体験できるような環境が望ましいですね。

宮沢 当社としても、そういう環境をぜひ創り上げていきたいと考えています。
本日はありがとうございました。

【編集・提供】株式会社ボルテックス ブランドマネジメント課
【制作協力】株式会社東洋経済新報社

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