企業不動産戦略
13-1. 企業にとっての不動産とは?
目次
不動産は、土地と建物を一体とした1つの塊として考えることができます。土地の価値は、立地によって決まります。建物は空間としての価値を持ちますが、時間とともに価値は変化していきます。その価値を維持するためには、継続的な何らかの投資が必要です。そこで、企業経営者にいくつかの質問があります。
「質問1」は、企業がどこに、何年に建築された、どのような不動産を所有・賃貸しているのかを、経営者として正しく把握しているかです。
「質問2」は、企業利潤を最大化していくことが企業の目的ですので、その不動産にどれくらいの生産性があるのか。生産性は、不動産と、そこで働く人によっても異なります。企業は、土地・建物に投資し、従業員を雇って、財・サービスを生産します。「1人の従業員が、その不動産を使ってどれくらいの生産性を上げているのか」を正しく測定できているかです。
「質問3」は、不動産および人件費が費用となる中で、企業がその不動産から生み出される価値に見合った空間価値を提供し、不動産を有効に活用できているかどうかです。
「質問4」は、企業が不動産に関わるリスクをどの程度理解し、管理しているかです。不動産にはさまざまなリスクが存在し、例えばビルの安全性に関わる事故や土壌汚染など、それらのリスクを企業経営者がどれだけ把握し、対処しているかが問われます。
「質問5」は、企業が従業員の採用計画と不動産の所有計画をどのように連動させているかです。1人あたりの採用費用とそれに合わせた不動産のマッチング費用を、企業がどのように考慮しているかが重要なポイントです。
「質問6」は、企業の不動産戦略が将来戦略や成長戦略とどのように結びついているかについてです。企業は従業員と不動産をどのように有効活用し、事業の成長にどのように貢献させるか、また事業が困難に直面したときには、どのような整理を実行するかが評価されます。
財・サービスの生産資源としての不動産
企業にとって、不動産とはいったい何であるのでしょうか。不動産は、財・サービスを生産するための「生産資源」です。オフィス、工場、倉庫、店舗などが含まれ、最近ではデータセンターも入ってきています。
これらは直接に生産に使う不動産ですが、それ以外に福利厚生施設としての不動産があります。これは「準生産資源」に位置付けられます。寮や社宅、グランド、さらには宿泊施設などの福利厚生施設を持っている企業もあります。
今後、寮や社宅はとりわけ重要になってくるでしょう。海外でも寮や社宅が注目されています。
例として、かつて私が在籍していたカナダのバンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学があげられます。バンクーバーの住居費はどんどん高くなっており、よい教員、よい学生を世界中から集めるには、スタッフハウジング(社宅)や学生寮がしっかりしていなければなりません。
私が教えていたシンガポール国立大学も同様で、非常に立派なスタッフハウジングが用意されていて、ハウジングコストが高いシンガポールでもよい教員を集めることができています。学生街の中に寮があると、世界中から学生が集まってきて、よい学生を獲得しやすくなります。
日本でも、人口が減っていく中、よい従業員を採用することが重要な課題になっていくと、寮や社宅が大きな役割を果たす可能性があります。
投資対象となる不動産には、資産価値があります。不動産には、生産資源としての顔もありますが、不動産の価格が上昇すれば、そこから生み出される収益が、企業にとって第2、第3の収益源になります。さらに、良質な不動産を持っていると、金融機関から借り入れが受けやすくなります。
不動産戦略で従業員の通勤コストをどう考えるか?
CRE戦略(Corporate Real Estate Strategy)とは、企業が事業をしていくうえで、どの程度の不動産と人材を投入するのかを決定する手続きです。「不動産」だけでなく、「労働力」、生産・営業活動によって収益を上げるのに必要となるさまざまな「取引費用」を、同時に決定する必要があります。
一方で、土地市場は独立に存在しています。土地は、最も必要とされる用途を選択するように、用途を転換していく必要があります。遊休地となったままの土地をどうしていくのかという戦略についても、土地を所有する企業は考えないといけません。
労働市場から採用した後の従業員がどのように働くのかも重要です。従業員の通勤も視野に入れると、都市のCBD(Central Business District, 中心業務地区)の立地によって移動のしやすさやコストが変わります。
従業員の通勤では、従業員が住む住宅地までの距離が近ければ通勤費用は小さくなり、その分だけ賃金を安くできます。寮や社宅は、従業員の住宅地の選択と同時に考える必要があるので、労働市場と密接な関係が出てきます。
企業が効率的な経営、つまり競争力を持った経営、優位性を持った経営を実現していくうえで、生産資源としての不動産をどのように持つのか借りるのか、どこに持つのか借りるのかは重要です。それと同時に、労働市場との関係を考えて、通勤しやすい所はどこであるか、寮・社宅を持つのか持たないのかも考えていく必要があります。
財・サービスの差別化に重要な「地理的配置」
経済学としてCRE戦略をどのように考えるか。生産要素市場から土地や労働力、資本を投入し、財・サービスを生産します。企業の目標は、短期的にも長期的にも利潤を最大化することです。生産関数を考えたときに土地や不動産は固定費用ですが、長期的には固定費用も可変的に扱うことができるので、ダイナミックに土地・不動産を調節しながら成長ビジョンを描いていくことになります。
しかし、企業が土地や不動産を投入して利潤を最大化しようとしても、さまざまな外部性が存在します。事業への外部性、空間への外部性、社会への外部性を考慮する必要があります。
生産要素としての不動産を考えるうえで「生産要素市場」の循環フローを考えてみましょう。家計は、生産要素市場において労働力と土地・資本を企業に提供します。家計から提供された労働・土地・資本を使い、企業は財・サービスを生産する。それによって企業は利潤を得るので、その中から賃金や賃貸料など利潤の分配を行い、それが家計の「所得」となります。
企業は生産した財・サービスを市場に提供し、家計は生産要素市場から得た所得を使って、それらを購入します。その支出が企業の売上になるという循環が生じますが、いま説明した不動産は、生産要素市場に投入する不動産です。
そこに「空間」という要素が入ると複雑になってきます。企業がどこに立地するのかを考えるからです。経営学の有名な教科書であるマイケル・ポーターの『競争の戦略』(1980年)の中に「製品の差別化」が出てきます。企業が差別化を行ううえでは、製品の特徴、製品の多様性、企業との連携、評判などに加えて、「地理的配置」が非常に重要であると述べられています。
経済的に「地理的配置」を考えてみましょう。企業の利潤は、財・サービスの価格と数量を掛け合わせたものが売上になり、そこから土地に対して家賃を払わなければいけない。労働に対して所得を分配して、賃金を払わなければいけない。取引費用では、取引を行う頻度も重要です。
企業は、土地、労働、取引費用を投入し、財・サービスを提供していきますが、その売上から費用を引いた利潤を最大化するように行動します。よい所に立地すれば、地代は高くなる。しかし、よい所に立地すると、そこで働きたい人がいっぱい集まってきて、均衡的な所得よりも安い賃金でよい労働力を得られるかもしれません。便利な都市の中心にいれば、取引企業までの距離が近くなるので取引費用が小さくなる効果も得られるかもしれないでしょう。
「集積の利益」によって外部性の利益を得るには?
家計は、いろいろな財・サービスを購入します。これを「合成財」といいます。立地によって、地代を払い、通勤費用を払いますが、都市の中心になればなるほど、地代が高くなります。逆に、遠くに行けば行くほど、通勤費用が大きくなります。このように、地代と通勤費用のトレードオフが起こります。
家計と同じく企業も「地代曲線」を持っていて、家計の地代曲線、企業の地代曲線はそれぞれの基幹費用によって決まると考えます。
企業不動産戦略を整理すると、不動産だけではなく労働力や取引費用を同時決定していく必要があります。土地市場では、高い収益を支払うことができる土地利用を選択します。労働市場では、都市の中心の中でも、住宅地までの距離が近い所では通勤費が小さくなる分だけ賃金が安くなります。逆に、住宅地が遠くなれば地代は安くなりますが、通勤費が高くなってしまうというトレードオフが存在します。
企業不動産戦略において立地条件の基準を考えると、取引費用が小さい産業や部門は、都市の真ん中(CBD)に立地しなくてもよいので、家計との近接性が高い所に置くほうがよいです。つまり郊外にあってもいいわけです。取引費用が大きい営業部門とはあまり関係のない企画・研究開発などの部門であれば、郊外にあって住宅のコストが安い所にあったほうが便利だということです。
一方で、「集積の利益」も存在します。取引費用が大きい営業部門は、都市の真ん中にあったほうがよいので、取引費用が大きい営業部門と小さい企画・開発部門の立地が分かれてもよいのですが、一緒にあったほうがいい場合もある。やはりフェイス・トゥ・フェイスで、さまざまな話し合いができてパフォーマンスが高くなることも出てきます。
一般的に、集積の利益は、特定の地域にいろいろな人たちが集まったり、特定の産業が集積したり、逆に異なる産業が集積したりすることで「外部性」が働いて利益を得られるので、集まったほうがよいといわれます。企業の内部でもそのような考え方が成り立ちますが、どちらを選択するのか。開発部門や総務部門などは住宅地に近い所にあったほうがいいと考えるのか、やはり営業部門と一緒にいた方がいいと考えるのか。それが、1つの選択の基準になります。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏