飲み会やゴルフで「社内の忠誠心の貯金」を増やすよりも大事なこと
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『人生を変える読書』著者、堀内勉氏に聞く(1)
※本記事は「日経ビジネス電子版」に2024年1月5日に掲載された記事の転載です。
3万5000部を突破した『読書大全』著者の堀内勉氏が『人生を変える読書 人類三千年の叡智を力に変える』を上梓した。時代を超えて読まれ続ける名著を紹介するブックガイドを志向した読書大全に対し、新刊は読書という行為の中身や意味に焦点を当てたという。「読書は人との出会いそのもの。自分の人生と照らし合わせて読めば、生きる糧になる」と語る堀内氏。『天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊』を執筆した山崎良兵が読書と生き方をテーマに話を聞いた。
――堀内さんがベストセラーとなった『読書大全』を書いてから2年以上がたちました。新刊の『人生を変える読書』でも改めて読書をテーマに取り上げたのはなぜなのでしょうか。前著との違いをまず教えてください。
堀内 勉氏(以下、堀内氏):読書大全は、ビジネスリーダーの血肉になる経済、哲学、歴史、科学の古今東西の名著200冊を取り上げて解説したブックガイド的な本です。しかしながら、読書という行為とその意味については十分書き切れなかった部分がありました。そこで、改めて読書の“中身”に焦点を当てた本を書きたいと思ったのです。
中身とは何かというと、私が大事にしている「人間」に焦点を当てた読書です。読書は孤独な行為と思われがちですが、実は人との出会いなのです。どんな本にも必ず筆者がいます。つまり読書とは、本を書いたさまざまな人間との対話です。例えば、2400年前に生きたプラトンと直接会うことができなくても、本人が書いた本を読めば、プラトンの言葉に触れることができ、“対話”することが可能になります。
――「読書というのは、絶対に会えないような素晴らしい人たちと、時空を越えて間接的に対話できる優れものなのです」という堀内さんの言葉がとりわけ印象的でした。古典を読むと、はるか昔の人の思考や感情に触れて、感銘を受けることがしばしばあります。例えば、堀内さんも愛読するアダム・スミスの『道徳感情論』や『国富論』を読むと、人間の本質とは何か、何に共感し、何に喜び、何に憤るかを深く考察したうえで、より多くの人々を豊かに、幸福にできる経済のあるべき姿を論じていることが分かります。スミスは18世紀に活躍した倫理学者、経済学者ですが、グローバルな視野を持ち、古代ギリシャ・ローマを含めた歴史への造詣も深く、21世紀になっても色あせない洞察にあふれています。
堀内氏:もちろん、尊敬する人と直接会って話ができるなら、それはかけがえのない体験であり、ベストの道かもしれません。しかし著名な人物に時間を取ってもらうのは簡単ではありませんし、すでに亡くなっているとしたら、そもそも対話することもできません。
それでも読書を通じてなら、自分が会いたい人の話を聞くことができる。一人の人間が一生の間に実際に体験できることは限られています。しかし人生における体験を拡張するツールとして読書を活用すれば、疑似的に体験できる世界は、それこそ無限に広がっていきます。
仕事や人生に読書はどう役立つのか?
――私も読書をテーマにした本を書いて、「仕事や人生において読書はどう役に立つんですか」といった質問をよく受けるようになりました。堀内さんも同じような質問を受ける機会がしばしばあるように思いますが、どう答えますか。
堀内氏:私は読書こそが、考える材料を集めて、考える枠組みを構築する手段として最も優れていると考えています。本を読むと、人間には実に多様なものの見方や考え方、価値観があることが分かります。このような思考のベースになる材料を自分の中にどんどんインプットして、自分の血肉にしていくと、自らの頭で考える土台ができていきます。考える指針や自分を導いてくれる灯火(ともしび)として、読書を活用すればいいように私は思います。
――「読書は最強の思考装置だ」と一橋大学大学院経営管理研究科の楠木建特任教授は著書で述べていました。読書をすることで自分の頭の中の世界が広がる。知識の幅が広がり、さまざまな思考のフレームワーク(枠組み)を持てるようになると、自分自身の考えが深まり、思考力も高まっていく。堀内さんは「読書によって自分の『体験』を拡張し、いま自分が住んでいる世界よりも高い次元(メタレベル)から世の中を見る視点を獲得することが重要だ」とも新刊で述べていました。
堀内氏:とりわけ自分の周囲にある閉じた世界から外に飛び出し、もっと広い世界を自分の目で見てみたい。そこで生きてみたいと考える人にとっては、自分の知らない世界を体験し、さらに学習する機会を持つことはとても大切です。
さまざまな思考の枠組みを持てるようになると、ものの見方をずらして思考することが可能になります。1つの枠組みだけしか持たない人は、一方向からしか物事を見ることができません。ずっと1つの立場から考えていると思考が煮詰まってしまう。では逆から見たらどうなんだろうといったふうに、コペルニクス的な思考の転換をすると景色が全く違って見えることもあります。そんなメタ認知を身につけるうえで最適な方法が読書なのです。
――同じものをほかの多くの人とは異なる幅広い視野で捉えられるメタ認知の力は、傑出したイノベーターにも共通しています。『天才読書』で述べたように、テスラCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスク氏やアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏は猛烈な読書体験を通じて知識の幅を広げて、異なるアイデアを組み合わせることでイノベーションを実現させてきました。例えば、アマゾンが自社で倉庫を保有し、トヨタ流の改善手法を使って物流を効率化することを決めた1つのきっかけは、ベゾス氏が『リーン・シンキング』というトヨタ流の生産システムに関する本を読んだことにありました。ネット小売りとトヨタ流の“カイゼン”という一見遠くにある2つのアイデアをベゾス氏は結合しました。「知識の幅」と「異なるアイデアを組み合わせる力」は天才的なイノベーターの特徴といえそうです。イノベーターに限らず、海外の優れたビジネスリーダーには歴史、哲学、経済学、科学などの教養が豊かな人が多い印象があります。
日本のエリートは圧倒的に勉強が不足している
堀内氏:ひるがえって、日本のビジネスパーソンは、いわゆるエリートといわれるレベルでは、世界的に見ても圧倒的に勉強が不足していると感じます。日本のビジネスパーソンは働きすぎなのだと思います。仕事と勉強の比率は、仕事の方が圧倒的に多く、読書などを含む自己研鑽にほとんど時間を使っていない人が多い印象があります。
同じ人間ですからもともとの能力はそこまで違わないはずですが、日本のビジネスパーソンは“内向き”なことに時間を使いすぎです。それは日本の多くの企業の中には「組織に対する忠誠心の貯金」のようなものがあるからだと思います。業績などの成果を出す以外に、身も心も会社に捧げるような高度成長期的なカルチャーが今も残っている。
会社に絶対的な忠誠心を示し、自分自身を犠牲にする代償として、組織の一員として認めてもらう。そのような社内預金を長年かけて積み立てることで、階段をだんだん上がって出世していく。
長時間労働が典型かと思いますが、上司との飲み会、接待、ゴルフなどもそれに含まれます。それによって社内の忠誠心の貯金は増えていきますが、残念なことにそれは会社から一歩外に出るとまったく通用しません。これは会社の内部でしか通用しない「地域通貨」のようなものだといえるでしょう。
――多くのビジネスパーソンにとって耳が痛い指摘です。それでも日本の多くの企業において成功するためには、自己犠牲をいとわず、組織のため、上司のために全力を尽くすことは欠かせない印象もあります。そうしないと自分の居場所がなくなってしまう。そんな不安にかられると、心の平安が保てなくなりませんか。
堀内氏:もちろん組織に身を委ねて生きていく方がいいと考える人もいると思いますし、私はそのような生き方を否定するつもりは全くありません。また組織そのものを否定しているわけでもなく、一人で生きていくことを推奨しているわけでもありません。アリストテレスが述べたように、人間は社会的な動物で、集団を形成して生きていくものですから。
しかしその集団にすべてをからめ取られてしまってもいいのでしょうか。あなた自身がどこにもいなくなってしまうのであれば、自己を生かすために集団を形成する意味自体がなくなってしまうのではないでしょうか。
『人生を変える読書』で述べた通り、自分の人生は自分で生きるしかありません。他人の人生を生きることはできませんし、他人に自分の人生を生きてもらうことも不可能です。つまり、「自分」と自分の「人生」は別々に存在しているのではなく、自分の人生を生きることが自分そのものだということなのです。
読書を通じて優れた人物との対話を重ねることは、人間とは何か、自分とは何か、一度きりの人生を一人の人間としてどう生きたらいいのかを考える力になります。
堀内 勉
一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長
多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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