創業139年、島田商事が挑む問屋から企画・開発型企業への転換~「社員の会社」として、10年先、50年先を見据えて~

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ボタン、ファスナー、裏地、芯地――。私たちが毎日着ている服には、さまざまな種類の「服飾副資材」が使われています。専門商社としてそうした副資材を国内外のアパレル企業に供給し続けているのが、大阪市・谷町に本社を構える島田商事株式会社です。1887年の創業から約140年。大戦後の焼け野原からの再出発、スーツ市場の縮小、副資材の海外調達シフトと、幾度もの荒波を越えてきました。そして今、同社は単なる「問屋」から「企画・開発型企業」への転換という、創業以来最大の変化に挑んでいます。7代目・島田晋宏代表取締役社長に、その歩みと視座を伺いました。

選ばれる秘訣は「商品を売る前に信用を売れ」

島田商事は、アパレル製品に欠かせない服飾副資材を専門的に扱う商社です。ボタン、ファスナー、裏地、芯地、肩パッド、糸など、その品目は100万点にも及び、「シマダに聞けば何でもそろう」を実現しています。中でもスポーツ・アウトドア分野での存在感は大きく、自社開発品を含む副資材は国内外の有力ブランドに採用されています。

同社ならではの強みが、自社内に設置された「ラボ(検査室)」の存在です。耐久性や色落ちなど、JIS規格・ISO規格に準拠する厳しい検査を実施し、高い安全性とクオリティーを担保しています。現在は大阪本社、中国・広東省、ベトナム・ホーチミンの3拠点があり、国内外メーカーの商品について品質チェックを行い、迅速な供給につなげています。

本来、こうした検査はメーカーの領域であり、「問屋がラボを持つことは非常に珍しい」と島田社長は話します。公的検査機関に匹敵する設備による厳格な品質管理は、大手スポーツアパレルメーカーをはじめとする取引先からも厚い信頼を得ているといいます。

同社の社訓に、「商品を売る前に信用を売れ」という言葉があります。商社という業種の特性上、取扱商品の多くは同業他社も販売できるだけに、最後に選ばれる企業になるには信用と人の力が必要だ、と考えています。

「まず営業社員一人ひとりが取引先から信頼を得なければ、絶対に商売はできません。『この人から買おう』と思っていただけるかどうか。そこがすべてです」

ボタンメーカーから卸売業への転換。変わり続ける139年

1887年に創業し、今年で139年を迎える同社。島田社長の曽祖父にあたる島田定次郎氏が、大阪市内でボタンメーカーとして事業を起こしました。まだほとんどの人が着物を着ていた時代に洋装用のボタンを作り始めた、いわばベンチャー企業でした。

やがてボタンの卸売業に専念しますが、太平洋戦争ですべてを失い、一度は商いを休止します。その後、焼け野原から会社を再び立ち上げたのは、島田社長の父で3代目の庸宏氏。当時わずか17歳でした。7人兄弟の長男だった庸宏氏のもとに弟たちが集まり、兄弟で会社を大きくしていきました。

現在も本社を置く大阪市・谷町は戦後、スーツの街として栄え、アパレル会社を中心に、生地屋や、裏地・芯地・ボタンの問屋などが軒を連ねる一大集積地でした。しかし、洋服の縫製拠点が海外へ移り、副資材までもが現地で調達されるようになっていく時代の流れの中で、同業者は次々と姿を消していきました。

一方、同社は、扱う副資材をボタンから裏地、芯地、ファスナー、テープ類へと広げていきます。取引先も、テーラーだけでなく、アパレル会社、さらに大手アパレルメーカー、紳士服チェーン店、そしてスポーツアパレルメーカーを開拓することで生き残ってきました。

「社員の会社」父から受け継がれた、会社のあり方

島田社長が7代目として就任したのは、2021年のこと。父・庸宏氏からは常々、こう言われてきたそうです。

「『会社が運営できているのも、社員が働いてくれとるからや。利益が上がったら、まずは社員に最大限還元するように努めろ。その次に、予期せぬことが起こっても、会社が倒れへんように内部留保をちゃんとすること。そうして最後に余った分が、自分たちに回ってくるんや』。これは今も当社が大切にしている考え方です」

同社は数年前にホールディングス体制に移行し、創業家をはじめとする既存株主が保有していた株式を社員たちが持つ形に変えました。さらに、株式譲渡にあたって島田社長らは、「なるべく高く」ではなく「なるべく安く」という方針を採ったといいます。

「高く売れば、その借金を会社が背負うことになります。それでは何のためにやるのかわかりません。ファンドに売る選択肢もありましたが、内部留保を吸い上げられて終わりです。会社が築いてきた価値をいかに社員に残すかを考えての決断でした」

現在、島田社長が保有するのは拒否権を持つ1株のみ。取締役・執行役員クラスのほか、多くの社員が株主として名を連ねます。最終利益に応じて配当を出す基準のもと、海外拠点からの配当も原資に加えた結果、社員が株を保有するようになってからの配当実績は、出資額に対して年20〜50%。すでに出資額を上回る配当を受け取っている社員も少なくないそうです。

「父の教えをずっと受けてきたので、こうして社員に利益を分配し、喜んでもらう姿を見られることが心からうれしいです。本当に、人がすべてですから。当社が現在、海外市場にまで広く展開できているのも、自ら考え、行動してくれた社員たちのおかげです。島田商事は、社員の会社。こうしたあり方が、ほかの会社との一番大きな違いだと思っています」

採用を変え、人を変える。10年がかりの組織改革

島田社長は、大学卒業後に大手食品メーカーで約6年間、その後1年間シンクタンクで学んだ後、父の要請を受けて入社しました。当時は、大阪に新社屋が完成したばかり。一方で、「父は、『会社の器はできたが、中身が追いついていない』と感じていたようです」と振り返ります。

そこで島田社長は入社後約10年かけて、管理部門でルールや仕組みを整備しました。日報の導入や事務所の禁煙化など、前職の経験を基に様々な提案をしましたが、古株の役員などから反対されることもありました。それでも会社を良くするためだと、一つひとつ着実に改革を進めていきました。

中でも最大の改革が、採用です。会社はある程度の器になったものの、昔の商店のような採用活動を行っており、それでは優秀な人材が集まらないだろうと徹底した採用改革を行い、その結果、社員のレベルが徐々に上がっていったといいます。

近年の採用活動では会社説明は動画に切り替え、対面の場は質疑応答など双方向のやり取りを中心としています。そこに立つのは、社長自身です。

「責任ある回答をするには、私が出席するしかありません。会社のことも業界のことも、できるだけ正直に答えています。ファッションに関わる華やかな業界に思われがちですが、地味な仕事もたくさんあります。だからこそ、最初に納得して入社してもらうことがその後の定着や成長につながると考えています」

「社員のための会社」だからこそ、社員が生き生きと喜んで働ける会社にしたい。島田社長は「社員にとって、会社は自己実現のためのステージであってほしい。島田商事というインフラを使って、自分のやりたいことに挑戦してくれればいい」と話します。

逆風の中で挑む、企画・開発型企業への転換

今、業界にはさまざまな逆風が吹いています。1つは、副資材の海外調達シフトです。かつては日本から海外の縫製工場へ副資材を送っていましたが、現地調達の比率が次第に増えてきています。もう1つは、グローバルアパレル企業を中心とした「問屋を介さない」流れです。こうした企業は生産量が多いため、副資材メーカーと直取引する傾向があります。さらに、ファッション消費の停滞や、フリマアプリやリユース店の普及などもあり、最終製品の大量生産・大量消費を前提とした商売の構造そのものが変わりつつあります。

こうした市場環境下で島田商事が進めているのが「メーカー化」です。139年の歴史で最大の挑戦であるとし、「単なる問屋のままでは、グローバルアパレル企業と対等には付き合えない。これからは副資材のメーカーとしての機能を強化していかなければなりません」と、島田社長は危機感を抱いています。

ただし目指すのは、自社工場をむやみに増やすことではなく、企画力・開発力と品質管理能力を核とした「ファブレスメーカー」。3拠点のラボは、その基盤でもあります。そして現在は大阪、東京だけでなく、福山、香港、上海、ベトナムにも企画担当者を置き、各地で独自の開発を進めています。

生き残る企業であるために、種をまき、耕す

島田社長が見据えているのは、自身の在任中のさらに先の、未来の島田商事です。

「私がサラリーマン社長だったら、自分が社長のうちに最高益を出したいなど、目先の成果や栄誉を追い求めるかもしれません。しかし私は、創業者から代々経営を受け継いできている身です。だから、さらに150年、200年続く会社であるために今まくべき種は何か、どこを耕しておくべきかを常に考えています」

そのために欠かせないのが、変わり続けることです。ただし島田社長にとって、変化はあくまで手段に過ぎません。

「変えることは絶対に必要です。でも、主体はあくまで『続いていく』こと。そのために必要になるのが、変えることなのだと思います。そして、いかに時代に合わせて変えることができるか。生き残るのはそういう会社だと思います」

守るべきは、父から受け継いだ「社員のための会社」という信念と、「商品を売る前に信用を売れ」という言葉。続いていくためなら、それ以外すべてを変えることもいとわない。139年の歴史を持つ老舗はベンチャー精神のもと、次なる挑戦を始めています。

お話を聞いた方

島田 晋宏 氏(しまだ のぶひろ)

島田商事株式会社 代表取締役社長

1960年大阪府生まれ。84年同志社大学卒業後、キッコーマンに入社。1990年三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ& コンサルティング)を経て1991年に島田商事に入社。2008年副社長、2021年3月に代表取締役社長に就任。

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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