伊藤元重東京大学名誉教授に聞く
世界を襲うインフレの行方と国内物価への影響を考える【セミナーレポート】

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目次

2023年3月15日に開催したセミナーのアフターフォローとして、経済学者の伊藤元重氏が7月20日に再び登壇。改めて世界的インフレが日本経済に与える影響について解説いただきました。

お話を聞いた方

伊藤 元重 氏

東京大学名誉教授/経済学者

1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学経済学博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月~2022年3月まで学習院大学教授、2016年6月から東京大学名誉教授。また、2013年より6年間にわたり経済財政諮問会議の議員を務める。その他、復興推進委員会委員長、公正取引委員会独占禁止懇話会会長、気候変動対策推進のための有識者会議座長などの要職を歴任し、政策の実践現場で多数の実績を有する。著書に『入門経済学』『ゼミナール現代経済入門』など多数。

コロナ禍で加速した米国のインフレ

一昨年くらい前から、米国ではインフレが加速してきました。2010年以降の消費者物価指数上昇率を見ると、年平均値で2%前後の推移となっていたのが、2021年に入ったあたりから前年同月比で5%、6%、7%と大きく上昇し始め、2022年6月には9.1%まで上昇しました。

世界的にインフレ圧力が強まったのは、一般的には2022年2月にロシアがウクライナに軍事進攻を行ったことが主因であるかのように受け止められていますが、米国でインフレ圧力が強まったのは、それよりも前の話なのです。それは、新型コロナウイルスの感染拡大による経済停滞で、供給が大幅に絞り込まれたことに端を発しています。

具体的には大規模な人員削減、ロックダウンによる世界的なサプライチェーンの大混乱によって供給が大幅に絞り込まれた中で、2021年あたりから徐々にパンデミック収束の兆しが現れ、需要が回復したことから、大きな需給ギャップが生じてしまいました。

その上、需要が回復したにもかかわらず雇用が戻ってこないという事態に直面してしまい、賃金の大幅引き上げが行われました。一部報道にて、地下鉄の運転手の年収が1200万円を超えたと聞きました。そのような中で景気は極めて強い状況が続いているため、さらにインフレが加速するという事態になったのです。

米国経済はハードランディングにならず

世の中にインフレマインドが定着すると、インフレを抑えるのが難しくなってしまいます。そのため米国の中央銀行に当たるFRB(米連邦準備制度理事会)は、早いうちから政策金利の引き上げに動いたわけですが、興味深いのは、あれだけ相当なスピードで政策金利を引き上げたにもかかわらず、インフレが収まらなかっただけでなく、景気も強い状態が続いているということです。

景気の中身を見ていくと、別段、消費が強いというわけではありません。それなのになぜ景気が強いのかというと、雇用が非常に増えているからです。

非農業部門雇用者数は、直近でこそ増加数は前月比10万人台後半に落ち着いてきましたが、2022年の中頃までは30万人、40万人、50万人という急ピッチの増加が続いていました。それだけ人を雇いたいという会社がたくさんあるということです。

しかし、この状況を懸念する声も高まってきています。過熱気味の需要がいつまでも続くわけはなく、かつこれだけ急ピッチで金利を上げると、景気はソフトランディングではなく、ハードランディングになるのではないかという懸念が広がり始めました。

ただ直近の数字を見ると、今年1月は50.4万人という大幅増だったものの、6月は18.5万人増、7月は15.7万人増、8月は18.7万人増というように、一時期に比べればペースダウンしています。

また消費者物価指数の上昇率(前年同月比)も落ち着いてきています。2022年6月には9.1%まで上昇しましたが、今年に入ってからは鈍化してきて、6月は3.0%、7月は3.2%にとどまっています。

これらの数字を見る限りにおいては、一部で懸念されているハードランディングは起こらず、ソフトランディングできるのではないかと考えています。米国の景気が後退局面に入るのは織り込み済みですが、大事なのはできるだけ穏やかに後退することなのです。

マクロ視点では国内物価はさほど上昇せず

一方、日本の物価について、日銀が公表している「企業物価指数」を基に考えてみたいと思います。企業物価指数とは、企業間で取引されているモノやサービスの価格を指数化したもので、「国内企業物価指数」「輸出物価指数」「輸入物価指数」の各指標からなっています。

日本企業が海外から輸入している資源・エネルギー、原材料などの輸入物価も企業物価指数に反映されるのですが、今、円安もあいまって、輸入物価がどんどん値上がりしています。2022年6月から今年1月にかけて、指標の一つである国内企業物価指数はその影響を大きく受け、9~10%台の上昇率(前年同月比)が続きました。さらに顕著だったのが輸入物価指数で、特に2022年6月から10月までは、40%超の上昇率が続いたのです。

しかし、これだけ企業物価指数が上昇したにもかかわらず、国内物価はあまり上がりませんでした。ここでいう国内物価は消費者物価指数ではなく、GDPデフレーター※1を用いますが、2023年4~6月期の増加率こそ前年同期比で3.4%となったものの、2022年1~3月期はプラス0.4%で、以下四半期ごとに4~6月期マイナス0.3%、7~9月期マイナス0.4%、10~12月期プラス1.2%というように、ほとんど上がっていないのです。

たしかにスーパーマーケットなどに行くと、食品の値段は上がったと感じるのですが、実はそれにも増して値上がりしていない分野が、日本にはたくさんあります。

たとえば鉄道料金などは、その典型例といってもよいでしょう。制度的な背景があるのは仕方ありませんが、何しろ1987年4月に国鉄を分割民営化したJRが誕生して以来、消費税分を除き運賃をほとんど値上げしていないのです。公共料金などもそうです。

このように、マクロで見た場合の国内物価はそれほど上昇せず、加えて企業物価指数や輸入物価指数の上昇ペースが、どこかで緩やかになると見られていたので、今年後半には物価全体が大きく下がるというのが、日銀の見立てとなっています。

前述したように、米国における物価は沈静化の動きを見せており、それは米国経済にとっても、また日本経済にとっても決して悪い話ではありません。ただ、直近の消費者物価指数に関していえば、まだ下がる気配が見られないのが、悩ましいところです。

金融政策の変更に慌てる必要はない

これまで賃金が上がらない中で、国内物価は跳ね上がらずに済んだのですが、今年の春闘をはじめとして、徐々に賃上げの動きが広まりつつあります。また物流費も上がっているので、それらがインフレを引き起こし、さらに賃金や物流費の上昇を招くというインフレのサイクルが生じつつあるとも考えられます。

仮にそうだとしたら、日銀としてはもう少し物価が上昇することを念頭において、金融政策の微調整をはかってくるのではないかと見ています。

マーケットは、日銀の金融政策変更に対して過剰反応する傾向があるので、さらにイールドカーブコントロール※2の幅を広げるとなると、株価を中心とした資産価格は一時的に大幅な調整を余儀なくされるでしょう。

ただ、これからの金融政策変更は、決して金融引き締めではなく、金融の正常化にすぎません。その意味では慌てることなく、冷静に見ておくことが肝要だと思われます。

※1 名目GDPを実質GDPで割った数値。物価動向を把握するための指数で、増加率がプラスであればインフレ状態であることを示す。

※2 長期金利と短期金利の誘導目標を操作し、イールドカーブを適切な水準に維持すること。イールドカーブとは、債券の利回り(金利)と償還期間との相関性を示したグラフを指す。

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