企業不動産戦略
13-2. 企業不動産戦略を策定する

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目次

企業不動産戦略を定義する際、13-1『企業にとっての不動産とは?』 で述べた「取引費用」「地代」「所得(賃金)」という3つのパラメータをもとにした最適な立地戦略を策定します。現時点の立地戦略が非効率である場合、それを修正していく手続きを第一義的な企業不動産戦略、「第一定義」としましょう。

最適な戦略をいま策定したとしても、企業を取り巻く環境は変化していきます。経済環境や経営状況の変化に応じて、見直さなければなりません。企業は「永続性」を前提とするため、現在の最適化だけでなく、ときどきの状況に応じた最適化が要求されます。

一方、不動産に目を向けると、不動産は「耐久性」を有します。企業の永続性と不動産の耐久性という2つの尺度にもとづいて最適な不動産の利用量を決定しなければなりません。不動産そのものが陳腐化したり、劣化したりすることもあります。そうすると、長期的な修繕計画を策定し、ライフサイクルコストがどれくらいになるのかを正しく理解する必要があります。

労働市場と同時に、不動産市場も常に変化します。このような変化に対してどう対応していくのか。2020年に発生した新型コロナウイルス感染症の流行によって、私たちはロックダウンを経験しましたが、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションがどこまで重要であるのか。それは、オンラインで置き換えることができないのでしょうか。オンラインに置き換えることで通勤の概念も変わってくるかもしれません。これらのコミュニケーションコストの変化は、企業不動産戦略の見直しを促す要因となります。

企業不動産戦略に動態的な変化をどう取り込むか

企業不動産戦略では「取引費用」「地代」「所得」という3つのパラメータにもとづいて最適な意思決定を行いますが、時間の経過とともに企業のライフサイクルと不動産のライフサイクルの不整合が発生します。この不整合を解消するために絶えず戦略の見直しを続けなければなりません。これを「動態的な変化の中での資源配分の最適化行動」と呼び、企業不動産戦略の「第二定義」となります。

ダイナミックな企業の事業形態の変化と不動産市場の変化において、企業には不動産を所有すべきか、それとも賃貸すべきかが問われます。そこで必要になるのが「ユーザーコスト」という考え方です。不動産を所有していたとしても、利子費用や減価償却費、値下がり損、そして税金と、不動産を維持し利用するには、さまざまなコストがユーザーに掛かります。

新古典派の経済モデルの中では、効率的な不動産市場があれば、ユーザーコストと賃料は一致することになるので、所有しても、賃貸しても、長期的には同じになります。しかし、日本の不動産市場は流動性が極めて低く、「代替材」がない非効率な市場です。そのような市場では、企業として特別な立地が必要であれば、所有せざるを得なくなります。地方に行くと賃貸市場がないことも多いので、不動産を買うことになります。

企業にとっての課題は、サンクコスト(埋没費用)です。事業規模が常に変動する中で、不動産を買ったり売ったりすると、流通コストが掛かりますし、負債を負って不動産を買う場合にもさまざまなコストが掛かります。

事業規模が拡大し、事業再編などが頻繁に起こる場合には、サンクコストも増えるので賃貸にしたほうがよいという判断もあり得ます。ただし、賃貸は不動産市場の変動リスクを受けやすいので、それも含めて所有か、賃貸かを考える必要があります。

不動産の外部性をどう判断するか

さらに「不動産の外部性」という問題があります。

不動産が事業に与える外部性の1つとして、ファイナンスがあります。不動産は金融資産としての側面を持ち、一旦所有すれば、従来の会計制度のもとでは価格変動リスクを回避することができました。現在のようにインフレが進んで賃料が上昇していく局面では、インフレヘッジ機能も期待できます。しかし、時価会計制度が導入されたことでバランスシート上の問題が出てくる場合が生じます。

企業が事業融資を受ける場合、不動産は担保価値が高いというメリットがあります。不動産の所有には、単純な購入・売却だけでなく、セールス&リースバックや証券化などの手法もあるので、それらを踏まえて所有するのか、賃借するのかを判断する必要があります。

不動産による「空間への外部性」もあります。正の外部性には、景観への配慮、とくに都市空間に対して外観デザインがシンボル性を持つような不動産を所有または賃貸している場合、企業の付加価値に反映されることがあります。また、丸の内、大手町、渋谷といったブランド性がある場所に立地すると、企業のイメージがよくなり、そういう場所で働きたいという人は多いので、人材採用をしやすくなることがあります。

負の外部性として、所有した不動産から土壌汚染やアスベストなどが出ると、企業は信用を失ってしまうことがあります。利潤を生んでいない遊休地を持っている場合は、どのタイミングで最適な土地利用に転換していくのかも問われます。

最近では「社会への外部性」が注目されています。企業には地球環境への配慮が求められるようになり、取得・売却における総合的なデューデリジェンス(適正評価手続き)も重要で、取引過程において適正な主体の選択と手続きが求められます。

例として、ソニーがベルリンの壁が崩壊後の1990年前半に、非常に優良な土地を割安の価格で手に入れ、後にEU法の違反と認定された事例があります。それによってソニー製品の不買運動に繋がってしまう懸念がありました。

正の外部性を有する不動産は、その価値を保全するために所有される場合があります。例えば、貴重な自然が残る尾瀬のような空間を電力会社が所有したり、森林などを維持するためにコミュニティボンドを発行し所有し続けたりすることで、企業のイメージや価値を高めることが行われてきました。

外部性への対応が今後ますます重要に

企業不動産戦略は、事業、都市、社会への外部性も含めて、それらを吸収しながら「取引費用」「地代」「所得」の3つのパラメータをもとに、各時点での最適な資源配分を実現し、時間の変化に応じた企業のライフサイクルと不動産のライフサイクルの不整合性を解消する目的も含まれます。これが「第三定義」です。

不動産の外部性はますます高まってきています。とくに社会への外部性であるCSR(企業の社会的責任)によって、環境や社会への配慮、ガバナンス(企業統治)の強化が求められています。

これからは気候変動への対応が不可欠であり、2つの方向から取り組む必要があります。1つは、気候変動の原因になっているGHG(温室効果ガス)の排出をどのようにコントロールして抑えていくのか。もう1つはカーボンオフセットによって二酸化炭素を吸収する森林資源の保全にどれくらい貢献していくのか。このほかに、災害時に不動産を避難場所として活用できるように、どのように有効な制度や仕組みを作り上げているのか。また公開空地として運営している空間をどう作り上げていくのかも重要です。

このような外部性への配慮こそが、企業不動産戦略の中で非常に大きなウェイトを占めてきていることを私たちは認識しなければなりません。

時間的な変化も、非常に早くなっています。AIや新しい技術が導入されることで働き方や事業形態も大きく変わりつつあり、加速化する時間の変化に応じて企業のライフサイクルと不動産のライフサイクルを戦略的にマッチングすべき時代になってきました。さらに、空間的な変化として、地方都市の衰退が非常に早い速度で起こり始めています。地方に不動産を所有する企業や人が、どのように不動産戦略を見直していくのかが問われています。

企業不動産戦略に残された課題を克服するには

企業不動産戦略には残された課題があります。ここまで企業不動産戦略の「第三定義」を総括しましたが、それを戦略的に行っていく組織をどう作るのかは企業内部の大きな課題です。

事業、空間、社会の外部性を吸収するためには、コンプライアンス(法令遵守)部門との連携が必要です。サステナブルな社会への貢献を考えたときに、ESG(環境・社会・企業統治)とどう向き合っていくのか。それらを推進していく部門とどのように連携していくのか。短期的な利潤の最大化を求めるだけでは済まなくなります。

時間の変化に応じた企業と不動産のライフサイクルの不整合を解消するためには、ダイナミックなリサーチが必要になります。企業内でそのような戦略を策定している部門との連携が不可欠です。財務部門や管理部門を超えて、企業の成長戦略や長期ビジョンの策定の中で、企業不動産戦略を捉えなければならなくなります。

そのような企業不動産戦略を実現するためには、企業のDX戦略の中核に不動産戦略を位置付ける必要があります。いかに不動産にICTを活用していくのか。不動産はファイナンスとの関係も密接ですから、金融技術との融合も必要でしょう。

日本の不動産マーケットは非効率な市場です。提供されている不動産情報もさまざまな課題を抱えています。不動産が有する社会的費用も高まっており、それらを織り込んで意思決定できる制度環境が整備されなくてはなりません。企業不動産戦略を推進していくためには、透明で効率的な不動産市場の育成と、企業の持続的な成長を支えるインフラも求められます。それらを官民あげて取り組んでいくべきでしょう。

国土交通省では2008年4月に『CRE戦略を実践するためのガイドライン』を作成して公開しています。このガイドラインを作成するワーキンググループの座長を私が務めましたが、その内容は今読んでも陳腐化していません。経営者層の方は2章から4章、実際に不動産を管理している方は4章5章を、実務に取り組んでいる方は5章6章を読むことをお勧めします。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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