ビッグデータと企業経営
14-2. 未来都市と空き家予測の新展開
目次
既知のデータから未知の「空き家」発生を予測
データから未知のことを予測した実験を紹介します。
私たちは「空き家」の発生を予測しようと考えました。
自治体が保有している住民基本台帳には、所在地や転出先の住所や、転入元の住所、性別や年齢や続柄などデータがあります。自治体は、固定資産台帳も整備しています。そこには所在地、所有者の住所、建築年、建物の用途が住宅であるのか、オフィスであるのか、構造が木造であるのか、鉄筋コンクリート造であるのか、地籍や地目、土地の形状などのデータも入っています。これら2つの台帳に、水道使用の契約情報を加えました。そこには所在地や月別の使用量が入っており、「所在地」をキーにして、3つのデータを結合することで、サイエンスの力を発揮できるようになります。
水道をいつ契約して、いつ契約が止まったかが分かれば、もうそこに人が住んでいないことになります。そこには、新たな科学的探究の余地はありません。
今、住宅が「空き家」になっている状態とします。固定資産台帳から持ってきた建物の構造、築年数などの1年前までのデータや、そこに住んでいる人の属性などのデータから、今の空き家の予測を行います。1年前のデータ、2年前のデータ、3年前のデータで「空き家」が予測できるかをサイエンスの力を使って行います。
私たちがつくったのは「予測モデル」です。それができれば、今度は1年後、2年後、3年後に「空き家」になる確率を計算できることになります。これが「データサイエンス」の世界です。実際に前橋市で「空き家」になる確率を住戸単位で予測しました。
このようにして、データを正しく資源化します。データがあるだけでは予測はできません。しかし、さまざまなデータを結合して良質なデータを作り上げる技術と、サイエンスという予測をする技術を結合することで、未知を既知にすることができます。
都市の人口集積には「べき乗則」の法則性
私が所属する一橋大学のソーシャルデータサイエンス学部は、社会科学とデータサイエンスを結合しようとしています。私の研究室では、経済理論とデータサイエンスを結合することで、何が分かるかを研究しています。
京都大学経済研究所の森知也氏との共同研究では、「都市」の発展を予測しました。ここでいう「都市」とは、〇〇市といった行政区分ではありません。人口が集積している状態を考えます。人が高密度で集まって居住している塊を「都市」と考えます。
具体的な「都市」の定義として、ここでは1km×1kmのメッシュの中に1,000人が住んでいる状態を「高密度で人が住んでいる」と考えています。それが連続して繋がって、総人口が1万人以上の塊を「都市」として考えました。
横軸に都市の順位(1位が東京、2位が大阪、3位が名古屋)を、縦軸に人口の大きさを取って、それぞれ対数にしてグラフにすると、ほぼ真っすぐの線になります。これによって「べき乗則」という法則性があることが分かります。
都市の人口の規模と人口の規模順位の間には「べき乗則」があるということは、都市経済学の分野では「ランクサイズルール」と呼んでいます。2020年の統計データで計算をしてみると、1位の東京と、2位の大阪の人口比率は2.27倍です。順位が同じ比率となる10位の奈良と20位の松山の人口比率も2.27倍になります。つまり、人口の順位と人口の規模は「べき乗則」に基づいて2.27という倍率で表すことができます。
この法則性は、経済理論的にも説明できます。この都市の塊がどのように変化してきたのかを見ると、1970年には504の都市がありました。その頃、人口は日本全体では増え続けていましたが、2020年には431都市までに減りました。この50年の間に70近い都市が消滅してしまったことになります。
このような都市の変化が分かってくると、この50年間のデータで予測モデルを再現できれば、これから10年後20年後50年後100年後の日本の都市の集積を予測できます。
これを単なる「データサイエンス」だけではなく「経済理論」と結合させることで、より精度の高い予測が可能になります。
データサイエンスと経済理論で100年後の都市の姿を予測
私の研究室では、ビッグデータを集めて1平方kmのメッシュの中で人が住めるところ、つまり可住地を計算しました。人が住めるところとは、人が住めない川や湖など水の上、道路や鉄道などの敷地、15度以上の斜度があるところを除いた面積です。これは、マサチューセッツ工科大学のアルバート・サイツ氏が定義したもので、その比率を1平方kmのメッシュ内で計算して地図にしました。
人が住めるところには、もちろん人がたくさん集まっていますが、不動産登記のビッグデータを分析すると、どれぐらい1年間でアクティブに不動産取引が行われたのかが分かります。これも地図にしました。
最後に、2010年には不動産取引が行われていたが、2020年になると取引がなくなってしまった1平方kmのメッシュの地図に表しました。すると、地方部だけでなく、東京の周辺部でも多くのメッシュで不動産の取引がなくなって不動産市場が消滅していることが分かりました。これもデータとサイエンスを組み合わせることで予測できるようになります。
さらに「経済理論」を加えていくと、どうなるのでしょうか。人が「都市」に、なぜ集まるのか、どういう所に人が集まらなくなってきたのか。それらのことについて、「消費」に着目することで説明することができます。
都市は消費する場所であると、私たちは考えました。東京でしか消費ができないような、例えば東京ディズニーランドや、エンターテインメントや演劇などは、大都市にしかありません。そこでしか消費できないことになります。
コンビニストアやレストラン、ファストフードのような店舗は、どこの都市にでも大体あるでしょう。しかし、少しラグジュアリーな商品、例えばバーバリーとかエルメスなどのブランド品を買おうとすると、少し大きな都市に行かなければ、ブティックのような店舗はありません。
消費の多様性によって、都市の集積を経済理論的にも説明できます。これは「効用関数」といわれる経済学の論理ですが、それで「都市」の集積を説明できることが分かってきました。
これを説明する経済理論は「代替の弾力性」です。ディズニーランドみたいな施設は代替が効きません。しかし、レストランのような店舗は代替が効きます。そうした場所から徐々に集積が薄くなっていくのです。
約100年後の2120年に、日本の都市で集積が続いている場所を予測すると、東京と福岡しか残らないことになります。もちろんそれ以外も、都市としての塊は残っていくのですが、その塊は小さくなって、集積のスピードや成長という意味ではネガティブになっていくという日本の未来の姿が分かってきます。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏