山口周氏が語る、成熟した社会における企業の役割
〜これからの企業経営に必要なスタイルとは〜

「山口周氏が語る、成熟した社会における企業の役割<br>〜これからの企業経営に必要なスタイルとは〜」のアイキャッチ画像

目次

「もう欲しいものはない」「これ以上、便利になる必要はない」――多くの人がそう感じている満たされた社会で、企業が果たすべき役割とは何か、そして企業経営において必要なことは何か。人文科学と経営科学をクロスさせる独自の立ち位置で活動する山口周氏に話を聞きました。

人々が切実に求めたものは、充足された

今私たちが生きている時代は、明らかにビジネスの担う役割がはっきりしなくなってきています。

18世紀後半、イギリスで起こった産業革命をきっかけに資本主義経済が生まれました。大きな役割を果たしたのが鉄道です。鉄道は巨額の資本を必要とし、回収には長い時間がかかります。それまでのような、お金を集めて帆船で航海に出て、欲しいものを手に入れて帰国、し、売って解散という単純な仕組みではできません。その問題を解決するために、投資家が資金を出し合う株式会社が成熟し、資本市場ができ、それらを運営する機構やルールもできました。

それから100年以上が経過し、共産主義との戦いにも勝利した資本主義は、いわゆる先進国を中心に物質的に豊かで安全、便利で快適な暮らしのある社会をつくりました。

以降、世の中にある不便や不満を解決するさまざまなものを株式会社は提供してきたのです。今、日本でアンケート調査などをすると、8割から9割の人が「もう欲しいものはない」「これ以上便利になる必要はない」と答えます。

安全・快適・便利ということに、ある種の飽和点があるとすれば、社会はそれに向かって限りなく近づいていきますが、そこには限界があり、企業の果たす役割は徐々に小さくなっていきます。しかし、企業は時間とともに成長を続けなければ自らを維持できない存在です。ここに本質的に破綻せざるを得ない構造があります。

数年前から企業におけるパーパス(企業の存在意義)の必要性が盛んに語られるようになりました。それはパーパスが失われていることの裏返しの表現と言えます。「自分たちは何をする存在なのか」「本当に必要とされているのか」――企業として存在する意味が見出せないということに企業自身が気付いている。そういう時代だと思います。

飾る美学を企業経営に取り入れる

日本の経済成長率はここ10年、ほぼ0%台から1%台で推移し、成長は止まっています。しかし、ものが行き渡り、仏教でいう「足るを知る」という状況になっていけば、少なくとも経済に関しては必然的に成長しない社会になります。

イノベーションが次々に起こり10%も20%も経済成長している社会と、これで十分だとみんなが満足して平和に生きている社会のどちらが、人間として、生命体として進んでいるのかといえば、後者のほうでしょう。

しかし、それで人間の営みが終わるわけではありません。誰もが「生まれてきてよかった」と思える経験ができる。そんな社会にしていくことが必要であり、それもまた人間に課せられた仕事です。それはあらゆる機能を備えてしまった洗濯機の新型をひねり出すことではありません。その中心をなすのは芸術文化だと私は思っています。

芸術文化というと狭義の意味では映画や演劇、音楽、絵画などと思われるかもしれません。しかし、もう少し幅を広げて考えてみれば、家やインテリア、街並み、景観も芸術文化に含まれるものであり、それをもっと生活を豊かにしていくとか、美しい街並みをつくりたいと考えることも一つの芸術文化であり、人間の営みにおいて重要なことです。

しかし、その点に関して日本は非常に貧しい。私は日本の家はその最たるものだと思っています。300年くらい住めるような家は日本にいくつあるでしょうか。長く使えるものをお金と手間をかけてきちんとつくり、次の世代の人たちにもすばらしいと思えるような空間にしていく。そしてその風景を受け継ぐ――それは私たちの大きな仕事です。

ヨーロッパの人々は家づくりを楽しんでいます。生活空間を自分の作品として仕上げていき、生涯にわたって大切に育んでいます。彼らにとって、家は人生そのものなのです。しかし、日本は不思議な国で、そういう楽しい仕事こそ業者に頼み、自分はといえば多くの場合、やりがいを感じられない「ブルシットジョブ」に従事し、日々AIに仕事を奪われる日が来るのではないかと怯えているのです。

19世紀に活躍したイギリスの思想家でありデザイナーのウィリアム・モリスは、世界的に社会主義革命の機運が高まったときに、「いずれ革命は起きる。大事なことは革命が起こった後に自分たちが何をするかだ」と語りました。革命によって人間が解放された後で、なお人間に残された最後の仕事は何か、モリスはそれを考え、飾ることだと言いました。人の日々の生活を美しく飾ることが、あらゆることから解放された人間にとって、残された仕事であると指摘したのです。このビジョンは今も有効だと思います。

「美」というと、ある種の押しつけがましさをともなうかもしれません。なので、スタイルと言い換えてもよいと思います。自分はどういうスタイルを持って生きるのか。自分が人生の脚本家であり、演出家あるいは監督であるとすると、どんな家に住み、どんな服を着て、どんな口調で話すのか、それらはすべて完全にフリーの決定権を持っているのですから、自分自身でこういうスタイルでいくと決めることができます。

企業も同様です。成熟した社会に対して何ができるのか、どういうインパクトを与えるのか――それを経営者一人ひとりが考えて、自らのリソースで取り組んでいくことが必要です。スタイルはある種の矜持であり、プライドです。「これだけはやらない」とか、「これをすごく大事にする」というように、価値観や理念に関わってきます。今は製品そのものの性能や価格では差がつかない時代です。その中で、その会社やブランドが「何を大事にしているのか」「何をやっているのか」を見つけることが重要です。企業にも、ある種の佇まいが求められています。

自ら動き、新たな出会いをエネルギーにする

安全・快適・便利ということがほぼ満たされた社会で、企業はどのような価値提供をしていくべきなのか。私はこれを、“世界プロジェクト”という概念で考えることを提案したいと思います。それを一言で言えば「100年後の人々にもう少しよい世界を渡していくために、みんなで何をすべきかを考える」となります。

この世界プロジェクトを念頭に置いたとき、あなたの会社はどんな役割を担っているのでしょうか。たとえば、モリスのように飾ることを主軸に経営していくのもプロジェクトの一つだと思います。

また、サブプロジェクトとして、「今、私たちはこれを担っているんだ」ということを明確に言葉で掲げることも必要です。たとえば、ソニーは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」とパーパスを明らかにしています。このパーパスは非常に明快です。

サブプロジェクトは、経営者自身がたくさん行動することで見つかります。自分で動いて、出会って、心を動かすという体験が必要なのです。

マザー・テレサは、統計の数字はほとんど信じておらず、見なかったそうです。なぜなら彼女が助けたいと思うのは、常に目の前にいるリアルな人たちでした。統計上の数字など、どうでもいいのです。

人間は数字では動きません。目の前で困難に直面し、さめざめと涙を流している人のためにこそ何かをしなければと立ち上がるのです。

企業もこれからは、積極的に動いて、新たな出会いをエネルギーにし、世界プロジェクトの一翼を担っていくことが求められていると思います。

(お話を聞いた方)

山口 周 氏(やまぐち しゅう)

独立研究者/著作家/パブリックスピーカー

1970年東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発と人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループにて、シニア・クライアント・パートナーを務めたのち独立。哲学・美術史を学んだという特殊な経歴を活かし、「人文科学と経営科学の交差点」をテーマに活動を行っている。著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)で、ビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。ほか『武器になる哲学』(KADOKAWA)など著書多数。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

経営戦略から不動産マーケット展望まで 各分野の第一人者を招いたセミナーを開催中!

ボルテックス グループサイト

ボルテックス
東京オフィス検索
駐マップ
Vターンシップ
VRサポート
ボルテックス投資顧問
ボルテックスデジタル

登録料・年会費無料!経営に役立つ情報を配信
100年企業戦略
メンバーズ