不動産市場におけるDX
12-2. 不動産市場における新しい技術

「不動産市場におけるDX<br>12-2. 不動産市場における新しい技術」のアイキャッチ画像

目次

不動産市場に新しい技術を導入することで不動産のデータを応用した、最新事例を紹介します。不動産特有の技術は、それほどありませんが、マサチューセッツ工科大学(MIT)のレポート『リアル・トレンド』の第3章「技術革新のインパクト」には、予測や分類をする技術であるAI(人工知能)や最適化の技術が出てきます。これは「オペレーションズ・リサーチ」という意思決定に関する分野で出てきたもので、これらの技術を使うことで革新的な不動産商品が登場してきました。

これからは、エネルギーをコントロールすることで環境に配慮した「環境不動産」が登場し、自動運転によって人やモノの移動と輸送に革新が起こることで都市の構造が変わっていき、センサーなどの新しい技術を使うことで、建物の中の空間をデザインできるようになります。

労働市場では、警備用や掃除用、建設現場で使われるロボットやコンテナの運搬やロジスティックス(物流)の中で働くロボットなど、さまざまなロボットが誕生しています。これによって、人間が行動しやすい動線を考えた建物の構造ではなく、ロボットが作業しやすいような建物のデザインが生まれ、人間とロボットが共存する建物の世界が生まれてきます。さらに、人間と自動運転の車が共存する都市空間もこれから10年の間に、日本の中でも実験される場所がどんどん増えていくでしょう。

建設材料の進化では、色や質感などが変化する未来の建築材料が登場してきます。これまでは材料の制約があったり、非常に高いコストになったりして実現できなかった建物がありましたが、自由な形状や特性に加工できるようになると建築が自由になって建物の形状も室内空間も変わってきます。すでにドバイをはじめ先進諸国では、3Dプリンターで家が建てられ始めています。

データドリブンな不動産価格分析の重要性

スマートビルディングとは、どのような建物でしょうか。MITレポートの第3章では、建物を建築し、デザインしていく技術がどんどん進化すると述べていますが、第4章では新しい技術を使って建物や不動産の質そのものが変化していくと述べています。

センサーなどを使うことで、建物空間の環境を改善し、空間利用の効率を高め、人々の快適性や健康を担保できます。人々に今までとは違った体験を提供できるようになります。

私自身、いま関心を持って研究に参加しているのが、生産性をどう改善するかというテーマです。

テレワークなどの普及によって、ワークグループの間の物理的な距離が遠くなって相互作用や関与が減少することに対して、どのような空間を作れば生産性がどう改善されていくのでしょうか。同様に、学校の教室をどのようにデザインすれば教育効果がどう高まっていくのでしょうか。オンラインの講義、対面での講義、それらが共存する講義に加えて、将来的には人が家などに居てアバターが講義に参加して議論を行うという講義形式を実現できるような校舎の設計にも関わっています。

メタバースの登場により、オフィスや校舎の設計についての意味合いが全く変わっていきます。これまでの講義は、先生が前にいて、教室に生徒が並んでいる。講義を聞いているだけなら、私が教室で話をして、オンラインで生徒が聞いてもよいのです。

しかし、なぜ私たちが物理的に教室にいなければいけないのかというと、教室に行くことによってコミュニケーションを取りやすいからです。一方的に教育するだけではなく、双方向で議論を重ねながら、私自身も講義から刺激を受け、講義を修正することができます。目の前にいる学生をどう育てていくのか、どのように教えれば教育効果が高くなっていくのかを考えながら講義を行えます。

教室に来ることが苦手な学生もいます。能力はあるのに友人関係や対人関係が苦手、しかし学力や知識を身につけることには長けている。そのような学生はアバターを通じて講義に参加し、自分自身が最も学習効果が高くなるような空間に居ればよい。そこは、自分の家でも、カフェでもよく、日本に限らず、アメリカ、ヨーロッパに居てもいい。学生にとって最善の形で参加することで生産性を高めることができます。

「Medicated Atmosphere(薬用の雰囲気)」というセンサーは、人間の顔色や姿勢を学習し、「今、退屈そうだな」「疲れたな」といったことを感知します。それに合わせて照明を明るくし、壁の色を変えるなどで、人間の生産性が高まる空間を作り出す研究も進められています。

ドバイのデジタル不動産取引の最前線

私は2015年から17年にかけて中東のドバイで、リアルタイムに不動産の取引価格と賃料を収集する仕組みを政府の中に作るプロジェクトに参加しました。ドバイでは、電子政府の中で不動産取引が行われると、その価格が30分以内に政府の中央コンピューターに情報が送られてきます。

リアルタイムに更新される情報を使うと、どこで取引があったのかを学習し、AIで予測モデルを作り、住宅の価値や賃料を予測します。30分おきに新しいデータが追加されるので、新しいデータを学習しながらリアルタイムに市場での不動産価値を予測できるようになります。

AIによる予測技術が確立することで、「不動産取引革命」と言われるほどのシステムが実現しました。日本の国土交通省に相当する政府機関であるドバイ・ランド・デパートメントでは、ブロックチェーンテクノロジーを使い、「トラスティ・オフィス(管財人事務所)」と呼ばれる取引所で、不動産取引から抵当権の設定までできるようにしました。

トラスティ・オフィスは、それほど大きな組織ではなく、日本の登記所のようなところです。ここに行くと、30分以内に登記が完了し、モーゲージの設定が終わって、所有権の移転ができます。その取引価格も政府に送られ、予測モデルの中に加わります。これが実現することで、マーケットの透明度が一気に高まり、取引が安心して行われるようになりました。

ここでの技術は、予測とブロックチェーンの2つだけです。政府が安心して取引できる不動産市場を作ろうとしたのは、それを実現することで国民のハピネス(幸福度)が向上するはずだと考えたからです。そのためのKPI(key performance indicators, 重要業績評価指標)は、30分以内に登記を完了し、所有権を移転できるようにすることでした。

ドバイには、ハピネス大臣がいて、ハピネス指標がダッシュボードの中で公開されています。前日に30分以内に所有権を移転できなかった取引件数が何件あったのかはダッシュボードに掲載されます。この数字をゼロにするKPIを達成することで透明性の高い不動産市場を作り上げました。その背景には、2008年のリーマンショックが発生した際、ドバイからは海外の資金が逃げ、さまざまな開発が止まり、国内の資金も流出した苦い経験がありました。政府は、不動産市場をデザインし直し、新しい技術を使って不動産取引革命を起こしたのです。

人口知能の活用による不動産業界の変革

新しい技術の使い方として、音声や画像をデータとして使うことができるようになってきました。Fintechの事例ですが、お客様の生年月日、性別、家族、趣味のほかに、会社での加入状況などの情報に基づいて、金融商品を提案する場合を考えてみましょう。

営業担当者は、どのような金融商品の提案シナリオで営業すれば、お客様に満足してもらえるのでしょうか。お客様との面談時間は10分しかありません。そのような限られた時間の中で、どういう言葉を入れ、どのような提案を行えばよいかをロールプレイングする技術があります。

例えば、山田花子さんという仮想的な人物を設定します。AIに彼女の情報を学習させて、どのような金融商品・サービスを欲しているのかを予測し、プレゼンテーションの練習を行うのです。

面談で「山田さん、こんにちは」という挨拶から始まって、身近な話題からアイスブレイキングしていく。それがロールプレイングでできているか、できていないか。金融商品としてNISA(Nippon Individual Savings Account, 日本版個人貯蓄口座)の利用を勧める際、きちんと商品の説明できているのかどうか、税制上のメリットを説明できているのか。ドル・コスト平均法によって、価格が変動する商品を提案するなら、それをきちんと説明できているのかどうか、ということです。

最初にチェックポイントを決めて、必ず言わなければいけないことや、法令上違反していること、言ってしまってはいけないことを、あらかじめシステムの中に入れておきます。営業担当者がロールプレイングで発した言葉を学習し、適切なプレゼンができているかどうかを評価できるようになります。

「言ってはいけないことを言っていないか」というのは非常に重要な問題です。いま金融商品の取り扱いでは、高齢者に対して担当者2人が同行してプレゼンすることになっています。高齢者の中には認知能力が徐々に低下している方もいらっしゃるので、高齢者への営業では特に企業組織としての倫理性や健全性を担保しようということです。

担当者2人が同行するのを、人間ではなく、機械を同行させることで代替することも考えられます。

営業担当者は1日に何人ものお客様と面談します。その中で言ってはいけないことを言っていないのか。お客様が言っていたことは一体、どういうことか。それらを録音して、生成AIなど技術を使って要約する。これを短めに500字で要約するのか、5,000字で要約するのか、全てを文字起こしするのかを選択しながら、その日の営業活動を振り返れるようになります。

これを営業報告書や業務報告書に活かせると、営業担当者にとって時間を節約できますし、リスク管理部門でもチェックできるようになります。

面談の音声を文字起こしして、テーマごとに分割することもできます。AIは、予測と分類の技術であり、ここでは分類の力を使います。音声データから重要文を抽出してChatGPTで箇条書きに成形する際、不要区間を区別する処理を組み合わせます。まず音声認識AIにかけて文字起こしをして、テーマ分割のAI、重要文を抽出するAIを機能させ、ChatGPTを使って箇条書きに形成します。そして不要区間を分類するAIを入れて、交渉履歴のドラフトが作れます。

1つの技術だけではなく、複数のAIやChatGPTのような生成AIを組み合わせていくことで、営業担当者の行ったことを正しく記録する営業評価レポートになります。言ってはいけないことを言っていないかどうか、違反があるかないかを判定して、コンプライアンス(法令遵守)をシステムに認識させていくこともできます。

独立したAI技術を組み合わせることで、不動産取引革命を実現するシステムも、企業にとって便利なツールもつくることが可能になります。どのように不動産業を再編成していくのかが、これから重要になるデザインです。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

経営戦略から不動産マーケット展望まで 各分野の第一人者を招いたセミナーを開催中!

ボルテックス グループサイト

ボルテックス
東京オフィス検索
駐マップ
Vターンシップ
VRサポート
ボルテックス投資顧問
ボルテックスデジタル

登録料・年会費無料!経営に役立つ情報を配信
100年企業戦略
メンバーズ