需要が落ちない老舗乾物屋の経営スタイル ~基礎を固め、自社の役割を考え続けて次の100年へ~

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本縮小傾向が続く乾物市場にあっても前進を続ける創業300年弱の老舗、八木長本店。基礎を固めながら新商品の開発に挑み、和食のよさやポテンシャルをアピールする活動を繰り広げ、乾物のすばらしさを伝え続けています。老舗の役割とは何か、未来をつくるための道筋とは何か。代表取締役の西山麻実子氏に伺いました。

ピアノ教師から一転、老舗企業の当主へ

400年以上もの歴史を誇る街、東京・日本橋。このエリアには創業100年を超える老舗店が珍しくありません。鰹節・乾物の八木長本店もその一つ。徳川幕府八代将軍・吉宗の時代にあたる1737(元文2)年に創業し、現在は九代目にあたる西山麻実子氏が代表取締役を務めています。

長きにわたる八木長の歴史の中で、初の女性当主である西山氏。仕入れに販売にと東奔西走し、鰹節やだしを身近なものにするために商品開発にも力を注ぎ、いくつものヒット商品を生み出してきました。海外での販路開拓も図り、和食文化のグローバル化にも熱心に取り組んでいます。

しかし、元々の仕事はピアノ教師。当初は経営や経理はもちろん、この業界の商慣習もわからず、周囲から教えを請うては勉強を重ねる日々を送ったといいます。

「いつかは跡を継ぐことになるだろうと思っていましたが、八代目である父に声をかけられるまではピアノ一筋。まったくの素人だったので、最初は番頭さんたちと一緒に百貨店やスーパーマーケットへの営業活動から始めました。おかげで何が売れていて何が求められているのか、消費者のニーズを知ることができました。小売店だけではなく食品メーカーや問屋さんなどよい出会いもたくさんありましたね。私の貴重な財産です」

創業以来の八木長の伝統ともいえるのが「お客様第一主義」です。同社の顧客の大半を占める料理人たちは品質を重視し、商品を突き返すことも少なくありません。

「突き返されたら、とにかくよいものをとことん探し、削りたてを持って飛んでいきます。うちはよい鰹節がとれない年も、とにかく最高のものを仕入れています。そのために生産者の言い値で買うこともあります」

八木長さんなら間違いない。八木長さんなら安心して卸せる。

ときとして利益を度外視してでも上質な商品の確保に走るのは、八木長の看板を守るためです。西山氏は伝統を守り、お客様第一主義を徹底して実践。生産者と料理人との信頼関係を深めてきました。

基礎があるから挑戦で生きてくる

家業を継いでからというもの、西山氏がずっと続けている作業があります。仕入れた材料は片っ端からだしを取り、味を確認してはどんな料理に向いているのかを探り、確認することです。

「だしについては、わたしの祖父で八木長の7代目である長兵衛の弟が築地で店を出しており、そこで修行させてもらって基礎を学びました。今でも相談に乗ってもらっていますし、有益な情報をいただけます。私は3歳からピアノをはじめて、基礎をみっちりとこなしました。これが後々、生きてくることは誰よりも自分が知っています。だしの世界も同じです。新しい挑戦はベースがあるからこそ生きてくると思うんです」

西山氏が言う「新しい挑戦」。その代表格が、水やお湯で希釈するだけで料亭のような味わいを実現できる『椀だし』、そして鰹節の香ばしさとパリパリの食感が楽しめる『かつおせんべい』です。

乾物市場は年々、縮小しています。そのようなシビアな危機感から、西山氏は培われた基礎を活かして新たな商品開発に挑みました。

「いろいろな商品をつくりましたが、その中で残ったのがこの2つ。『かつおせんべい』は出してすぐにヒットしました。『椀だし』は地道な営業活動のたまものですね。特に効果があったのは試食販売です。積極的にお客様に試していただき、買っていかれるシーンを小売店の担当者に見せるんです。すると、商品を置く棚をもらえて、よい場所も選んでいただける(笑)。そうして今、八木長で一番売れているのが『椀だし』です」

最近の日本人はだしをとらなくなった。和食離れが進んでしまった。そう嘆いたところで市場が広がることはありません。素材そのものを訴求するのが難しいなら、素材の応用範囲を広げればいい。そうして西山氏はだしの用途を訴求し、和食の魅力を多くの人に知ってもらうために白だしやお吸い物、みそ汁、さらには鍋料理、麺の付けつゆ、野菜のピクルス、炊き込みご飯にも利用できる椀だしを完成させました。

八木長ではおでんも販売されています。夏は国産レモンを用いた冷たいおでん、冬は鰹節や昆布、椎茸の旨味が効いたつゆだくのおでん。乾物店としては珍しいラインナップでしょう。玉ねぎやにんじん、にんにく、椎茸、セロリといった野菜だけを材料とする「野菜のだし」、宗田鰹の香りを生かした「東のだし」、焼きあご、鰹などをブレンドした「西のだし」。これらも西山氏の挑戦が結実した商品です。

「生き残っていくには独自性が欠かせません。八木長とは何か。私は八木長で何をやっていくべきなのか。30年間ずっとそれを考えてきました。この気持ちは、この先も持ち続けていきたいと思います」

だしについての基礎をもとに西山氏みずから商品開発した『椀だし』。今や八木長で一番の売上を誇り、取材当日も購入される方が後を絶たなかった
売り出した当日から大ヒットの予兆があった『かつおせんべい』。鰹の風味が濃く、飽きずに楽しめる。割れにくいので、日本橋の手土産にもぴったり

海外販路拡大と国内での啓蒙活動

八木長は2011年から経済産業省のクールジャパン政策にも参加しています。日本企業の海外需要開拓や拡大を国が支援する取り組みです。

「和食になくてはならない食材の販路を海外に広げるには絶好のチャンスだと思い、話を聞いて自分からアプローチしました。アメリカのロサンゼルスを皮切りに、サンフランシスコやニューヨーク、フランスのパリ、イタリアのミラノ、インドネシアのジャカルタなどにも昆布を持参しました(笑)。現地で開いただしのワークショップでは、昆布が争奪戦になるほどの人気ぶり。和食のポテンシャルを感じました」

2010年には日本橋にある本店のリニューアルも行いました。設計はブルーボトルコーヒーの店舗を手がけた長坂常氏。打ちっぱなしのコンクリートに海老茶色の什器が映えるモダンな店舗に、さまざまな和の食材が並びます。鰹節や昆布などのオリジナル商品に加えて仕入れ商品も充実している様子は、乾物店というよりも和食材のセレクトショップです。

「日本の素材にこだわりたいので、国産商品を強化しています。コロナ禍で外国人のお客様が少なくなりましたが、これまでに100カ国以上から和食の職人さんが来店されました。目指しているのは『和食好きの聖地』です」

海外の和食人気に着目して販路と顧客層を広げる一方、西山氏は国内での和食啓蒙活動にも力を入れています。幼稚園で煮干しのだしを取り、子どもたちにみそ汁を飲んでもらう教室、栄養士を目指す学生に向けた特別授業、小学校に出向いて実施している旨味に関する味覚の授業。堅苦しい啓蒙活動ではなく、おいしく楽しく時間を過ごし、気づけば、だしの魅力を確認できる――。乾物の市場の拡大を図って西山氏が考案したプログラムは好評です。

最後に、創業100年を目指す企業に対して西山氏はこうエールを送ってくれました。

「たいそうなことは言えませんが、基礎を怠らず、クリエイティブな発想で挑戦を続けることが大事なのではないでしょうか。そのとき、想像力というか相手の思いに寄せて考えることが必須だと思います」

この発言を地道にコツコツ体現し、八木長の未来を開いてきた西山氏。次の100年が楽しみです。

お話を聞いた方

西山 麻実子氏

株式会社八木長本店  代表取締役

音楽大学卒業後、ピアノ教師として活躍。実家は創業300年弱の鰹節・乾物の老舗 八木長本店。実父の八代目主人 八木長兵衛氏に請われピアノ教師を辞めて入社。2014年に九代目主人に就任。伝統を守りつつ、海外進出や新商品開発など、日本料理の基礎となる各種だしをはじめ、豆、煮干し、うどん、茶そば等それぞれ最上の品物を厳選し販売している。
▶オンラインショップはこちら https://yagicho-honten.tokyo/

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
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