渋澤健氏が語る、いま日本企業に必要なもの
〜「人的資本の向上」が日本のカギを握る〜

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目次

環境問題や社会問題への取り組みが企業にも求められる中、経営の価値を測る尺度にも変化が起きています。それにともない、人的資本の向上が企業の価値として注目されています。「新しい資本主義実現会議」のメンバーである渋澤健氏に、企業に求められる「新しい価値」への対応について語っていただきました。

求められる「量」から「質」への転換

150年前の日本は発展途上国でした。これといった資源があるわけでもなく、あったのは「人的資本」だけでした。当時の日本は、人的資本の向上によって、先進国に追いついたのです。
78年前、敗戦の焼け野原から立ち上がったときも同様でした。人的資本によって高度経済成長を成し遂げ、1980年代には世界第2位の経済大国を築きました。
日本は、人的資本の向上によって危機を乗り越え、復興を成し遂げた実績のある国です。今の日本に必要なものは何かと問われれば、「人的資本の向上」しかありません。

ただし、これまでの時代との違いを考慮しておく必要があります。それは「人口動態」です。
昭和時代の日本の人口動態は「ピラミッド型」でした。昭和の成功モデルは、このピラミッド型人口動態に基づく人口増によるものでした。
平成になると少子高齢化が進んで「ひょうたん型」に変わり、「失われた30年」といわれる状況に陥りました。そして、令和の日本の人口動態は、状況がさらに進んで「逆ピラミッド型」になっています。

昭和の成功モデルしか頭にない人は、これを見て「日本はもうダメだ」などといいます。人口増を前提にしたものの見方でこれを見たら、ダメに見えるのは当たり前です。
環境が変われば、それに適応するのが生き残るための条件です。新しい時代に入ったのならば、新しい時代環境にふさわしい経営を考えることが重要なのです。

人口減少の流れの中で求められることは、「量から質への転換」です。いかに規模を大きくしたのか、売上を拡大したのかといった「量の勝負」ではなく、その事業によって何がもたらされたのか、どんな課題を解決したのかといった「質の勝負」をしていく。繁栄の価値の定義を量から質へと転換するのは簡単なことではありませんが、もしそれができれば、日本は「人口減少でも豊かな社会を築ける」という先進国のロールモデルになれるでしょう。

「労働市場の流動化」に対応する

人的資本の向上のために、今求められているのが「賃金の上昇」です。そのために、「賃上げ税制」などの対策が取られていますが、この効果は一時的であって、構造的な問題を解決することにはなりません。
日本では「終身雇用」「年功序列」「新卒一括採用」という、日本型雇用システムが長く続いてきました。人口が増え、社会全体が成長する中では、この仕組みは大きな成功をもたらしました。
しかし、逆ピラミッド型人口動態の中でこれを続けていくのには無理があります。旧来の日本型雇用システムが機能しなくなった今、賃金を上げていくとすれば、やはり労働市場の流動性を高める必要があります。
岸田内閣は、今年6月の骨太方針で「三位一体の労働改革」(リスキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化)を閣議決定しました。会社の内部と外部をシームレスにつなげ、人が移動できるようにするのがねらいです。
これまでの日本は、企業側に解雇の選択肢がなく、その結果、大量の非正規雇用が生まれました。それによって賃金の格差が広がり、雇用の安定も失われるといういびつな構造があらわになっています。ここに根本的にメスを入れようというのが三位一体改革の行間から読み取れると私は評価しています。

企業側にも、人に対する見方の転換が求められます。価値を生み出すのは人です。人の「量」ではなく、「質」をどう高めていくのか。それが問われる時代に突入しています。
今後、生成AIなどがさらに進化することで、最も代替可能となるのは大企業のホワイトカラーの仕事だといわれています。テクノロジーの進化は、大企業と中小企業の壁を取り払います。
今なぜベンチャーが盛んになっているのかといえば、テクノロジーの発展があるからです。私自身、約20年前に独立・起業できたのはインターネットがあったからです。インターネットの発達により、誰でも情報が得られ、情報を発信できるようになった。これまで大企業でしかできなかったことが、テクノロジーによって中小企業でも可能になったのです。
人材についても、このような時代にふさわしい捉え方をする必要があります。従来のように、人材を自社に取り込んで「囲いこむ」というよりも、もっとシームレスに捉え、「共感する」「一緒に働きたい」などといった思いをベースに、ともに事業を成し遂げていくという観点が大切になると思います。魅力があれば、そこに人が集まってくる。そのように考えるべきではないでしょうか。

インパクト投資と人的資本の向上で高まる日本の存在感

「人的資本の向上」は、今後の投資の世界にも影響を与えます。それが「インパクト投資」です。
一般的な投資は、リスクとリターンの二次元的な尺度で物ごとを判断します。複雑な要素をシンプルに二つの軸に単純化するからわかりやすく、価値を可視化する共通言語として広く使われてきました。
インパクト投資は、社会的あるいは環境的な課題解決というもう一つの軸を立てます。新たな軸を立てることによって、企業価値に対する考え方に変化が生じます。

現在、企業価値は、その財務的な価値で測られるのが一般的です。それは間違いではありませんが、一方で企業には非財務的価値があることも事実です。なかでも重要な要素が「人」です。
「人の価値」は、現在の資本市場では十分に可視化されていません。せいぜい財務的価値としての人件費くらいです。ところが、人件費はそれを削ることによって利益を上げることが企業価値を高めるとみなされています。人件費の削減で目先の利益は確保できるかもしれませんが、持続的に価値を生み出すことは不可能です。
そこで、インパクト投資における評価の中で人の価値を明らかにするという動きが、今後加速するだろうと考えられます。

インパクト投資とよく似た概念にESG(環境、社会、ガバナンス)投資がありますが、ESG投資の主体はあくまでも投資家です。投資家が企業に対して非財務情報の開示を求め、それを評価します。
これに対して、インパクト投資の主体は企業側にあります。企業側が自らの事業の社会的意義や、課題解決のためにどのような貢献をしているのかを明示する。それに賛同する投資家が投資をするという流れです。

このインパクト投資という概念は、2007年に米ロックフェラー財団が提唱したことが発端ですが、2013年にG8の議長国であったイギリスが提唱したことで世界各国へ広まる展開になりました。当初は世界のインパクト・コミュニティから日本に関心が向けられることはほとんどありませんでした。ところが、岸田政権が「新しい資本主義」に「インパクト」という概念を骨太方針の中に明記して組み込んだことで、世界のインパクト・コミュニティの注目を集めることになりました。国の方針として「インパクト」を明確に掲げるケースは極めてまれだからです。

日本が新しい時代を迎えるためには、人的資本の向上による社会変革(トランスフォーメーション)が不可欠です。それを実現するのが「新しい資本主義」ではないかと思います。新しい資本主義における、新しい企業価値とは何か——それが、これまでの資本主義が置き去りにしてきた環境や社会の課題を解決すること、岸田総理大臣がいう「外部不経済を資本主義に取り込むこと」だと私は解釈しています。

日本には「三方よし」という素晴らしい考え方があります。ただ、現状ではそれを測定する手段を持っていません。「よし」の中身を数値化し、可視化することができれば、世界の共通言語になってもおかしくありません。
資本主義の在り方が変わり、経営の価値の測り方が変わる。これまでの100年企業が経営環境の変化に柔軟に適応してきたように、これからの100年企業にも時代の変化を読み取り新しい時代環境にふさわしい経営を考えることが求められます。そのカギを握るのが「人的資本の向上」なのです。

お話を聞いた方

渋澤 健 氏(しぶさわ けん)

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
コモンズ投信株式会社 取締役会長・創業者
&Capital株式会社 CEO・創業者

1961年、神奈川県生まれ。1987年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)でMBA取得。JPモルガン、ゴールドマン・サックス等を経て、米ヘッジファンド、ムーア・キャピタル・マネジメントの日本代表に就任。2001年に独立し、同年シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。2007年に株式会社コモンズを設立し、代表取締役に就任(2008年コモンズ投信へ改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDG Impact Steering Committee Group 委員、金融庁サステナブルファイナンス有識者会議委員、岸田内閣「新しい資本主義実現会議」 メンバーなどを務める。『渋沢栄一 100の訓言』、『渋沢栄一 愛と勇気と資本主義』、『人生100年時代のらくちん投資』(以上、日本経済新聞出版)、『SDGs投資 資産運用しながら社会貢献』(朝日新聞出版)、『33歳の決断で有名企業500社を育てた渋沢栄一の折れない心をつくる 33の教え』(東洋経済新報社)、『超約版 論語と算盤」(ウェッジ)など著書多数。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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